-Day.1-

朝、目が覚めるとそこはソファの上で

自身の上には1枚の毛布。

辺りを見回すとそこには何かを

準備している黒井と、1人分の朝食が

置かれていた。

「おはようございます…」

寝惚けた様な声で起き上がる白咲に黒井は

「遅い。全く…仮にもアシスタントを

名乗るなら僕よりも先に起きるべき

だと思わないかい?

まぁいい、朝食をとったら出かけるぞ」


そう言って急がせる黒井に白咲は

「今日は何をするんですか?」

と問いかける。

黒井は少し考え事をした後に

「外へスケッチしに行く」

そう言って1つのをバスケットを白咲の前に

突き出し、黒井は白咲に食事を終わり次第

持ってくるように指示する。

が、白咲がバスケットの中身を勝手に

食べようとする素振りを見せた為、

結局、黒井自身が持っていく事にした。


白咲が食事を済ませ、支度をすると

黒井は待ちくたびれた様に溜息をつき、

そして、アトリエを後にする。


────────────────────


アレからどれだけ経っただろうか。

人が数人通れる程度の険しい坂を

ただ、ひたすらに歩き続ける2人。

痺れを切らした白咲は口を開く

「凪さん、スケッチをするとはいえ

こんなに険しい道を通るなんて、

聞いてないですよ!!」

足を止める白咲に黒井は振り向きまた、

溜息をつく


「君は、自然を何勘違いしてるんだ?

第一、これでも整備はしている方だ。

それに、車も通れる様な場所があるってのは

考えないようにしたまえ」

と答え、白咲は気まずくなり

それ以上言葉を発する事はなかった。

この硬直がいつまでも続くかと思われたが

意外な事に黒井の

「着いたぞ」

その一言で硬直していた空気は元の状態へと

戻っていた。


目的の場所へ着くとそこは先程とは

打って変わって、視界がとても開けた

草原へと出ると、空が青く、

何処までも広がっている景色、

そして、風の音も心地よく聴こえた。


ただ圧巻され言葉を失う白咲に黒井は

「これが本当の自然の景色だ。

そして、今日はここでスケッチを行う」

そう言ってレジャーシートを広げると

バスケットを置いた。


時間は昼頃で、昼食を行うにちょうど良い

頃合であり、黒井はバスケットから

サンドイッチを取り出す。


あまりに綺麗でお店に並んでそうな

サンドイッチを見てすかさず

「そのサンドイッチ…もしかして

凪さんが作られたんですか?」

と声に出してしまう。少しは怒られる

覚悟をしていたものの、黒井は

「サンドイッチの事かい?

これは僕が作った物だ。僕ァ…一人暮らしの

時間が長かったからね。

君よりも料理は出来る自信があるよ」


そう、皮肉を交えながらも語る黒井。

自分の事を貶された様な

気もしたがそれ以上に初めて見る黒井の

笑顔を見てどうでも良いとさえ思ってしまった。


「いただきます」

そう言って、黒井が作った

サンドイッチを食べる。

外が焼かれており、表面がサクサクとした食感

でありながらも中身はふわふわとした

優しい口触り、そんなパンが中のハムやたまごを

より美味しく感じさせる。

本当に名店のサンドイッチを食べている様な

気分だと白咲は思った。


そして、黒井はそんな白咲の姿を見ると

安心をしたのか画材を取り出し、

いつもの様に何かを描き始める。

続けて、白咲は黒井が何を描いている

のか気になり質問するが

「今日は外をスケッチする。そう言ったのは

覚えているかい?僕ァ…ね、文字通り

自然を描きに来たのだよ」

素っ気ない態度を取る黒井に納得がいかず

「凪さん、答えになっていないです!」

そう言うと黒井が面倒くさそうに溜息をつき

言葉を続ける。


「僕ァ…自然というのは貴重な物だと

思っている。それこそ昔ならば何処でも、

自然に触れ合えたかもしれないし、

虫取りや釣りなんかも出来たかもしれない。

けどね、今の時代…発展が進むにつれて

そう言った自然は奪われていると思うんだ。

君達にとって、建物に囲まれた景色が普通

だと思っているかもしれないが、

今あるこの景色こそ、本来あるべき姿

だったのだよ」

黒井は白咲に対しそう答えると今描いている絵を

見せつける。

そこには広大で、とても綺麗に描けている

透き通った様な空の絵で、

白咲はただ関心するしかなかった。


どれだけ時間が経っただろうか、

黒井は先程の発言以降、特に何も声を発さず

ただひたすらに空や植物をスケッチしていく。

流石に心配になった白咲は

「凪さん、たまには休みませんか?」

と提案するものの、黒井は首を傾げすぐさま

「僕ァ…絵の疲れは絵を描いて癒す。

アシスタントであれなんであれ、君は

素人なのだから口を出して欲しくないね」

そう白咲は言われてしまう。

何も言い返せない白咲とただ絵を描きたい

黒井、その関係は夕方まで続いた。


夕日が落ち始め、流石の黒井も

アトリエに帰ろうと、帰宅の準備を行う中

白咲も自分の荷物だけをまとめ始めると、

朝通った道をそのまま使って帰る事になった。

朝とはまた違った景色を見ながら、

白咲は考え事をしていた。

それは別に景色に見とれていた訳でもなく、

どうすれば黒井がゆっくり休んでくれるのか、

そして、無理をしていないかという

心配なのであった。


そんな事を悩みながら歩いていると、

突然黒井が止まり、白咲の方向を振り向く。

「ここは足元が悪い、気を付けて歩く様に」

そう言って白咲に手を差し出す。

黒井が一体何を考えているのか

分からない白咲もまた

「どうして、手を差し出すんですか?

私の事が嫌いなんじゃないですか?」

と、思わず声に出してしまう。


その言葉を聞いた黒井は苦笑いしながら

「僕ァ…絵も描けるし、料理だって作れる。

人によっては器用と思うかもしれないが、

人と関わった経験が浅いから人間関係は

少しばかり不器用なんだ。

それに、君が誰であれ、こうして行動を

共にしている以上怪我されては困る」


そう言って白咲の目を見て話す黒井、

白咲は

「それはずるいですよ…凪くん」

と声を漏らすとアトリエに着くまでの

少しの間、黒井の手を握っていた。


アトリエに着くと白咲は荷物を置き、寝巻きに

着替える。が、全くもって寝る準備をしない

黒井に疑問を抱く。

「凪さんは早く寝る準備しないんですか?」

と問いかけると黒井は

「いや、僕ァ…明日の準備があるからね。

君は先に寝るといい、けど…」

そう言うと机の上に置かれた数枚の紙を

拾い上げる。


それは、昨日描いたであろう白咲がモデルの絵…

そして、白咲の寝顔の絵であった。

「この絵、よく描けてますね!良かったら

スマホの壁紙にしていいですか?」

そんな白咲に対し溜息を漏らしながらも

黒井は言葉を続ける

「″何か″が足りないんだよ。

僕ァ…絵は描けると言ったが満足のいく絵は

1度も描けた事がない。もし良ければ

君の意見を聞きたい。後、自分の絵を

壁紙にするのはやめろ」

そう言うと白咲の目を見る。


白咲は少し考え事をし、絵を見つめると、

考えが纏まったのか口を開く

「私に絵の知識はありません。そんな私でも

この絵がよく描けている事だけは分かります。

けど…」


白咲は先を言うのか悩みながらも、

自身のスケッチを数枚黒井に突き出す。

「この絵達には何かが足りない気がします。

ただ、この絵だけは…」

1枚だけ手元に残した自身の寝顔のスケッチ

を差し出しながら

「なんだか、温かみがあって、私は

よく描けてると思います」


そう言うと白咲は黒井に笑って見せた。

黒井は最初こそ呆れた様に聞いていたが、

今はそんな様子すらない。それどころか

「僕ァ…君の事を少し、過小評価し過ぎて

いたかもしれないな」

と応え、白咲に昨日のスケッチを渡すと

黒井は明日の準備をするのであった。

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