金欠勇者は大商人に成り上がる〜国外追放された勇者、再起するために女商人と手を組んで金貨100万枚を稼ぐ。これからは武力じゃなくて金の時代だ!〜

シクラメン

第1話 勇者、追放される

「勇者ハザルよ、お前を死刑に処す」


 急に呼び出された『国王の間』で宰相さいしょうからそう言われた俺は、しばらくその言葉の意味が理解できなかった。


「おい、聞いているのか。勇者ハザルよ!」

「え、あ、あぁ。ちゃんと聞いてるぜ……。聞いて、ます」


 久しぶりに敬語を使うので、思わず口調が荒れてしまった。

 慌てて修正する。

 

「し、死刑、ですか? 俺が!?」

「そうだ。聞こえなかったか?」

「一体、俺が何をしたって……!」

「我がリワド王国の国庫に手を付けただろう」


 ぎろ、と宰相さいしょうの瞳が俺を貫いた。


「国庫にある金は国民の血税! 国債の償還しょうかんに使用するはずが、君のせいで返済がとどこおり、我がリワド王国の信頼は地に落ちた!」

「あ、あれは……。確かに悪かった。け、けどよ! 貧民街スラムのやつらが困ってたんだよ! 金がねぇから、明日も生きていけねぇって! 国の金は国民の金なんだろ!? だったら! 貧民街スラムのやつらに返してやったって……」

「確かに税の使い道として、富裕層から多く取り、貧民に返すことで経済の循環を行うのは税金の役割の1つだ」

「ほ、ほら? ほらな?」

「だが、勇者よ。それは我ら政治を行う者によって、適切に使われるべきだ。断じて君の判断で自由に使って良いものではない」


 冷たく、まるでゴーレムのように、宰相さいしょうは言い切る。


「国庫に手を付けたものは死刑! それがこの国の法律! いかに勇者であっても法治国家にいる以上は許されぬ!」


 ドン、と宰相が机を叩くと、国王の間に沈黙が降り立った。


 俺は死刑から逃れようと頭の中で必死に言葉を考えていると、今まで黙っていた国王が俺の代わりに口を開いた。


「のう、宰相さいしょうよ」

「は、なんでしょうか」

「確かに勇者の行いは犯罪じゃろう。しかし、我らの代わりに貧しい者を救ったのであれば多少は大目に見てもよかろうて」

「お言葉ですが陛下。勇者は数多くの借金を抱えています」

「借金とな?」

「えぇ。行きつけの踊酒場キャバレーで踊り子に随分と入れ込み、まず金貨900枚の借金を」

「ふうむ。平民の3年分の収入か」


 国王は短く唸る。


「それだけではなく、魔王討伐後に建てた一軒家の土地代とローンが合わせて金貨5000枚」

「い、今、俺の話は……」

「さらに」


 俺の言葉を遮って、宰相は続けた。


「審問官の話によれば、勇者が暴れまわったことによる被害総額は金貨30万枚に及ぶと」

「ふむ?」

「王都の市壁を壊し、王城の堀の水を全て蒸発させ、あげくには勇者一行の銅像を破壊しているのですよ。勇者に対して甘くなるのも結構ですが、王都の民からは苦情が寄せられているのです!」

「ううむ……」


 宰相は言い切り、国王は黙り込む。

 そこで俺はようやく口を開けた。


「今、俺の借金は関係ないだろう!」

「あるに決まっておろうが! 貧民街スラムに金をバラまいただと!? それよりも借金返済にあてたと考えるほうが妥当ではないか!」

「それとこれは別っていうか! まだ借金残ってるのが自分で使ってない証拠だろ!」

「魔王を殺した後、酒と女に溺れ続ける君をどうやって信用しろと?」


 淡々とした言葉で宰相が俺を詰めてくる。


「俺だって、好きで酒を飲んでるわけじゃ……」


 俺の弁明を、宰相は鼻で笑った。


「では飲むのをやめればいいだけでは無いか」

「のう、宰相よ」


 だが、素早く国王が介入した。


「過酷な戦場から生き延びた後、それ思い出して苦しむ者がいるというのは昔からよく聞く話ではないか。それ故に苦しさから逃れようと酒や女におぼれていくというのも」


 国王は優しく俺を見ながら、「続けたまえ」と言う。


「酒を飲まねぇと……思い出すんだよ! 魔王との戦いで、腹を刃で貫かれたことや、仲間が目の前で死んでいくことが……!」


 だが、宰相は鼻で笑った。


「それがどうして市壁の破壊につながるんだ」

「め、目の前に見えるんだ……。魔物の姿が……」

「酒の飲みすぎだな」

「違う! 飲まねぇと、見えるんだ……!」


 俺の言葉を無視するように宰相は身を翻すと、国王に向き直った。


「陛下! このように勇者は既に英雄ではなく、犯罪者です。国庫の手を付けたものは死刑というこの国の法律に則り、どうか厳重なる処罰を」

「調査はすんでおるのか? 勇者が貧民街スラムにバラまいたという金。それと国庫から奪われた金額の差はあるのか?」

「は! まだ完全なる調査は行えてはいませんが、金額はほとんど一致しているかと」

「ならば勇者の言っている通り、個人の借金と国庫に手を付けた罪は切り分けて考えるべきじゃろう」

「だとしてもです! だとしても、国の金に手を付けたものは死刑。これは法なのです」

「ふうむ……」


 国王はヒゲを撫でながら少しだけ考え込むと、


「のう、宰相。ワシは思うんじゃ」

「……はい」

「まだ子供だった勇者に人類の期待を乗せて過酷な戦場に送り出したのは、我々じゃ。お主とて、勇者がいなければ今頃は魔物の腹の中じゃろうて」

「それはそうですが……」

「これだけの恩があって死刑にするというのは、あまりにむごかろう」

「しかし、それが法律というものです。陛下」

「分かるとも。罪には罰を。勇者だからと言って、何もかも無罪にしていれば国民に示しが付かん。じゃが、チャンスを与えてやっても良いと思うのじゃ」

「機会でございますか」


 国王はオウム返しのように呟いた宰相から視線を外すと、俺を見てニヤリと笑った。


「勇者よ。お主も、悪いことをしたとは思っているのではあろう」

「あ、あぁ! そりゃ、確かにルールを無視して金を使ったことは謝る! 済まなかった!」

「ほら、宰相。勇者も幸いにして反省をしているようじゃし……。どうしようかのう」


 ヒゲを撫で続ける国王に、俺は思わず口を開いた。


「だったら……! 俺が、返すのはどうだ!?」

「ほう?」

「俺が貧民街スラムにバラまいた金、それを全部返す! それだけじゃねぇ! 器物損壊でかかった金も全部働いて返す!」

「ほほう、財務大臣!」


 国王が声高らかに呼び出すと、後ろに控えていた初老の男性が一歩前に出た。


「ここに!」

「勇者がどれだけ返せば、損失と釣り合うかね」

「お言葉ですが陛下。勇者が我が国に与えた信用の失墜は、釣り合い程度では払われませぬ。この国に利益をもたらしてくれるのであれば……考えないこともないですが」

「うむ。では、勇者がいくら稼げばこの国の利益となるかね」


 国王の言葉に財務大臣はしばらく黙り込むと、頭の中で計算が終わったのかゆっくりと口を開いた。


「金貨100万枚でございます、陛下」

「100万とな? 小国の国家予算規模ではないか」

「我が国の資金に手を付け、落ちた信頼を取り戻すにはこれほどの額が必要です」

「ふむ」


 国王がヒゲを撫でながらうなずくと、黙っていた宰相がとっさに口を開いた。


「陛下! 金さえあれば許されるという前例を作るのはこの国にとって大きな損失となります! どうか、お考えを!」

「分かっておる。勇者が稼いでくるのであれば、それで免除しよう。しかし、稼ぐまで何も刑罰を与えないのと言うのであれば、それは無罪と変わらぬ」


 そして、国王は吠えた。


「18代リワド国王の名に置いて、勇者を国外追放とする! じゃが、金貨100万枚を稼いだ暁には、その罰すらも許そう。これで、どうかね。宰相」

「……はッ! 落とし所としては、妥当なところかと」


 そう言うと宰相は俺を見て、


「陛下の温情に感謝するんだな!!!」


 踵を返して去っていった。


「……死刑じゃなくて、国外追放?」

「うむ。魔王を殺したお主であれば、金貨100万枚稼げるとワシは信じておる。しかし、ワシが生きている間に稼いできて欲しいの」


 そういって国王は茶目っ気たっぷりに笑うと、俺は死刑ではなく――追放されることになったのだった。









「金貨100万枚……。100万か……」


 俺は雨の中、城下街の大通りを歩きながらぼんやりとそう漏らした。

 

 金貨300枚が平民の年収。

 そして、2年前に魔王を討伐したときに報奨金としてもらえたのが金貨10万枚である。


「返すって言ったけど……無理だろ……」


 魔王を殺したとき、これからの人生は全て上手く行くと思った。

 一生、苦労しなくても済むだけの金が入ってきたのだと思った。


 あの頃は本当に良かった。

 色んな人に感謝されて、本当に良いことをしたんだと思えた。


 魔王を殺した後は、多くの人に頼られた。金の悩みが多かった。

 金なんて腐るほどあったから、困ってるだろうからと金を貸してやった。

 でも、1人も返しに来なかった。


 金がなくなると、みんな俺の周りから消えていった。


「……クソ」


 とてもシラフでは居られなかったから、酒が飲みたかった。


 だが、既に宰相さいしょうが騎士団たちを使って街中に俺の噂をバラまいており……街の厄介者になった俺は、どこの酒場も入れてはくれはしない。


「何なんだよ、本当に……」


 誰かに頼られたかった。自分の価値を見出したかった。

 寂しさを埋めたかった。仲間がほしかった。


 だから、貧民街スラムに金をバラまいた。


 でも、結果はこれだ。


「国外追放か」


 国王の前で大見栄切った手前、引くに引けずに金を返すと言った。言ってしまった。

 だが、冷静に考えて……そんなもの、どうすれば良いのだ。


 金貨100万枚なんていう大金を、どう返せばいいのだ。


「臓器でも売るか」


 こう見えても勇者だ。


 臓器の1つでも売ればそれなりになるだろう。

 全身売るならなおさらだ。


「死ぬか」


 死んで、その身体を売れば……少しくらい、慰めになるかと思い、ぼんやりと雨雲を見上げた。


 


「た、助けてくれ!」


 目の前の路地から、1人の女が飛び出してきた。


「……なんだ?」

「追われてるんだ!」


 銀の髪に、スレンダーな顔。驚くほどに美しい顔。

 賢そうな、女がひどく焦ってそう言った。


 その瞬間、女を追いかけるように路地の裏からフードを被った男が2人出現。


「……ッ!」


 それを見た女の顔が変わる。


 あぁ、なるほど。そういうことか。

 俺は流れを理解して……


 ぱす、と乾いた音が響く。


「これで良いか?」

「なにを……?」


 俺の言葉に女が振り返る。

 そこには、追手が気を失って倒れていた。


「……っ! 気絶してる!? なぜだ?」

「魔法だ。そんなに難しいもんじゃねぇ」


 本当に大した魔法じゃない。


《水魔法》を使って追手の脳をわずかに揺らしただけだ。

 30分もすれば目を覚ますだろう。


「す、すごい腕だな。ん? 君はどこかで見たことが……」


 俺の全身を上から下まで無遠慮に見た女は「む!」と、手を打った。


「君は勇者か!? 驚いた。国外追放されたと聞いたが?」

「……そうだよ。これから国外に出るんだ」


 国外に出て、どうしようか。

 別の国で売買人ブローカーでも見つければ、臓器でも売って少しは金になるだろうか。


 踵を返した俺に、しかし女は声を投げた。


「待て、勇者である君に話がある」

「話? 何のだよ」


 思わず振り向くと、眉を潜めた。


「自己紹介が遅れて悪かったな。私の名前はソフィア・エンデルワード。いや、今はただのソフィアだ。商人をしている」

「商人? 女で?」

「そうとも。女で、商人だ。助けてくれてありがとう。君に感謝する」

「感謝はいらねぇよ。んで、そんな女商人が俺になんの話だ」

「商人の話なんて1つに決まっているだろう」


 ソフィアはその口角をにやりと釣り上げて、


「勇者、私と一緒に金を稼がないか」


 手を差し出してきた。

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