「二人だけのアトリエ」

N

-プロローグ-

「またしても黒井 凪さんの絵が大賞を

受賞されました。また、その絵は…」

そんな1つのニュースで目が覚める

世間体からするならめでたい事だと

言うかもしれないが、僕にとっては違う。

ただ描きたいものを描いているだけで

真意を汲み取れる人間なんていうのは

誰一人として居ないのだろう…と


その上、何度描こうとも何かが足りない

にも関わらず自身の絵が評価される現実に

自然と溜息を漏らす

「描きたいものすら描けてない…

道半ばに過ぎない画家を世間が評価

するなんて変な話だ」

そう口ずさむと白いキャンパスに筆を

動かした。


自身の食事や時間の確認すら疎かになるほどの

集中力で描き、そんな時間が永遠に続くと

思われたその時、チャイム音により呆気なく

現実の世界に引き戻され、重い腰を上げる。


「凪さんのアシスタントをしに来た

白咲です!開けてください!」

何度もノックとチャイムを繰り返す

小柄で、か細い見た目の女性に対し黒井は

「僕ァ…画家だぞ?君は僕を漫画家か

何かだと勘違いしてないか?

怪しい壺でも売るつもりなら

さっさと僕のアトリエから出て行ってくれ」


そんな言葉に対し、女性も必死な様子で

「分かってます!今の貴方には私が

必要なんです!」

その言葉に黒井はピクリと反応し、

渋々ながらドアを開け、部屋まで案内する事にした


部屋まで着くと白咲をソファに座らせ、

黒井は慣れた手つきで2つのカップと

紅茶を机へと運んだ。

「さっきも言ったが、画家というのは

自分自身の価値観や表現を描く物であって、

アシスタントなんてのは必要としない。

それは分かっているかい?」


そんな問に対し、女性もすかさず口を開く

「そんなの分かってます!でも、絶対に

今の凪さんには、私が必要なのも

間違いないんです!それに凪さんだって、

それを分かった上で私をアトリエに

入れたんですよね?」


女性の答えに黒井は呆れたような溜息をつき、

言葉を続ける

「僕ァ…アシスタントに興味があった訳

ではないし、そういう期待もしていないが

強いて言うならば刺激や変化が

欲しかったのだよ」

また溜息をつきながら話を続ける。

「僕の様な画家は周りと違う事をやる位が

丁度良い、その上何かを得て足りない物を

見つける事が出来れば好都合って訳だ」


それを聞いた白咲は少し考え込む素振りをし

カップの縁を指でなぞった。

「分かりました。なんでもやってみせるので

お願いですから雇ってください!

絶対に後悔はさせません!」

黒井は女性のあまりにも純粋な目と誠意に

免じて、仕方なくアシスタントととして

起用する事を決める。


「ところで…」

黒井が何かを言おうとするが、

それを遮る様に女性が自己紹介を始める。

「では改めまして!凪さんのアシスタントに

なりに来た白咲 死案です!実は私、

死神でして、今回は凪さんに伝える事が

あって来たんです!」


言葉を遮られ、尚且ついきなり珍妙な事を

言い出す白咲に対し、苛立ちを感じながらも

次の言葉を促すと、先程とは打って変わって

少し暗い声色で白咲が語りだす。

「実はですね…凪さんは1週間後

オーストラリアに行く予定が入ります。

ただし、そこで凪さんは残念な事に

死んでしまうんです…」


どこか悲しげな声がアトリエの中に響く中、

黒井は落ち着いた口調で話し始める。

「僕ァ…″死″ってのに興味があるんだ。

これは特別悪い意味とかではなく、

″死″は昔から存在していて、様々な画家が

描こうとしたが完成させれず未だ不明な世界…

画家としても興味深いと言う他ないね…

それに、君は僕が死ぬって言ったが、

それは何故か…そして何処でなのかにも

興味がある。だから教えてくれないかい?」


あまりに動揺せず、最初と全く姿勢を変えない

黒井に、白咲は驚きながらも

話の続きを語りだす。

「先程も言いましたが場所はオーストラリア、

死因は落石による事故死です…」


冗談にも聞こえるであろう

その言葉には感情がこもっており、

嘘ではないだろうと本能的に悟った。

が、それと同時に1つの疑問が生まれ

黒井が口を挟む。

「なぁ、君は自分の事を死神と言ったが、

今から死ぬかもしれない人間にわざわざ

言いに来るのはおかしい…そう思わないか?」

少し怪訝そうな顔をしつつも、

今言うべきだと思った事を口にする


「まるで、僕の死を後悔してる…若しくは、

何かを変えようとしている違うかい?」


白咲は静かに頷き、それを確認した

黒井は話を続ける

「なら、今からちょっとした約束をしよう。

僕と1週間過ごして、君が僕に何か変化を与える

事が出来ればオーストラリアに行くのは辞める。

けど、僕が何も得る事が出来ず、

意思が変わらない様であれば行く。

それで問題ないね?」

決心をした白咲は黒井の言葉に再度頷き、

活動の手伝いを行う事を約束する。


「ところで…私は何を手伝えば良いんですか?」

その一言に深く溜息をつき、呆れながらも

説明を初める黒井

「画家というのはアシスタントを必要と

しない。そう言ったのは覚えているだろう?

つまり、基本的には君の言うアシスタント

らしい事はしないし、画家に必要なのは

モデルや参考資料、インスピレーションが

掻き立てられる様な何かの方が大事だ。

僕ァ…一言で言うなら君に一目惚れした」

真っ直ぐした目で見つめながらそう言う

黒井に対し、白咲は困惑しながらも

口を開く


「えっ…出会ったばかりの人にそんな事を

言うなんて凪さん、おかしくなりましたか?」

どう反応すれば良いのか分からない白咲に、

黒井はすかさず言葉を続ける

「僕ァ…そういう意味で言った訳では無い。

もっと簡単に言うのなら画家として、

描きたくなる様なモデルとでも

言っておこうか。人間が黄金比の物に

自然と目がいくような感覚さ」

そう言いながら立ち上がると黒井は

白咲に着いてくるよう指示し1つの部屋へ

案内した。


「ここは…?」

案内されるがままついて行くと、

そこは妙に広く、

何枚かの絵が飾られている以外は

これと言った特徴も無く白い部屋に

窓が一つだけの素朴な空間であった。


「ここは所謂、モデルを描いたりする為

だけのスペースだよ。とは言っても、

僕ァ…人との馴れ合いは好きじゃなくてね。

誰一人として招いた事の無い空間さ」

そう言って、白咲を窓際に置かれた

椅子に座らせると、ポーズをとらせ1枚、

また1枚と次々と黒井が絵を描いていく中

白咲が口を開く

「さっきの話…本当ですか?

私の姿が整ってる…って」


いきなりの事に筆が止まる。

「あぁ、それは間違いないし女性としての

可愛らしさというのも感じるし、

まさに理想のモデルと言っても差し支えは

ないとは思う」

その言葉に照れる白咲、その姿にため息を

つきながら黒井は

「そういう意味合いではないから

さっさと始めるぞ」

あまりにも淡々とこなす黒井、

「全くもう、どっちなんですか…」

結局最後まで振り回される白咲であった。


────────────────────


気が付くと夜になっていた。

「さて、そろそろ動いて良いぞ。時間も遅いし、

軽く食べて明日に備えてくれ」

そう切り上げようとする黒井、

しかし、返事はなく白咲を見ると

寝ている事に気付く。

「モデルとしてもまだまだ…か」

溜息を漏らしながら、白咲の寝顔をスケッチ

すると、明日の準備を行うのであった。

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