第19話

「今更…信用出来るわけ、ないだろ…」

黎人は自分の部屋に入ると怒気を含んだ声で呟いた。


「さて、私も少し出掛けてきます」

沈黙を破りエミリオが立ち上がりながら言った。

そして事務所の出入り口に向かって行った。

『はい、いってらっしゃいませ』

小豆沙と菜豆那は声を揃えて言った。

エミリオは事務所を後にした。

「………」

由里子はどうしたら黎人と話が出来るか考えていた。

「私、もう一度話してきます!」

由里子は思い立ち事務所の奥に行こうとした。

「無理だと思うからやめておいた方がいいよ〜」

小豆沙が自分の事務机に頬杖を付き、茶化す様に言った。

「何でですか」

由里子が少しムスッとして聞いた。

「もう黎人様は誰も信用しない…」

菜豆那が悲しそうな顔をして言った。

「信用させて見せます!」

由里子は言い切り事務所の奥へ入っていった。

「あーあ、行っちゃった。私達や黎人様にどんな過去があるか知らないくせに」

小豆沙が苛立った様な顔で言った。


由里子は黎人の部屋の前に来ていた。

扉を何度ノックしても返事がない。

堪らず由里子は声を掛けた。

「黎人さん、話がしたいです。開けて下さい。返事して下さい」

それでも黎人は無言だった。

「そのままでいいです。聞いて下さい」

由里子は諦めて、扉に向かって話し始めた。

「お願いです!私にチャンスを下さい。一回でいいです。その一回で私は黎人さんに信用してもらいます。私は皆んなの事、知りたいんです。助けたいんです。お願いします」

由里子は扉に向かって話し、懇願した。

その時、静かに扉が開いた。

しかし、扉の前に黎人はいなかった。

黎人は部屋にある仕事机の近くに立っていた。扉は魔法で開けていた。

「黎人さ…」

由里子は扉が開いた事が嬉しくて、つい声を掛けながら部屋の中に一歩踏み入れた。

「止まれ、入るな」

黎人は怒気のこもった声で、由里子を睨みながら言った。

由里子は動きが途中で止まり、フリーズした。

「廊下で騒がれるとうるさいから開けただけだ。お前を許した訳じゃない」

「あ、はい…」

由里子は途中で止まった動きを直し、部屋に一歩入った状態で立ち止まった。

黎人はかなり苛立っていた。それを落ち着けるかの様に息をゆっくり吸い、吐き出した。顔はかなり苦しそうで引き攣っている。

「だ、大丈夫ですか?顔色、悪いですよ」

由里子はその様子に戸惑い声を掛けた。

黎人は由里子を睨んで歯軋りをした。

「くそっ!」

黎人は悪態をついて、机の引き出しを勢いよく開けた。

そして個包装になっている薬の袋を一つ取り出し、机の上に置いてある水筒に手を伸ばした。

黎人は薬の袋を開け口の中に放り込んだ。そして水筒の水を飲み、薬を飲み込んだ。

水筒をドンッと机の上に置き、強くため息を吐いて、机の引き出しを静かに閉めた。

「黎人さん…?今のは?」

由里子が只事ではなさそうな雰囲気の黎人に聞いた。

「………」

黎人は少し呼吸を荒げながら由里子を睨んだ。

「なんでそんなに頑なに信用してくれないんですか?」

由里子が少し悲しそうな顔をして聞いた。

「信用なんて…」

黎人は憎らしそうに呟いた。

「沢山裏切られてきたからですか?」

「!聞いたのか?」

黎人は少し驚いた表情をした。

「いえ、何も聞いてません。でも、信用したくないって言うなら、きっと沢山裏切られて来たのかなって」

由里子は黎人の事を想像して言った。

「………もう嫌なんだよ、裏切られてきたからこそ、もう、誰も信用しない」

黎人は観念した様に少し話した。

「だから、これで最後にしましょう。私で最後です。信用する人」

由里子は思わず近付いて行き、言った。

「………」

黎人は何かを考える様に由里子を見つめた。

そして黎人はグッと由里子との距離を詰め、由里子の顔の近くで言い始めた。

「なら命をかけろ」

「えっ…」

由里子が突然の言葉に戸惑っていると、黎人が続けた。

「私に従え。忠誠を誓え。ここにいるエミリオ、エリオル、小豆沙、菜豆那は私に命を捧げてる。私の命令一つ、命をかけて行う」

黎人は鋭い眼差しで言った。

「かけるわ。あなたに忠誠を誓う。裏切らない」

由里子は黎人を見つめ返して力強く言った。

「信用は今後の働きによる」

黎人は由里子から離れた。

「分かったわ」

黎人は机にあるベルを取りに行った。

そして大きな音でベルを鳴らした。

少しすると菜豆那が現れた。

「今日からここで働く。仕事を与えてやれ」

黎人が手短に話し、由里子を指差して言った。

「…!」

菜豆那は驚いた。

そして思わず黎人を抱き締めた。

「無理しなくていいんですよ?」

菜豆那は黎人を抱き締めたまま、黎人の耳元で囁いた。

「無理はしてないさ」

黎人は菜豆那に身体を預け優しく答えた。

「本当ですか?ご命令あらばいつでも…」

菜豆那は強い覚悟の眼差しで言った。

「ああ」

黎人は短く答えた。

二人は自然と離れ、見つめ合った。

すると、菜豆那が黎人の唇にキスをした。

「!?」

由里子はその光景に驚き、目を見開いた。

「全く…姉妹揃って相変わらずだな」

黎人は肩をすくめた。

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