第3話 勇者、新天地へ向かう

「では、商談も成立したことだ。場所を変えよう」

「場所を変える?」


 俺がそういうと、ソフィアは空を見上げた。


「いつまでも王国ここにいるわけには行かないだろ? 勇者」


 月は天高く、しかし直上は既に通り過ぎている。

 それに、早くしないと追手も目を覚ますだろう。


 もう王国から出なければ。


「つっても行くあてなんか……」

「行くあてならあるさ」


 ソフィアはそういうと、まっすぐ南の方を指差した。


「ここから馬車で南に下ること1週間。つい2年前に立ち上がったばかりの国があるだろう」

「……スルト新興国か?」

「そうだとも。出来たばかりで小さく、そして何よりも活気がある。商売の芽とは、往々にしてそういうところによくあるものだ」

「そりゃあ良いが、あの宰相のことだ。俺のことはもう向こうに伝わってんだろ」


 金が無いので国庫に手をつけたことを、あの宰相は騎士団を使って言いふらしていた。

 となれば、それがリワド王国内だけの噂で済むとは考えづらい。


 既に周辺国に伝わっていると考えたほうが良いだろ。


「国庫に手を付けるって大罪なんだろ? だったら、俺は入国できねぇんじゃねぇの」

「良いや、私はそうは思わない」


 だが、ソフィアは俺の考えを短く否定した。


「……何でだよ」

「理由は3つある。まず1つ目、あの国は出来たばかりで法制度が追いついていない。それに加えて、犯罪者を裁くための準備が整っていない。だから、入国はある程度ごまかせる」

「誤魔化せるって」

「2つ目としては、新興国であるがゆえにまず金が足りていない。つまり、こちら側の要求を金次第で通せる可能性がある。君が見つかっても、金を積ませれば黙認させられる可能性が高い」

「大丈夫なのか、その国」


 俺の問いかけを、しかしソフィアは無視して続けた。


「最後に、スルト新興国は出来たばかりで人口が足りない。人の数はそのまま国の労働力に繋がるから、スルト新興国は喉から手が出るほどに働き手を欲している。『働きに来た』と言えば、追い返さずに働かせるだろう」

「聞いてる限り、とても大丈夫そうな国だとは思えないが」

「そういうな。これもある種のWin-Winだ」


 ソフィアの言葉に俺は少し考え込むと、


「でもそんな国で商売なんてできんのか? まともな人間は集まってなさそうだが」

「ある程度の人間が集まれば、そこには必ず共同体コミュニティが生まれる。共同体が生まれれば、互いが互いに作った物を交換する分業制度が成立する」

「……あ?」

「分業制度が成立すれば、必ずそこには貨幣形態……つまりは、金だ。金がそこを媒介する」

「分からん。もっと簡単に言ってくれ」

「つまりだ。どれだけ危なそうな国に行こうとも、そこが国である以上、必ず〝金〟が存在する。金が存在するなら、どうにだってなるんだ。問題はない」

「……ほんとかよ」

「『地獄の沙汰も金次第』とはよく言ったものだな」

「うへぇ……」


 どこに言っても金の話しか出てこないので、思わず渋い顔をしてしまう。


「あって困るものじゃないからな。というわけで行くぞ」

「馬車でも用意してるのか? つっても夜に馬車を走らせるのはあぶねぇぞ」

「何を言ってるんだ。君が走るんだ」

「は? 俺が??」

「そうだ。馬車より早く、疲れない。君は勇者だろ?」

「無茶苦茶言ってくれるな」


 思わずそう言ったが、ソフィアの顔は本気である。

 しかし、ここは互いに協力すると契約を結んだのだ。


「しょうがねぇ、走るぞ。お前はどう運べば良い」

「担いでいけ」

「は?」

「担いでいけ。そっちの方が安上がりだ」

「嘘だろ?」

「正気だ。急ぐぞ、勇者」


 あまりにソフィアがあっさり言うものだから、俺はまるでそれが当たり前の手段かのように錯覚しそうになる。


 なるのだが、数日間も人間を担ぐというのはマトモではない。


「まさかとは思うが、不可能だとは言わないだろう?」

「当たり前だ。乗り心地が悪くても文句言うんじゃねぇぞ」

「まさか。無料タダで得られる価値なんてそう高くないだろう」


 というわけで、深夜も回り始めた頃。

 俺はソフィアを担いで、王国を縦に走り抜けることになった。




「す、すごい速さだな……!」

「これでも《身体強化Ⅰ》だぜ。遅すぎるくらいだ」

「も、もう少しゆっくり走れないかな…………?」


 深夜、月明りだけを頼りに獣のように疾走する俺の後ろでソフィアが急に頼りのない声をあげる。


「これでも相当ゆっくりなんだが」

「う、嘘つけ! 馬より早いじゃないかぁ!」

「同じくらいだよ」


 嘘だろ? 

 こいつ、あれだけカッコつけておいて速いの苦手なのか?


「うぅ……。怖い……」

「歩こうか?」


 先程までの自信たっぷりの姿と違い、あまりに怯えた声を出すので俺は思わず譲歩したのだが彼女は首を横に振った。


「い、いや、良い。新興国につくのは早ければ早いほど良いからな」

「ならこのまま走るぞ」

「ちょ、ちょっと待て! もう少し遅くしてくれ」

「はいはい」


 背負った瞬間、急に頼りなくなったソフィアの重みを感じながら地面を蹴る。

 ぐん、と世界が後ろに流れていく。


「さ、さて、勇者。私たちの目標を再確認するぞ」

「このままで?」


 俺、まだ走ってるんだけど。


「まぁ、聞け。金を稼ぐときに何が一番必要だと思う?」

「金を稼ぐときに? 才能じゃ無いんだよな」

「何度も言うが関係ないぞ」


 ソフィアの言葉を頭の中で反芻はんすうすると、すぐに答えた。


「そりゃ運だろ」

「それも確かに必要な要素ではあるな。では勇者よ。その絶好の運を手にするためには何の準備も必要ないと思うか?」

「……何がいいたい?」

「魔王の首が目の前に晒されていたら、赤子でも殺せるかと聞いているんだ」

「そりゃ無理だろ。魔王の貼ってた《極硬防魔結界》を破るのにはそれだけの攻撃魔法がいるし、首の筋肉と骨を断つには《身体強化Ⅹ》は欲しい」

「金を稼ぐのも同じだ。幸運が転がり込んできても、それを手にするにはあるものがいる」

「なんだよ。勿体ぶらずに早く言えよ」


 速さ上げんぞ。


「金だ」

「は?」


 だが返ってきた言葉はあまりに俺の予想外の代物で、


「金を稼ぐには、金がいる。だから、まずはそれを稼ぐところからだ」

「おいおい。俺はお前についていけば金を手に入れられるって聞いたから、お前の話に乗ったんだぞ。それが言うにもことかいて金を稼ぐには金がいるだ?」

「私は嘘をついていない。金があれば1を100にも1000にもできる。だがな、最初の1を手に入れなければ始まらないのだ。0から1を生み出せるなら、そんなものは奇跡だろう」

「それは……。まぁ、そうかも知れねぇけどさ」

「まずは目標の細分化からだ。『千里の道も一歩から』。良いか、勇者。金貨100万枚を稼ぐファーストステップだ。よく聞け!」

「だからもったいぶるなよ。早く言えよ」


 強くしがみつくソフィアに文句を垂れると、彼女は自信たっぷりに宣言した。


「最初の目標は『金貨10枚を貯める』だ……ッ!」


 自信満々にそういい切ったソフィアの声を聞きながら、俺は本当に話に乗ってよかったのかを真面目に考える羽目になった。

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