第9話 それでも彼女は
――失敗だった。
結局、二人は暴走し、彼らが言っていた悪党どもを皆殺しにするために王城を破壊しつくしていた。
当然、私も例外ではなく……、制服から覗く手足は青白く、まるで死人のようであった。鏡はもう二度と見れないだろう。
幸いなことに自我は……残っている? 記憶はある、おそらくは自我を残したままアンデッド化したのであろう。まったくの失敗というわけでもないのだろうか。
いや、今はそんな事はどうでもいい、あの二人は先生を傷つけることはないだろうけど、王城が崩れたら元も子もない。……助けないと。
――あった、先生が幽閉された部屋。
私はその扉を魔法で開けた。
とっくに逃げ出したのか見張りは一人もいなかったため、部屋へは簡単に入ることができた。
「……やあ、久しぶりだね。気のせいかずいぶん顔色が悪いね、まるで死人みたいだ。それにお城の上空にドラゴンでも現れたのかい?みんな大騒ぎだよ」
先生の口調はいつも通りだった。いや私をみて失望したのか。先生の言いつけをやぶって魔法を行使し、挙句失敗した。言い訳できない
……でも、なにか言わないと。
「わ、私は、その……きっと三人なら成功すると思いました! ……でも先生の言ったとおりでした。これじゃただの化け物、私は何のために――」
私たちは皆、自分は天才だと自負していた。もしかしたら先生が出来ないことでも私たちなら出来るとおごっていたんだ。
この醜い姿はきっとその罰だと思った。
「何をいいますか、それも一つの成功例ですよ。自我を維持しているようですし。こうしてあなたと会話ができているじゃないですか」
先生は、いつも通りの口調で私をほめようとしていた。でも知ってる、先生は優しいから、それにさっきから涙を流している……私に同情してくれているんだ。
私はすっかり先生に甘えてしまい、その場に泣き崩れた。それでも先生はこんな化け物の私をやさしく抱きしめてくれた。
「いや! こんなのは私じゃない、こんなのは、こんなに醜い、見た目なんて関係ないと思ってたけど、これはあんまりよ!」
こんなに醜い姿を先生に見られるのが憎い! 私にそうさせた全てが憎い! この世界すべてが憎い!
これが魔法の代償であったのかもしれない。私はきっと憎しみに支配されて、やがて自我を失うのだろう。
「そうだね、それは嫌だと思う。けどね、それはそれ、あと、謝りたいと思う、本気でね、僕のせいだよね、ごめん、でも君たちがやったことは決して間違いじゃないと思うよ。
それも魔法の成果の一つ、失敗だったならこれからを考えようよ?」
先生は、いつもの先生だった。失敗しても怒らない。やさしいけどどこか抜けてる。そしてデリカシーの無い、私が一大決心をして、おしゃれをしたのに何も反応しなかった、いつもの先生だった。
でなければ私のような化け物にいつものような言葉をかけない。こうして抱きしめてくれない。
私の感情はいつの間にか平穏なものへと戻っていった。
――彼らの行った魔法は別の意味で成功していた。まず目的を強制的に行わせるという呪縛が、霧散するはずの意識を保ち。
更に湧き上がる憎しみを克服しながら、目的を達成することで呪縛は解かれ、最終的に意識を持ったまま自身をアンデッド化することができたのだ。
しばらく私は先生に抱きしめられながら静かな時間を過ごしたかった……。が、今この場所はあちらこちらで落雷のような轟音が響いていた。
「凄いですね、ほんとにドラゴンが暴れてるみたいです、そういえばあの二人はどうしてますか?」
「はい、城の上層で暴れています。まさにドラゴンのようです」
思い出した。……いえ、決して忘れてたわけではない。そう、ほんの一瞬だけだ……。
彼らは今どういう状況なのか、最後になんて言っていたのか思い出さないと。
――少し遡り、魔法発動直前。
「よし、すべての魔法陣の起動を確認した。すべて問題ない。俺たちのコンビネーションのなせる業だ。」
「うん、今回ばかりは僕も自慢できるくらいだと思うよ。」
そう、想定した術式は完成した。あとは私が付け加えるだけ、失敗したときの保険。
例え自我を失ってもこれだけはやりきるという強力な意思による呪縛。
「私は何があっても、先生を助ける。だからあなた達にはついていかない、いいわね?」
「おう、俺たちの望みは先生を助けることなんだから、お前がしっかりと守らなきゃな、悪党は俺たちが引き受けるさ」
「俺たちって、勝手に言ってるけど、そうだね僕もそれに異論はない。しいて言えば僕は君たちに危害がいかないようにできるだけ防御系の魔法を使って支援するさ。
その隙にできるだけ遠くに逃げるといい、それまでは絶対に守り切るから」
きっと彼らは敵から私たちを守ってくれているはず。私たちが無事逃げ延びるまで。
そこまで思い出したところで最期に一つ意味深なことを彼らはお互いに言った。
「あとさ、俺はその……最期かもしれないから、言っておく。もし自我が亡くなろうとも、俺たちは永遠に相棒でいたい。
誤解されるかもしれないけど……いや、それは誤解じゃないから……」
「なんだ、そんなことか。いや、実は僕も誤解されるんじゃないかと思ってたけど、それは僕も同じ気持ちだよ。
僕たちは例え自我を失おうとも二人で一つの正義の魔法使いだ」
――そんなやりとりがあり今に至る、彼女は思い出したことから一つの結論を得た。
うわぁ……、あの二人そういう関係か、だから新しい異性の助手はいらないといってたのね。
いやいや、これから二人をどうすればいいのか相談しないと、もしかしたら今の私がそうだったように、目的を達成すれば自我を取り戻すかもしれない。
私はこれまでの経緯、どういう魔法を組み今に至ったのか先生に説明した。
「――――ということがありました、先生としてはどう思いますか?二人は元に戻せそうですか?」
「それは、たぶん無理ですよ。まず世界から悪党は亡くなりません。世界が滅んでしまいます。でも、彼らの基準の悪党だったらあるいは自然と収まる可能性もあります。
でも、それには、うーん、二人で一つの意思というのが厄介ですね。二人が想像する悪党を全てというのが曖昧さも重なりかなり広範囲になってしまいます。
それこそ相思相愛の関係なら別でしょうが。あの二人は性格が真逆のようですし……。
つまり現状は、時間を待つしかないでしょうね、それにとりあえず今は研究室に戻りましょうか」
私たちは、まだこの城が無事なうちに食料や魔法の研究に必要であろう物資をかき集めて研究室へ向かった。
周辺には防御魔法が何重にもかけられていたため、私たちは何も問題なく研究室へ入ることが出来た。
――よかった、彼らは少なくとも当初の目的を果たそうとしているのは確認できた。
「そうですね、彼らの目的の一つはまず僕たちを無事に逃がすことでしたね。そのためには、大きな問題があります……。
そもそも僕たちに逃げる場所がありません。
ですから、当面はここにいましょうか、とりあえず僕と君が無事なら目的は失敗しないわけですし」
失念していた。目的を失敗したときのリスクを想定していなかった。もし、目的を失ってしまったら、おそらく彼らは正真正銘の化け物となる。
それに、先生ははっきり言わなかったけど、今の私はどう見ても化け物だ、どこにも逃げ場はない、隠し通せるわけないのだから。
「それに、僕はいつか死にます、不完全ながらも不死の魔法を成功させた君より先にね。
だから、時間を無駄にして逃げるくらいならここで研究を進めましょう。
そうですね、あなた方の行った魔法は、私には真似できない素晴らしいものでした。僕も負けてられないな」
こんなときでも前向きな先生を見て、嬉しくなった、そんな先生が好きだということを前よりも強く感じた。
「私にできることがあるならなんでも言ってください。なんなら私の体を研究材料に使っていただいても」
思わずとんでもないことを言ってしまって少し恥ずかしかったが、私も前向きに考えることにしたのだ。
「そんな、無茶な、いいえ、君の覚悟は嬉しいですが。でのその前にやることはありますよ。――僕には優秀な助手が必要です」
ひとつだけ、望みがかなったのかもしれない、彼らには感謝してもしきれない、今思えば、彼らはわざとこうして私たちのもとを離れたと思えるほどに。
いいえ、それは思い込みがすぎる、でもありがとう、私は幸せです。
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