第16話
小豆沙と紗羅葉は狭い廊下で睨み合っていた。
その時、小豆沙の後ろから、黒装束の天使が飛んで来た。小豆沙は気配で誰かを察知し、すぐにどいた。
黒装束の天使は真っ直ぐに紗羅葉に向かって行った。短剣を紗羅葉に向かって振りかざす。
紗羅葉は後ろに飛び退いて廊下の奥へと行き避けた。
黒装束の天使は深追いする事なく、紗羅葉を無視してリビングへと入って行った。ただ、紗羅葉が邪魔なだけだった。
リビングへと入るとすぐ近くに与四郎がいた。その与四郎の首筋を短剣で深く斬り込んだ。
与四郎は声を上げる間も無く、首から血飛沫を上げ倒れ込んだ。
「キャァァァ!!」
母親はその状況に悲鳴を上げた。
「え…っ」
由里子は血の気がサーッと引く様な感覚に陥った。
黒装束の天使は止まる事なく、由里子の母親に向かって行った。
母親は驚き固まった。動く事も出来ず驚きの表情を浮かべていると、黒装束の天使に与四郎と同じように首筋を短剣で深く斬り込まれた。
首から血飛沫を上げ倒れた。
「お、お母さん…?」
由里子は信じられないと言う顔をした。
黒装束の天使は由里子の方を見た。
由里子は自分も殺されるとドキッとした。
「そこまでです。彼女は白です」
エミリオが黒装束の天使の動きを止めた。
黒装束の天使はその言葉を聞き止まった。
「やれやれ、なんて事をしてくれるんだ、君達は。上客を殺してしまうなんて、はぁあ」
千隼がこの惨状を見てため息を吐いた。
「任務は完了した」
黒装束の天使がボソッと答えた。
「興ざめだよ、奴隷達も逃してしまって。これじゃあ怒られるのは僕じゃないか、やだなぁ」
千隼がやれやれといった感じの態度で言った。
「今ここで貴方も裁いてもいいのですよ?」
エミリオが千隼に剣を向けた。
「いや、やめとくよ。帰るよ、紗羅葉」
千隼は踵を返すと玄関に向かって歩いて行った。
紗羅葉は「はーい」と返事をすると、千隼について行った。
「俺は帰る。後は任せた」
黒装束の天使はエミリオに言った。
「全く、後始末はいつも全部私ですね。みんな"後は任せた"なんですから」
エミリオはやれやれと言うように言った。
「すまない」
黒装束の天使は短剣をしまい、少し申し訳なさそうに言った。
「ま、いいです。また後で会いましょう」
エミリオはそう言うと剣をしまった。
「ああ」
黒装束の天使は短く答えると、玄関の方へ飛んで行き外へ出て行った。
小豆沙も帰る様にエミリオに言われ、玄関の方へ行き帰っていった。
「お父さん…お母さん…」
由里子は目の前の惨状を受け入れきれていなかった。どんな感情になればいいのか分からない程、気持ちはぐちゃぐちゃだった。
突然両親を殺された怒りと悲しみ。だが、両親が死んでも当然と言う程の事をしたという軽蔑の心。
色んな感情が一気に込み上げて来て処理しきれなかった。
エミリオはそれを分かった上で由里子を無視した。
何も声をかける事をせず、両親の遺体に何か液体をかけ始めた。
「な、何を…?」
由里子が困惑して聞いた。
「油です。良く燃えるんですよ」
エミリオは淡々と答え作業を続けた。
「油!?も、燃えるって、燃やすんですか?この場で」
由里子は少し声を荒げた。
「殺した相手は燃やします。家も全てね」
エミリオは床にも油を撒き散らしながら言った。
「家まで?なんで…」
由里子は分からない事だらけだった。
「根絶やしにしたいからです。これをしただけで天使の売買がなくなる訳ではありませんが、証拠を無くせば、事実も有耶無耶になる。そうして事実を霞めて天使の売買があった事さえも分からなくてしてしまえば、段々と買う人も少なくなるのでは?と、リーダーはそう考えています。それに殺人と分かれば人間の世界の人も騒ぐでしょうし、火事に見立てて事故死で扱ってもらうのが一番都合がいいのです」
エミリオは少し早口に答えながら、手を動かし、燃やす準備をした。
「でも、こんな、首の傷…それに油なんてまいたら殺人だってより思われるんじゃ…」
由里子は両親の傷口を見ながら言った。
「このやり口はずっと昔からやっています。だから、人間の警察も天使の仕業である事は分かっています。天使の売買が関わっていた事も」
エミリオは淡々と答える。
「じゃあ、何故、何も騒ぎになっていないの?」
由里子は次から次へと湧き上がる疑問をエミリオにぶつけた。
「暗黙の了解があるからですよ。これ以上この件に関わるなと言う天使からのメッセージです」
エミリオはそれに丁寧に答えた。
「何故、天使から関わるなとメッセージが?一緒に協力して解決した方がいいのではないんですか?」
「天使は主に人間が買っています。そんな人間に協力を仰いだところで、どこまで信用が得られるのでしょうか?天使が天使を売っている。その販売元は天使界にあります。摘発するのも天使界に行けない人間には行えません。それでどう協力を得ろと?」
エミリオは少し早口で言い由里子を睨んだ。
「でも、人間の世界にいる天使を救出する事ぐらいは…」
由里子はそれでも食い下がった。
「それのどこに信用が?裏切られてまた天使をいい様に酷使させられるかもしれない。今度は殺されるかもしれない。信用がありません。私達の世界の問題です。私達で解決します」
エミリオは少し早口で言った。
「それがあの、黎人さんの、ご意志なんですか?」
由里子は息を呑んで聞いた。
「ええ、そうです。我々はそれに賛同し集まった者。いつでもこの身を捧げ従います」
エミリオは目を伏せて答えた。
「………」
由里子はその忠誠心に言葉を失った。
「さて、準備は出来ました。これから火を放ちます。さっさと外へ。貴女まで燃えますよ」
由里子が黙っていると、エミリオは作業を終わらせ、家を出ようと玄関までそそくさと歩いて行った。
由里子は一瞬両親に手を合わせ、頭を下げて玄関の方へと去った。
エミリオは由里子が外に出たのを確認すると、魔法で炎を出して、油で引いた導火線に炎を近づけた。
ボゥ!
導火線から火が付き、炎は家の中に導かれる様に進んでいき燃え広がった。
あっという間に家は炎に包まれ、激しく燃えた。
それを見届けたエミリオは踵を返し、空へと飛び立とうとした。
「待って!」
飛び立とうとするエミリオを、由里子は腕を掴んで引っ張り引き留めた。
「なんです?」
エミリオは少しびっくりしていた。
「私を…私を天使界に連れていって欲しいのっ!」
由里子は叫んだ。
「無理です」
エミリオは軽く一蹴した。
「黎人さんが、嫌がるから?」
由里子は少しムッとして言った。
「はい」
エミリオは短く答えた。
「私は黎人さんと話がしたい!私が黎人さんを説得する!」
由里子はエミリオの腕を強く掴んで言った。
「何故そんなに、リーダーに固執するのです?」
エミリオは理解できなかった。
「貴方もじゃないですか?黎人さんの事ばかりですよ」
由里子は言い返した。
「………貴女が何を考えているのか知りませんが、リーダーを説得など無理だと思います。貴女に、彼女の心の氷を溶かす事が出来るとは思いません」
エミリオは少し考えてから答えた。
「心の、氷…?」
由里子は少し不安になった。急に聞かされたワードに応え切れていなかった。
「これ以上リーダーに不快な思いをさせないでで下さい」
エミリオは由里子の手を振り解いた。
「それでも!私は説得する!」
「何をそんなに頑固になっているのか…いささか理解が出来ませんね」
エミリオは袖をはたき、整えながら言った。
「お願い!エミリオさん!」
由里子は懇願した。
「無理だと思いますが、ここに長いするのも良くありませんし、行きますよ。怒られるなり、無視されるなり、気が済むまでどうぞ」
エミリオは軽くため息を吐きながら答え、由里子に、手を差し出した。
「ありがとう!」
由里子は笑顔でエミリオの手を取った。
エミリオは羽を羽ばたかせ空へと由里子を連れ飛び立った。
遠くでは消防車のサイレンの音が鳴り響いてきていた。
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