第23話

いつの間にか寝ていた黎人は、目覚めの悪い顔をしながら、ゆっくり目を開けた。

もう辺りは真っ暗になっていた。

「………」

黎人は嫌なそうな顔をしながら天上を眺めていた。

過去を思い出した事で、頭の中に過去の声が響いてくる。

それは男達の卑猥な喘ぐ声ばかり。

「うぅ…」

黎人は頭が痛くなり、頭を抱え身体を丸めた。

その時、そっと黎人の頭に手が触れた。

いつものエミリオの感覚では無かった。

黎人はあのエミリオの優しい感覚を感じ分けていた。

「黎人様…そんなに苦しい思いしてまで、由里子を側に置く必要ありますか?信用するのが辛いんですよね?」

それは小豆沙だった。

小豆沙は辛い顔の中に、理解に苦しむといった顔をして言った。

「…あいつは、少し変わってる」

黎人はゆっくり目を開けて答えた。

「だから?」

小豆沙は冷たく返した。

「私の事を知りたいと言ったり、私を性奴隷として見ない。今までの人とは違う見方をして来る」

「お嬢様の興味本位なんじゃないんですか?あの人、今までバイトも仕事も何もしてこなかった大学生ですよ?大人の社会でお遊びしたいだけじゃ…」

小豆沙は止まらなくなったかの様に、由里子の批判をした。

「言い過ぎでは?小豆沙」

小豆沙の後ろからエミリオのなだめる様な声がした。

「!?エミリオ様…」

小豆沙は驚いて振り返った。

そこにはエミリオが立っていた。

「お遊びか…そうかもしれないな」

黎人は起き上がって言った。

「でも、初対面で"助けたい"と言ってくれたやつは、あいつだけだ」

黎人はボソッと言った。

「それがなんですか?私だって黎人様を助けたいって思ってますよ!?」

小豆沙は少し声を荒げて言った。

「すまない、人間でと言う意味だ」

黎人が軽く訂正を入れる。

「…っ!でも、それだけで…」

小豆沙は食い下がった。

「それだけでも、すごく大きい事だったのでは?」

エミリオが言葉を繋いだ。

「私は何かの忠誠や見返りがないと人を信用出来ない。でもあいつは、何も無くても人を信用出来るんだろうな。あいつは私の持っていない物を持ってる」

黎人は自分を卑下する様に言い、呟いた。

「そこに惹かれたんですね」

エミリオが黎人の気持ちを代弁した。

「でも、そんな辛くなるぐらい苦しむなら信用する必要ある!?」

小豆沙は怒った様に言った。

「小豆沙、お前の事は大事だ。好きだよ、でも…」

黎人は優しい目をして言い掛けた。

「やめて!聞き飽きた!また恋愛対象として見られないって言うんでしょ!?」

小豆沙は耳を塞ぎ俯いて叫んだ。

「好きだよ」

黎人は囁くように言った。

「うそっ!」

小豆沙は頭を振って強く否定し涙を流した。

「小豆沙を抱きたいと思う程好きだよ、でも、エミリオの方がもっと好きになっちゃったんだ。それに、そうやって、人を好きになって良いと教えてくれたのは、小豆沙だよ」

黎人は小豆沙を見て優しく言った。

「…っ!」

小豆沙は涙を流しながら黎人の言葉にハッとした。

「こんな汚れた私でも、人を好きになっていいんだって思わせてくれたのは、小豆沙のおかげだ。ありがとう」

黎人はそう言うとベッドから降り、俯く小豆沙の下に入り込み、小豆沙の唇にキスをした。

少しの沈黙の後、黎人は小豆沙から離れた。

「黎人様…」

小豆沙が呟くと、黎人は小豆沙を優しく抱き締めた。

「好きだよ、今まで、ありがとう」

黎人は小豆沙の耳元で小声で囁いた。

「黎人様はずるいですね、こんなんで諦められるわけないじゃないですか…」

小豆沙が泣き笑いながら言った。

「そうかもな」

黎人は短く答えた。

「私、諦めませんから」

小豆沙は黎人から離れて言った。

黎人はコクリと頷いた。

「仕事に戻ります」

小豆沙は笑顔で部屋を出ていった。


「………話、逸らしましたね」

エミリオがしばらくしてから口を開いた。

「ああでも言わなきゃ、由里子に嫉妬の火の粉が被るだろ?それに本心だったよ」

黎人は悪びれる事もなく、あっけらかんと言った。

「小豆沙を抱きたいと?」

エミリオは少し鋭い目で聞いた。

「ああ、散々男に嫌な思いさせられて来たんだ。女の方が良いと思っても可笑しくないだろ?」

黎人は少し自虐的に言った。

「行為の方でのそれとこれとは話が違う気もしますが…」

エミリオが少し戸惑って言った。

「それに、これが"最後"だろうしな」

黎人はボソッと呟いた。

「最後、とは?」

エミリオをそれを聞き逃さず、黎人に聞き返した。

「聞かない方がいい」

黎人は目を伏せて言った。

「分かりました」

エミリオは何かあると思い、深く踏み入らず、身を引いた。

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黎人の黎明期 姫乃華奈 @hime837

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