第7話

エミリオは事務所に帰って来ていた。

エミリオは事務所の奥にある黎人の部屋を静かに尋ねた。

ノックの音に反応はない。

エミリオは静かに戸を開けると、部屋の中に入っていった。

部屋はカーテンが少し開いており、薄暗かった。

部屋にはどこにでもある普通のシングルサイズのベッドがあった。

そこに黎人は仰向けに寝転んでいた。胸元まで薄い布団をかけ、目を閉じ眠っている様だった。

「黎人…」

エミリオは近くまで行き、小さな声で囁いた。

「もう、寝てしまったんですか?」

少し寂しそうにエミリオは黎人を覗き込んだ。

その言葉に反応する様に、黎人の目がゆっくりと開いた。

黎人は驚く様子もなく、静かにエミリオを見つめた。

「大丈夫ですか、黎人」

エミリオは優しい声で言い、黎人の頬を触った。

「…大丈夫だ…」

黎人はか細く小さく囁いた。

「嘘、大丈夫じゃありませんね」

エミリオはその声と息遣いに嘘を見抜いた。

「あの人達に会って大丈夫な訳がないでしょう。辛かったですね」

エミリオは続けて言うと、黎人の頬を撫でた。

「あれくらい、大丈夫だ」

黎人がふいと顔を背けて言った。

その時エミリオの手も離れた。

「本当に、"助けて"、が言えない人ですね」

エミリオが悲しげな顔をしながら言った。

エミリオは黎人の手を握り、ベットの横に膝立ちをし、黎人の胸に頭を埋め、目を閉じた。

「"助けて"って言えばいいんですよ」

エミリオは胸の中で囁いた。

黎人は何も答えず、ただエミリオの頭から香るシャンプーの匂いを感じていた。

エミリオが少しキュッと力を入れ、黎人を抱き締めた。

エミリオは、布団と黎人の香りを感じながら、優しく切なく抱き締めた。

言葉なく、二人はしばらくそのままだった。


由里子は朝から図書館にこもっていた。

昨日出会った天使について片っ端から調べ上げている所だった。

(えっと、人間と天使の歴史…)

由里子は心の中で、読み上げていた。

まず初めに、天使と人間の時の流れについて。

天使は人間よりもゆっくり長い時を過ごす。

人間の一年は天使の百年にあたる。

この歴史書の話は、人間の世界では何百年も前の話だが、天使に取っては、ほんの数年前の出来事である。

人間界でいう何百年も前、人間と天使は共存していた。

しかし、ある日人間が裏切り天使を奴隷として扱うようになった。

そして、人間と天使は争うようになった。

中には、天使が天使を人間に売り捌くという事もあり、天使達の中でも争いが起こった。

それは後に奴隷戦争と呼ばれる様になった。

奴隷となった天使達は、番号を付けられ番号で呼ばれる様になった。

元々天使は名前の他に番号を各自持っており、番号で識別されている。

その番号とは別の新しい番号を与えられた。その番号は、先頭にアルファベット一文字と4桁の番号で表される。

アルファベット順に付けられたので、アルファベットがaに近い程、奴隷になった時期が早いという識別が出来る様になっている。

奴隷になった天使達は、同じ天使の奴隷解放を謳う団体に助けられる事が多かった。

しかし、その解放団体に助けられても、国から正式に助けられたとは認めてもらえず、新しい識別番号をもらうことは出来ない。奴隷の時に使われていた番号を自分の識別番号として生涯使っていくしかないのだ。

逆に、国が派遣し、助けられた奴隷は新しい識別番号を貰うことが出来る。

そうして、以前奴隷だったかどうかは、識別番号では、分からなくなる仕組みだ。

だが、その仕組みはほぼ無意味だった。

それは、奴隷になった天使達は皆白い羽から黒い羽に色を変えていた。

理由は心を病んだから。

天使は心を病むと、羽の色が白から黒へ変色してしまうという特性を持っていた。

今まで変色してしまう例は、精神疾患、いわゆる鬱などになった人、心に強い負荷がかかり心が壊れてしまった人。例えば愛する人を失った悲しみが強過ぎて、変色してしまったケースも。天使は、心にストレスを受け、バランスを崩すと羽に影響が出してしまう。

そんな黒い羽の天使は、今まで全体の数%程度だった。そんな黒い羽の天使は、奴隷になった事で次々と羽の色を変色させていき、今では全体の30〜40%が黒い羽の天使になった。

そして、天使世間の認識も黒い羽の天使は以前奴隷だった天使だと言う認識になり、差別が始まった。

奴隷ではなく、ただ心のバランスを崩した者も元奴隷だったのだろうと言う目を向けられる様になった。

人間と天使だけでなく、天使同士でもいがみ合う様になり、この先の事を危惧して天使界の前王様が人間の世界と天使の世界を二つに分けた。

それが今から何百年も昔の話である。

そして、差別が出来た天使の世界では、今も天使が天使を人間に売るという奴隷商売が密かに行われていた。

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