第16話 エルフさんと僕②
――時は遡ること約千年前
ここは、まだ大森林ができる前の狭い洞窟であった。狭いと言っても、王城がすっぽり収まる程度の広さはあるのだが。
僕は相変わらず洞窟の拡張工事をしていた。特に目的はないけど僕の本能のようなものだろうか。というかそれしか取り柄がないともいえる。
とりあえず今日の作業はこれくらいかなと思って帰路についている途中。どこかで声が聞こえたような気がして僕は上空―ダンジョンの入り口――を見上げたのだ。
何かが落ちてくる。次第にはっきり見えるようになるとそれが人だとわかった。
――大変だ!
僕はその落下地点にむかって走った。間一髪で間に合って無事受け止めることができた。
エルフの女の子だった。実際に見るのは初めてだけど、異世界さんから詳しく特徴を聞いていたのですぐに分かった。
彼女に意識は無く服はあちこちが破れており血がにじんでいる箇所も多々あった。
僕は大急ぎで家に戻り叫んだ。
「ロボさん! 大変だ! 空から女の子が!」
「おや、マスター、そのセリフは随分と懐かしいですね。どうされたのですか?」
「いや、今回はその話じゃなくて、この子だよ怪我をしてるんだ、急いで治療しないと」
「かしこまりました。私は医療器具の準備をしますので、マスターはその方を奥の部屋へ運んでください」
そうして、治療は一晩にわたり続いた。僕は部屋の外で待機だ。
治療が始まったら僕にはやることがない。ロボさんは命に問題はないとのことなのでとりあえずは安心だ。
――エルフさんの回想
私は、エルフの中でも上位の家系に生まれた。
なにせ、おばあ様はかつて、魔王軍の幹部だったのだ。
しかし、その魔王も人間の勇者に倒されると一気に没落した。
エルフ全体の地位が落ちたといってもいい、なかでも私の一族はそれが顕著だった。
魔王と共におばあ様が亡くなったと知ったときは私は酷く絶望した。
時が経つにつれエルフ全体が人間に迎合するようになると。
母は手の平をかえ、人間にこびへつらうようになった。
母には魔法の才能はなかったが弓矢の才能があった、王家の弓矢を授かるくらいには優秀だった。
しかし魔導士の家系であったためか、おばあ様は母に対して冷たかった。
私はおばあ様に似たのか、魔法の才能はとびぬけて強かった。
おばあ様は私が子供の頃にその才能をみて、私に一族の後継者にのみ伝わる魔法の奥義を授けてくれた。
その頃からだろうか、母は私に冷たくなった。長年、思っていた劣等感がついに私への嫉妬にかわり。
おばあ様が亡くなってからは暴力をふるうまでになった。
今にして思えば物心ついたころから母はわたしに笑いかけたことはなかった気がする。
すべては私の魔力のせいであった。母も可哀そうな人なのだと思うようにして自分を慰めた。
お父様は私が生まれてすぐに人間に殺されたのだと聞いた。だから母は可哀そうなのだ、我慢しなきゃと思った。
でも、あの件があったから、私は母を……。
成長した私は、薄ら笑いを浮かべる母から縁談の話をされた。
曰く、人間の貴族でお金もちだそうだ。
母は豪華な服やアクセサリーを身に着けていた。まるで人間のように、エルフの誇りは母にはないのだ。
私は夫となる男と初めて会った。
その男はエルフである私を見下したような横柄な態度で私の前に立った。
彼のいう話は要約するとこうだった。
エルフはおろかで穢れた種族だと。己の保身で魔物やゴブリンと共闘し魔王に組した。
人間は勇敢である。神に選ばれた勇者を筆頭に、何度も何度も魔王に挑んでついに魔王を倒したのだ。
だから、人間は神を裏切った劣等な種族に対して何をしても許されるのだ。
――いやな男、お前が勇者だったわけではないのに。
その肥え太った小男をにらみながらも黙ってうなずいていた。
それでも最初はこの男も世間体を気にしており人前では紳士的に振舞っていた。
しかし、何度か会ううちにその本性を表すようになった。
彼はこういうのだ、お前は愛想がない、満足に酒も注げないのか!
人前で平気で罵倒をするようになり、ついには暴力に発展していった。
――お前はエルフの中でもさらに劣等だ。お前の母はまだマシだった。
けなげに愛想を振りまいていたよ。
俺がお前を引き取ってやるのは、お前の顔が気に入ったからだ。それに俺は年増には興味ない。
あのババアに感謝しとけよ。綺麗に生んでくれて、とな。
我慢の限界だった。私は母にそのことを話すと。何も言わずに私の頬を叩くと部屋に閉じ込めた。
私は絶望した。いや冷静に考えれば母は最初からこうだったのかもしれない。
しばらくすると、あの男が家にやってきた。
母は声のトーンを上げ、媚びた口調で話し出した。
――なんだ、どうせなら母があの男と結婚すればいいのに。
そう思っていると。男がこう言いだした。
「あんな小娘に真摯な態度をとって損したよ。やはりエルフはエルフだな。
やつには愛嬌がない、高貴な貴族の私としては結婚まで待つつもりだったが、我慢にも限界がある。
どれ、明日には愛嬌を振りまく淑女になれるように教育してやるか。そうだな、お前も見てるだけではつまらないだろ、
お前も手伝うんだ、お前の娘だろう?」
なんとなくこうなることは予想してた。けどこれだけは許せなかった。
「はい、伯爵様。あの愚かな娘に愛情を注いでくださって感謝いたします」
瞬間、私は意識を失った。いや、正確には意識はあったが、まるで自分ではないかのような激しい憎悪が私の自我を飲み込んだのだ。
再び意識を取り戻したときは。すべてが氷に包まれていた。
何も感じなかった。私は母を殺したのに、むしろあの男を葬ったことに対しての高揚感が己を支配していた。
――おばあ様、私は気づきました。これが誇り高いエルフの在り方です。
そして、私は母の持っていた王家の弓矢を持ち出し。その場を去った。
どれだけ逃げただろう。たかが小男一人殺しただけなのにしつこいやつらだ。
やはり伯爵というのは地位が高いのだろう。次々と刺客が私を追いかけてくる。
後ろから、魔法やら矢が次々と飛んでくる。私は魔法で応戦した。
魔力が尽きると、弓矢で応戦した。さすが王家の弓矢だ、あんな母でも初めて役に立った。
でもそろそろ限界だ。追手は全て倒した。でも私も随分と酷いありさまだった。
私は痛みに耐えながら。必死で逃げた。気づいたら何もない山奥に入っていた。
――もう、ここまでのようね。
下を見ればどこまでも続く深い谷だった。
「私は最後まで戦った誇り高いエルフです。ですからそちらに行ったらぜひお聞かせください。
おばあ様がお慕いしていた魔王様のことを……」
私はこの深い谷底へ、おばあ様に聞こえるよう声に出した後、身を投げた。
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