第10話

由里子はしばらく路地にいたが、何も起こらなかった。

「………って、無理だよね」

由里子は軽くため息を吐くと、くるっと踵を返し家へと帰っていった。

その上空を菜豆那とエミリオが、話しながら飛んでいた。


由里子は家へ帰って来た。

少し疲れた様子でドアを開け、家の中へと入る。

家の中へ入ると、後ろから「お邪魔します」と、男の人の声が聞こえた。

びっくりして後ろを振り返ると、エミリオが、隣には菜豆那がいた。

「!?貴方達は…どうしてここに?」

由里子は困惑した。

「呼んだのは貴女でしょう?」

エミリオは少し冷たい目をして言った。

「え、呼んだってあの裏路地の…?」

由里子は、あんな所でぼそっと呟いた事がどうして聞こえたのか、訳が分からなかった。

「玄関で話すのもあれなんで、お邪魔しますよ」

エミリオはそう言うと、靴を揃えて脱ぎ、礼儀正しく入っていった。

菜豆那も黙ってそれに続く。

「え?え?ここ、私の家…」

由里子は戸惑った。

「親に借りてもらった、ね」

エミリオは棘のある言い方をした。

「なんですか、その言い方」

由里子はそれに気付き、少しムッとした。

「そのままの意味で」

エミリオはサラッと流した。

そして、エミリオは失礼しますよと言いながら、勝手に椅子に腰掛けた。

由里子は少しムッとしながら、ため息を吐きキッチンに立った。二人のお茶の準備だ。

少しして、お茶を二人の前に差し出した。

「お気遣いなさらずに」

エミリオが冷たく言った。

「いえ、どうぞ。(何がお気遣いなさらずによ。づかづか入って来て…)」

由里子は、エミリオの態度に苛ついていた。

しかし、今はそんな時では無かった。折角相手が来てくれたのだ。聞きたい事を聞かなければいけなかった。

「それで、どこまでお調べに?」

由里子が座るとエミリオが聞いた。

由里子は素直に調べて知った事を話した。

「そうですか、それで聞きたい事とは?」

エミリオは質問を促す。

「まず、あなた達の名前が知りたいです」

「申し遅れました。わたくしはエミリオです。隣の彼女は菜豆那。メイド兼社員です」

「社員?」

「わたくし共は天使界でなんでも相談事務所を運営しています。彼女はそこの従業員兼メイドです」

「あと、二人いましたよね?一人はメイド服の人となんか態度が偉そうな人」

由里子は思い出しながら言った。

「ふふ、確かに偉そうかもしれません。その人は黎人。私達のリーダーです。もう一人のメイド服の方は、小豆沙。菜豆那と同じメイド兼社員です」

エミリオは少し笑いながら答えた。

「あの、聞きにくいんですけど、その、奴隷だった人ってその中にいるんですか?それとも心の病い?」

由里子は言いにくいそうに切り出した。

「わたくし以外の3人は元人間に買われた天使ですよ」

「そうなんですね…その、差別とか番号とか言っていうのは…」

「わたくしが彼女達を助け出しました。国の機関ではありません。よって識別番号も買われた時のままです。差別は当たり前の様にありますよ」

エミリオは由里子の質問にスラスラ答えた。

「なぜ、私を調べているんですか?」

由里子は次々に質問する。

「貴女の家族が黒に近いからですよ」

エミリオはそれに短く答える。

「というと?」

「貴女のご両親が天使を買って使役している可能性が高いのです」

「嘘。最近まで一緒にいたのに天使なんて見てないですよ?」

由里子は戸惑った。

「隠していたからでしょう?入れない部屋や地下室があったのでは?」

エミリオは鋭い目をして言った。

「え?え?」

由里子は初耳の言葉に困惑した。

「貴女は何も知らされていない様ですね、あの時も天使の売買を断っていらっしゃいましたし」

その様子に、エミリオは由里子が関わっていない事を悟った。

「天使じゃなくても奴隷なんていりませんし、今時奴隷とかあり得ないですよ」

「でも貴女の家は大きな資産家の家。天使を買うだけのお金は余っているのでしょう。現に娘に、こんないいマンションを買い与える事が、出来るのですから」

由里子の家は大学生には見合わない、都心の2LDKのマンションだった。

それは、資産家の親が買い与えてくれた賃貸のマンションで、家賃も光熱費も親が払ってくれていた。

「じゃあ、私、今から見て来ます。本当にいるのかどうか」

由里子は意気込んだ。

「無駄でしょう」

それをエミリオは軽く一蹴する。

「何でですか?」

由里子はムッとして聞いた。

「隠すでしょう?」

エミリオは当然と言うように言った。

「突然行けば、見つけられるかも…」

由里子は負けじと食い下がった。

「うーん、そうですね、凸して証拠を掴むのも手ではありますよね」

エミリオは少し考えるように言った。

「じゃあ…」

由里子は少し明るくなった。

「貴女の手を借りる気はありません」

エミリオが冷たく言った。

「何でですか?」

由里子はまたムッとした。

「リーダーがそれを嫌うからです」

「は?」

由里子は理解出来なかった。

「リーダーの黎人は、人間に買われ、酷い仕打ちを受けて来ました。そんな彼女は人間も天使も大嫌いなんです。ましてや、天使を使役しているかもしれない人の子の手助けなど受けたいと思いますか?」

エミリオは冷たく言った。

「そんなにひどい事されたんですか?」

由里子は想像しようとしたが、どれ程の事が行われていたかは想像出来なかった。

「聞きたいですか?舐めないで下さい。人間に買われた者の末路を」

エミリオは鋭い目付きをした。

「舐めてません」

由里子はキッパリと言った。

「では、想像が足りないのでしょう」

エミリオは冷たく答える。

「舐めてはいませんが、想像は出来ません。一体どんな事されて来たのか…」

「一番は、ご自分で各々にお聞きになる事でしょう。私の口からはお話出来ません」

エミリオは言った。

「じゃあ、菜豆那さん、聞いていいですか?」

由里子は潔く話し相手を変えた。

「私の事を語るには小豆沙に了承を得なければ話せません。私達は姉妹ですので」

今まで黙っていた菜豆那が、話を振られ答えた。

「じゃあ、どうしろって?私をその事務所に連れてって下さいよ」

由里子は少し怒った様に言った。

「無理です。黎人が嫌がります」

エミリオがすかさず割り込んだ。

「さっきから黎人、黎人って、その人中心なんですね」

由里子は少し怒りながら嫌味の様に言った。

「勿論です。わたくし達の大切なリーダーですから。彼女の嫌がる事はしたくありません」

エミリオはしれっと答えた。

「話が逸れましたね。乗り込むのはわたくし達でしますので。行きますよ、菜豆那」

そしてエミリオは少し早口で言いうと、席を立った。

菜豆那は返事をすると、エミリオの後ろをついていった。

「無理、私も行くから。無理矢理にでもついていくから」

由里子は慌てて立ち、言った。

「関与しません。ご勝手に」

エミリオは由里子の隣を通り過ぎる時、冷ややかな目をして言った。

「分かった」

由里子は意を決して答えた。

エミリオ達は、出されたお茶を一口も飲まずに部屋を後にしていた。

それは気を許していないサインだった。

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