第21話

由里子が一緒に働く様になって1週間。

由里子はまだ仕事に慣れず一人バタバタしていた。

他のみんなは通常運転。涼しい顔をしていた。

だか、みんなも仕事は山積み。

助け出した元奴隷の子達のメンタルケアに就職先の斡旋。初めに依頼してきた由紀の娘探し、やる事は次から次へと湧いて出た。

そんな忙しさに疲れて来た頃、エリオルが事務所に来た。

「黎人様、新たな情報が入りました」

エリオルは事務所に入ると、開口一番に言った。

「ありがとう、座れ」

黎人は応接間スペースに行き座りながら、エリオルを促した。

エリオルは返事をすると応接間スペースに座りに来た。

エミリオも同席し、小豆沙と菜豆那と由里子も話を聞く。

「裏で奴隷商を操る人物が特定されました」

エリオルが、みんなが落ち着いた所を見計らって話し出した。

「誰ですか?」

小豆沙が食い気味に聞いた。

「………」

エリオルは押し黙った。

「どうしたのです?」

エミリオが怪訝な顔をして聞いた。

「大変申し上げにくいことなのですが…」

エリオルは口をもごもごとし、凄く言いにくそうに話し始めた。

「………奴隷商を操る人物は…この国の現国王です…」

一瞬で場の空気が凍った。

「…だろうな…私の元婚約者が関わっているんだ。薄々感じていたよ」

少しして、黎人が重い口を開いた。

「黎人様…」

菜豆那が辛そうな顔をして呟いた。

「あのぅ…水を差す様で悪いんですが、私にも分かる様に話してもらえませんか?」

由里子が恐る恐る手を少し上げ、言った。

一瞬で全員からため息が漏れた。

「黎人様、話してもいいんですか?」

小豆沙が黎人に聞いた。

「知りたいんだろう?知って後悔しても知らないさ」

黎人は冷たく言い放った。

「はい、知りたいです。後悔しません」

由里子はキリッと言った。

「菜豆那、説明」

それを聞き黎人は菜豆那に命じた。

菜豆那は返事をすると、由里子に話を始めた。

奴隷商が始まった時、天使界の国王が人間界と天使界、二つに分けた。

その二つに分けた国王は現在亡くなっており、今は新しい王が国を導いている。

その王が裏で奴隷商を斡旋していた。

先代の功績を踏みにじる行為だ。

奴隷商を行なっている透は黎人の婚約者。

黎人は王族の生まれで、現国王は黎人の義理の父親だった。黎人の本当の父親は、早くに亡くなっており、新しく母親が迎え入れたのが、現国王だった。

黎人は正統なこの国の後継者だった。


「王族…」

由里子は黎人の素性にびっくりした。

「でも、なんで…」

由里子は続けて、浮かんで来た疑問を言おうとした。

それを黎人が遮った。黎人には質問される内容が分かりきっていた。

"なんで、奴隷になったのか"

「売られたからだよ」

「売られた?」

由里子が戸惑った。

「私を良く思わない同じ王族の奴に売られたんだ、覇権争いだよ」

黎人がまた先を読み、答えた。

「指示したのは黎人の母親で間違いないと情報を掴んでいます」

エミリオが言った。由里子の言いたい事を二手、三手先を読んで答えていた。

「母親が…」

由里子は息を呑んだ。

「黎人様を奴隷に売って、地位を剥奪すれば、正統後継者ではなくなる。そうすれば息子の馨馬(けいま)が第二後継者から、第一後継者に上がる」

次はエリオルが答えた。

「しかもその馨馬は現国王と正式な血の繋がりのある親子。王宮内でも支持は高いの」

その言葉を小豆沙が繋ぎ答えた。

「透は後継者である黎人様と婚約者になり、次期国王になるつもりだった。けれど黎人様が売られたことで透の地位も落ちていった」

菜豆那が次の話をした。

「関係ないのに、怒りの矛先は全て黎人様に」

エリオルが言った。

その時、黎人を後ろからぎゅっと包む由里子。

「辛かったね、黎人さん」

由里子は涙を流しながら呟いた。

「…っ!」

黎人は急に抱きつかれ戸惑った。

「こんな辛いこと、話してくれて、ありがとう」

由里子は言った。

「こんな上っ面の話だけで分かった気にならないで」

小豆沙が怒気のこもった声で言った。

その顔は怒っていた。

「えっ?」

由里子はびっくりして、小豆沙の方を見た。

「黎人様が奴隷になってどれだけの辛い思いしたかも知らないくせに、母親や王族の人からどれだけの仕打ちを受けて来たかも知らないくせに、これだけで黎人様を分かった気になるなっ!」

小豆沙は鬼の形相で由里子に食い下がった。

「ごめんなさい…」

由里子は黎人から離れて、謝った。

「これから知っていくわ。だから教えて」

由里子は続けで言った。

「なんでそんなに黎人様に取り入ろうとするのよ?」

小豆沙は怒った声で由里子に言った。

「取り入ろうとなんてしてない。ただ私は奴隷のことを知って、無くしたいと思った。助けたいと思った。だから私に出来る事をやろうとしてるだけ。それがまず、黎人さんに協力してもらえる様に関係を築いているだけで…」

由里子は冷静に小豆沙に答えた。

「それが取り入ろうとしてるんじゃないの!」

小豆沙が怒鳴った。

「小豆沙、もういい。ありがとう」

黎人が二人の言い合いを制した。

「黎人様…」

小豆沙がしょぼんとした。

「由里子、お前の気持ちは嬉しいが、お前を巻き込む事はできない。元凶は天使だ。天使の問題だ。人間を巻き込む事はできない」

黎人は立ち上がり、由里子の方を見て言った。

「でも、その人間が貴方達天使達を買ってしまってる。関係なくないし、巻き込む巻き込まないじゃない」

由里子はそんな黎人の言い分に食い下がる。

「私には価値がない。でも、お前にはまだこれからがある。こんな王族間の争いに巻き込まれない方がいい」

黎人は哀愁漂う雰囲気で言った。

「黎人様っ!価値がないなんてない!人も好きになって良い!なんでそれが分かんないんですか!?」

小豆沙が叫んだ。

「ーっ!やめて!私は誰かを好きになっちゃいけないの!」

黎人は自分に暗示を掛けるかよのうに言い叫んだ。

「なんでですか!子を産めないからですか!?」

小豆沙が追及した。

由里子は途端に話についていけなくなった。

それを見た菜豆那が由里子にそっと耳打ちをする。

黎人は性奴隷として何度も性行為をしてきた。

そして何度も妊娠をした。その度に何度も何度も中絶を繰り返し、生殖器はボロボロになった。そして性行為時に、何度も多量に使用された媚薬の後遺症で、妊娠出来ない、妊娠しても身体の中で子供が育たない身体になった。

由里子はあまりの壮絶な過去に顔が青ざめた。

「っ!!…っ、世継ぎを産めない王の一族なんか死んだ方がいいの!」

黎人は目一杯の声で叫んだ。

「嘘!本当は死んだ方がいいなんて思ってないくせに!」

小豆沙が怒鳴った。

「子を産めない女に価値はない!」

黎人も負けじと叫ぶ。

「そんなことない!黎人様!周りの言葉に惑わされないで!黎人様は黎人様でいいんだから!

誰を好きになろうと自由なんだよ!」

小豆沙は目に涙を溜めながら叫んだ。

由里子は菜豆那に疑問を耳打ちする。

"周りの言葉とは?"

黎人はエミリオに助けられ、一次は王宮の屋敷に帰って来ていた時期があった。

その時、主治医に子が育てられない、産めない事を宣告された。その話が王宮内に広まって、様々な所で陰口を言われ続けた。

「でも、でも、」

黎人は目に涙をじわじわと溜め、首を振った。

「でもじゃない!子が産めなくても女に価値はあるし、産めなくても王族には王族としてのやるべき事が沢山ある!死んだ方がいいなんて事、あり得ない…」

小豆沙は叫び、最後には涙を流した。

「小豆沙…」

黎人は目に溜めた涙を零すのを我慢し、小豆沙を見つめた。

「そうですよ、黎人」

エミリオが立ち上がり黎人に声を掛けた。

「貴女には貴女のやるべき事がある筈です。義理の父親が糸を引いていたと知って、そのまま放置して死ぬおつもりですか?そんな無責任な事、致しませんよね?」

エミリオは優しく黎人の両肩に両手をポンと置いた。

「エミリオ…」

黎人は振り返り、エミリオの胸に飛び込んだ。

堪えていた涙は反動で溢れ、黎人は涙を流した。

「私なんかに、出来るのかな…王族の中でも一番低い身分なのに」

黎人はエミリオの胸の中で呟いた。

「貴女は低くなんかないじゃないですか。貴女は後継者になれるお方です」

エミリオは黎人の両方に手を置いた。

「それは昔の話だよ、今じゃ話が違う」

黎人は弱々しく言い、首を横に振った。

「昔や今に、縛られてはいけません。もっと発想を自由に」

エミリオは諭す様に言った。

「発想を自由に…」

黎人はエミリオの言葉を繰り返し呟く。

「そうです。身分に関係なく動くのです」

エミリオは優しく言った。

「革命…」

黎人は顔を上げ、エミリオを見て言った。

「はい、いいのではないですか?」

エミリオはニコッと微笑んだ。

「そっか…私でも、この国を変えられる。革命を起こせば、きっと…」

黎人の顔に明るさが出て来た。

「はいっ!動きましょう!私達もついていきますよ、黎人様」

小豆沙は嬉しそうに言った。その言葉にエリオルも立ち上がり、菜豆那と由里子も賛同した。

「ありがとう」

黎人は微笑んだ。

「では、まず何から始めますか?」

エミリオが聞いた。

「人を集めよう。革命軍を作る。色んな人に声を掛けて集めてくれ」

「はい、同志を募らなくては行けないですからね」

小豆沙が張り切って応えた。

「とりあえずは人を集めなければ話にならない。頼んだぞ」

『はい』

みんなは黎人の指示に従い動き始めた。

一人悩んでいたのは由里子だった。

人間の自分に出来る事は何かと悩んでいた。

黎人はそんな由里子をよそ目に、自分の部屋へと戻って行った。

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