第2話 勇者、契約を結ぶ

「金を稼ぐだぁ……?」


 俺は目の前にいる女――ソフィアを睨んだ。

 頭は悪いが、俺だって学ばないわけじゃない。


 人が落ちぶれているときに手を差し出してくるやつは……悪魔と相場が決まってるのだ。


「ふざけたこと言いやがって。俺の気なんて知らねぇでよ」


 もう全てがどうでも良かった。


 死のう、と思ったのだ。

 今更ここで、餌を目の前に吊るされて……一体俺は、どうすれば良いんだ。


 もう騙されるのは嫌だから、


「もう良い。放っておいてくれ。お前は商人なのかも知れねぇけど、追われてるんだろ? そこに倒れてるやつらだって時期に目を覚ます。さっさと逃げろよ」

「良いや、逃げない。私は君と金を稼ぎたいんだ」

「……何でだよ」


 月の光の中、まっすぐ俺を見ながらそう言い切ったソフィアを……俺は、無視できなかった。


 なぜだろう、と自分でも不思議に思う。

 無視して立ち去っても構わない。むしろ、そっちの方が騙される可能性は0になる。


 なのに、俺の足は一向に動かない。


「私いるんだ。金貨100万枚が」

「なんでまた」

「エンデルワード商会。聞いたことは?」

「……エンデルワード商会?」


 彼女の言った言葉をオウム返しして、口に出した瞬間……びりりとしびれる感覚が脳を走った。


「知ってるぞ。魔王討伐戦のとき、勇者パーティー俺たちに便宜を図ってくれた……」

「そうとも。エンデルワード商会は死の商人。武器を売り、ポーションを売りさばいて、戦争の中で世界有数の大商会へと成り上がった商会さ。私はそこの長女

「だった……?」

「負けたのさ。会長の継承戦にね。女だから、金を稼げまいと言われて、周囲の理解は得られず……私が台頭することを恐れた弟たちに追い出されて、今はこの通り、一文無しだ」

「……そりゃあ、災難だったな」

「だから、私は金が欲しい。エンデルワード商会を叩きのめして、私が新しい商会を立ち上げる。そのためには、金貨100万枚。小さな国と渡り合えるだけの金がいるんだ」

「そりゃあ……」


 復讐のため、だとは思えなかった。

 ソフィアの顔は、まるで恋を語る乙女の顔で、


「私だけでは無理だ。だから、君の力が欲しい」

「……随分とストレートな勧誘だな。惚れそうだ」

「惚れてくれて構わない」


 月の光の下で、妖しげに微笑むソフィアはさらに続けた。


「だから手を組もう。君が必要としている金貨100万。私が必要としている金貨100万。合わせて200万! なんてことは無い。私と君が合わされば、こんなものは簡単だ。容易たやすいことだよ、勇者」


 そういって手を差し出してくるソフィアを見ながら、俺はしばらく考えた。


「俺は……」

「うん?」

「俺は、戦うことしかできない人間だ」


 ぽつり、と俺の口をついたのはそんな弱音。


「知っているとも」

「金は腐るほどあったのに、女と酒に溺れた人間だ」

「言いたいことはあるが……。それも知っているとも」

「なら、どうして俺を誘う」


 そして俺はソフィアを見つめた。


 意味が分からなかったのだ。

 こんな俺とともに金を稼ごうなんていう、彼女の気持ちが分からなかったのだ。


「ふむ。では、逆に私から聞こう」

「んだよ」

「君、もしかしてだと思っていないか」

「……は?」

「金を稼ぐには才能が必要で、才能が無いやつは何も稼げないと……まさかとは思うが、そう思ってるんじゃないのか?」


 ソフィアの問いかけに俺は首を傾げる。


「違うのか?」

「違う。金稼ぎには再現性がある。やれば誰でもできる。問題はその方法をだ」


 そこまで言い切ると、ソフィアは短く息を吐いた。


君がどうしようもない人間だということは知っている。君が金を稼ぐ方法を知らないことも知っている。だがね、勇者。人は成長するんだ。いつまでも今のままなんてことはありえない」

「それは……そうかも知れねぇけどよ」

「出来る、出来ないは才能が物を言う世界だ。私は魔法が使えない。私は剣術を使えない。だが、金は稼げる。才能があるからじゃない。方法を知っているからだ」

「……だったら」

「うん?」


 俺はソフィアの言葉を遮って、

 

「だったら、稼げるっていうのかよ」

「もちろんだ」


 彼女は力強く、うなずいた。


「知識は財産だ。誰にも奪えない財産なんだよ。そして知識は与えることができる。誰にでも同じことができるようになる。勇者、君にだって出来るんだ。この私が教えるんだからな」

「……自信家だな」

「当たり前だろう? 金で人の価値は決まらないが、かは人の価値なんだ。私は弟達あいつらに一文も残らず剥ぎ取られたが、あいにくと……稼ぐ力だけは奪われなかった。お前が借金に追われて金をなくしても、戦う力を無くさなかったようにな」


 自信に溢れたソフィアの言葉に、不思議と心が熱くなるのを感じた。


「良いか、勇者よ。どれだけ稼ごうとも、あらゆる物を手に入れようとも……いつかは失う。だがな、失っても取り返せばいい。それだけの力を手に入れればいい。人的資本のうりょくは絶対に失わない至高の財産なんだ」


 そういうと、ソフィアは俺のその目を真っ直ぐ見つめて、


「君は素晴らしい資本を持っている。その力は何者にも代えがたいんだ。だから私は君が欲しい。君と一緒に金を稼ぎたい」


 手を差し出した。


「契約しよう、勇者。私が君に金稼ぎを教える。私と君で稼ぐ。そして、稼いだ金を君が護る。取り分はもちろん50-50だ」

「聞いてる限り……悪い話じゃなさそうだ」

「当たり前だ。商談とは、本来互いが互いに。どちらか一方が利益を得るものは、商談などではない。搾取だ」


 さも当然かのようにソフィアは言うと、にっと笑った。


「さぁ、答えを聞かせてくれ。乗るか、乗らないか。私は君の答えが聞きたいんだ」


 俺はその手を見つめて、視線をあげる。


 彼女はまるで、無邪気な子供のような笑み浮かべていた。

 楽しくてしょうがないと言わんばかりに、笑っていたのだ。


、ソフィア。その話に」


 だから俺は、彼女の手を取った。


 他でもない。

 こんな俺を誘ってくれた彼女の手を取りたかったのだ。


「商談成立だな」


 俺の言葉にソフィアは再び、にっと笑った。

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