第15話
「さあ、こちらへどうぞ」
由里子の母にリビングへ案内され、テーブル席にエミリオは腰掛けた。
「やぁどうもどうも、おや、いつもの人とは違うみたいですね」
そこへすぐ由里子の父がリビングへ入ってきて、言った。
「ええ、担当が変わったんですよ、我々も上の指示で動いているもので」
エミリオはにこやかに微笑んで答えた。
「ああ、それは大変ですな」
由里子の父はエミリオと向かい合わせに座った。
「いえいえ」
「ところで、今日はどんな御用件で?最近も来られてましたが…」
由里子の父が怪訝そうに聞く。
「実は新しい子が入りましてね。そこで不要になった子はいないかと。その子と安く取り替えますよ」
エミリオは嘘のセールストークを披露した。
「ほぅ、なるほど、なるほど。確かに初めて買った日から考えるともう古い子もいますしなぁ。ガタが来てる子も正直…」
由里子の父は考えながら答えた。
「そうでしょう、そうでしょう。そこで新しくいかがかと…」
エミリオはニコニコして言った。
「いいなぁ、変えようか」
由里子の父は乗り気になり、嬉しそうに返事をした。
「ありがとうございます。それではまずは解約についての書類にご記入を」
エミリオは鞄から書類を出そうとした。
その時、リビングの扉が開いた。
「なにやってるの!?お父さん、それにエミリオさんも…」
それは困惑した表情の由里子だった。
由里子は突撃訪問して、父親に話を聞こうと家まで来ていた。玄関の鍵を開けて入って来たのだ。そして、エミリオと父親のやり取りを聞いてしまったのだ。
「由里子!おまっ、何故急に‼︎」
由里子の父は慌てて立ち上がった。
「由里子、どうしたの?急に」
キッチンでお茶を準備していた母が、リビングに出て来て言った。
「どうしたの?じゃないわよ!天使から天使を買ってるって、本当だったのね!奴隷にしてたなんて!最低よ!あり得ない!」
由里子は怒りが爆発したように両親に怒った。
「由里子、これは、その…」
由里子の父はたじろいだ。
「エミリオさんもどうゆう事ですか!?」
由里子は怒りの矛先をエミリオに向けた。
「お前、この方を知っているのか!?」
由里子の父は驚いた様に、エミリオに振り返る。
エミリオは小さくため息を吐くと、静かに立ち上がった。
「我々の邪魔をしてご満足ですか?伊東由里子さん」
エミリオの声は少し怒気がこもっていた。
「えっ…」
由里子はその声に少し怯み、戸惑った。
「与四郎さん、貴方の調べはついているんです」
エミリオは由里子を無視して、由里子の父、与四郎に話を振った。
「な、なんの事だ」
与四郎はドギマギしながら答えた。
「貴方が天使を買って冷遇している事。我々天使が販売をしていますが、それはごく一部の天使の仕業。殆どの天使は売買を嫌がっています。私もその1人でしてね。貴方は天使に許されない事をしているのですよ」
エミリオは少し早口で、怒気のこもった声で言った。
「そ、それがなんだ。法律に触れたわけでもあるまい」
与四郎は言い訳がましく言った。
「そうです。天使を買う事、販売する事においてこれと言った法律はありません。ですが、道徳として、法律が無くても、やっていい事と悪い事の判別くらいつくでしょう?我々天使達は、貴方達を許しませんよ」
エミリオは鋭く与四郎を睨み付けた。
「ふん、そんなもの知るか。法律に触れてなきゃいいんだよ、どこからも咎められる事はない!」
与四郎は声を荒げ、唾を飛ばしながら答えた。
焦っている様だった。
「お父さん…本当にそんな事思ってるの…?」
由里子がたまらず声をかけた。戸惑いの表情を浮かべている。
「丁度いい。由里子にもそろそろ天使をあげようと思っていたところだ」
与四郎が言った。
「ふざけないで!私は天使の奴隷なんていらないわ!エミリオさんが言った様に道徳的にどうなのよ!ダメに決まってるじゃない。法律が全てじゃないんだから!」
由里子は与四郎に向かって叫んだ。
「何を言う!天使なぞ下等な種族を、我等が正しく扱ってやってるんだ。それの何が悪い!」
与四郎は由里子に怒った。
「悪いわよ!」
「親子喧嘩は他所でどうぞ。今はその反省もない与四郎さんと奥さんに制裁を」
エミリオはそう言うと静かに剣を抜き取った。
「ちょっ、待て!どうゆう事だ。何が制裁だ!」
与四郎はエミリオのその動きに慌てた。
「当たり前でしょう?法で裁けない事例です。法が許しても我々は許さない。それだけの事です」
エミリオは剣を構えながら言った。
「まさか、お父さんを…?それに奥さんって?」
由里子は恐る恐る尋ねた。
「貴女のお母さんの事ですよ。彼女もまた天使を使役し、家事をさせていました。与四郎さんと同罪ですよ」
エミリオは由里子の疑問に調べた事を答えた。
「お母さん!?」
由里子は驚き母親の方を振り返った。
「い、いいじゃない、家事ぐらいやらせたって。メイドよ、メイド!住み込みで働いてもらっただけじゃない。それの何が…」
母親は弁明する様に言った。
「劣悪な環境での寝食に、休みなしの長時間労働をさせてもですか?」
エミリオは与四郎に剣を向けたまま、斜め後ろにいる母親の言葉を遮って追及した。
「…!そ、そんな事してないわ!ちゃんと食事も与えたわ、休みも取らせた」
母親は必死に弁明した。
「そんなのやったやらないの問答ですね。地下室に行けば色々証拠はあるのでは?」
エミリオは与四郎を睨み付けて言った。
「…!」
由里子の両親はドキッとした。
「地下室?」
由里子は聞き返した。
由里子はこの家に地下室がある事を知らなかった。
「買った天使達を地下室に放り込み、管理していたのです。劣悪な地下室と言う環境で。食事も満足に与える事もありません」
エミリオは淡々と言う。
「そんなっ、お母さんまで…」
由里子は有り得ないと言う表情で、母親を見つめた。
「私はちゃんと奴隷の食事を用意したわ!私は丁寧に扱ったのよ!私は違うわ!」
母親は演説でもするかの様に言い訳をした。
「執拗に体罰も与えましたね。与四郎さんへのぶつけられない不満を、天使達にぶつけていましたね。与四郎さんのいない間に革ベルトで天使達を叩きつけていたとか。調べはついているのですよ」
エミリオは調べ上げた情報を述べた。
「お前、そんな事してたのか!通りで俺の奴隷に傷があると思ったら、全く何をしてるんだ!俺の物だぞ」
与四郎は怒りを露わにした。
「怒るとこはそこじゃないわ!お父さんもお母さんも間違ってるよ!」
由里子は頭を振り叫んだ。
「あーあー、これは家族の修羅場だねぇ」
その時、突然由里子の後ろ、玄関の方から男の声が聞こえた。
「えっ、貴方はこの前勧誘して来た…」
由里子は振り返り、その男の人を見ると呟いた。
「はぁい。今日は与四郎さんに新しい奴隷を紹介しに来たんだけど…これはどうゆう状況かな?エミリオ」
陽気な声で喋り、ズカズカと入り込んで来たのは千隼だった。千隼はエミリオを睨んだ。
「見ての通り、摘発ですよ」
エミリオは剣を納める事なく、与四郎を見たまま答えた。
「やだぁ、脅しに見えるんですけどぉ」
千隼の後ろから出て来て、口に手を当て煽る様に言ったのは、紗羅葉だった。
「おお、千隼さん、紗羅葉さん!助けて下さい!この天使が突然…」
与四郎が2人に助けを求めた。
「そうなんです。私達がしている事が悪いと…」
母親も同じく救済を求めて声を上げた。
(まずいな…千隼と紗羅葉が乗り込んで来るなんて…)
黎人は忍び込んだ部屋で、エミリオと繋がっている無線を聞いていた。
<黎人様、こちら避難準備完了です>
小豆沙から無線での連絡が黎人に入った。
<分かった。静かに忍び込んだ部屋まで全員出来てくれ。千隼と紗羅葉が乗り込んできた。バレない様にな>
<了解>
2人は短く連絡を交わすとそれぞれ動き出した。
エミリオは、それをバレない様に聞いていた。
「へぇ、いつからそんなに立派に?法で裁けないものを裁くだけの権限が君のどこに?」
千隼は煽る様に言った。
「貴方もいずれ裁きますよ、今はまだ貴方の番ではないだけです。由里子さん、逃げなさい。両親の裁かれる姿、見たいのですか?」
エミリオは突然由里子に行った。それは黎人へ向けての言葉だった。
今すぐ逃げろと。
「えっ…?」
由里子は突然そんな事を言われ、戸惑った。裁かれる姿とはどう言う事なのか…若干想像出来なくもなかった。
「情けかい?笑わせる!それとも仲間を逃す口実かな?」
千隼は笑い、言い終わると廊下へ続く扉を勢いよく蹴破った。
バンッ!
力が強く、扉は一瞬にして壊れた。
バタバタバタバタ!
階段を駆け上がる音が聞こえた。
囚われていた天使達はギリギリのところで上まで逃げ切っていた。
「千隼さん、な、何を…」
与四郎がその行動にびっくりして聞いた。
「行けっ!」
エミリオが叫んだ。
「逃がさないよぉ!」
紗羅葉がすかさず、廊下へ飛び出る。
「通さない!」
そこには小豆沙が待ち構えており、紗羅葉を引き止めた。
「(チッ!エミリオと小豆沙を置いていくなんて…くそっ!)早く飛べ!行くぞ!」
黎人は心の中で悔やみながら、囚われていた天使達を急いで窓から出し、夜空へ羽ばたかせた。
黎人が最後に窓を飛び出し、悔しく、辛い顔をしながら、飛んでいると、耳元で聞き馴染みのある声がした。
「後は任せろ…」
黒装束を来た白い羽を持つ男の天使は、ボソッと黎人の耳元で言うと、黎人達が出て来た窓から家へと入って行った。
「…っ!…はい、お願いします」
黎人はそれが誰か一瞬で分かった。そして安堵の声で、答えると天使の世界へ皆んなで向かった。
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