第4話 賢人の思考



 §


 小さくなっていく子供達を、父であるクラウディアは涙を堪え見送っていた。


「子は親に似る、か。なるほどな。たしかにその通りだ」


王都で産まれ、王都で育ったクラウディアも、何かと理由をつけて世界を回ったことがあった。とても素晴らしい経験だったのだが、いざ我が子が行くとなると親としては心配だった。


「アナタ! なに負けてるんですか! それでも元A級冒険者なんですか!!」


「......」


妻ロマーニャと親友の娘ジェシカに詰められたクラウディアは、いつも通りヘラヘラとやせ我慢の顔を作った。


「いやー、俺達の子だから当然なんだが、強かった! 全力で身体強化したんだが、手も足もでなかった」


「だから言ったじゃないですか! 私が代わりにいきますって。クロウは私の才能を受け継いでるんですからアナタに勝ち目なんて微塵もなかったんです!」


「おいおい、旅立つ息子を止める役は父親がやるのが定番だろ。ロマーニャに任せるなんてカッコ悪いことできるか! それにクロアが出てたらロマーニャだって負けたぞ! なんたってあの子は俺の才能を受け継いでるからな!」


「............」


転生者であるクロウ達兄妹の前では大したことのないこの両親だが、村ではそれなりに有名な人物であった。住民が続々と集まってきて、事情を聞き二人を慰める。

だが、そんな中に怒りを隠せない者がいた。ジェシカの父である。


「どういうことだクラウ! お前の息子が村を出たっていうのは本当か!!」


「あぁジェノスか。本当だよ。ついさっきな」


ジェノスはクラウディアの胸ぐらに掴みかかり、唾が飛ぶのも気にせず大声で怒鳴り散らす。


「俺の可愛い可愛い娘が気に入らないとでも言うつもりか!!」


「落ち着けって、クロウはジェシカちゃんとまだ会ったこともないんだ。そんなはずはないさ。あの子は俺達の血を引いてるんだぞ。こんな小さな村で一生を終えるのは我慢できなかったんだろう」


「それならなぜジェシカも連れて行かない!! セノンの娘は連れて行ったんだろ!」


「ひぃぃ」


急に名前がでたシルヴィの父セノンは震えあがった。怒りに我を忘れているジェノスだが、こう見えて王都でブイブイ言わせていた大賢者である。

転生者によって権力を失ったが、昔は王都の頭脳とまで言われていた男だった。

歯向かう者全て打ち首にしたという悪評もあるが、有名人である。

当然、村出身のセノンという凡人には恐ろしい人物であった。


「それは......この話はまた後で酒でも飲みながらしようぜ。な?」




 クロウ達が村を出たお別れ会の準備に村中が盛り上がる中、村人達に向かって冷めきった視線を送る者もいた。置いてけぼりのジェシカである。


(使えない。パパもクラウさんも、ロマーニャさんも。私がその立場なら止める方法は十通り以上あったのに.......)


ジェシカがクロウとの縁談を知ったのはもう二年も前のことである。当時十三歳だったジェシカと同い年のクロウ。さらに父親同士は昔からの親友だったため、二人が結婚するのは狭い村社会において必然だった。


もちろんジェシカ自身はクロウの存在を知らなかったので、勝手な事を、とジェノスを責めたこともあった。

しかし、頑固な父が折れることはなかった。


賢いジェシカが自らの夫となるかもしれない男の素性を調査するのは当然の事。朝から晩までクロウを観察する日々を送り、いつしか結婚への反抗心は消えていってしまった。


 というのも、クロウという男はジェシカの理想にドンピシャだったのだ。

一つ目は健康的。クロウは朝起きて毎日鍛錬をしているためクリア。

二つ目は紳士的。隣に住むセノンさんの娘さんと縁側でよく談笑している。同年代の男子と比べて手を出すわけでも、ちょっかいを出すわけでもないのでクリア。

三つ目は控えめな人。村長の孫に会いに行って一歩引いた態度で友達を見守っている。時に止めに入り、時に盛り上げる。そのさじ加減が好きだった。


(クロウ君、私はずっと見てたんだよ.......)


ふいにジェシカの肩に手が置かれた。その力加減からすぐに父の手であることを察して振り向く。


「ジェシカ、今回のことは残念だったが、なにもお前に至らない点があったわけじゃない。すべてはあのクラウが悪いのだ」


「............」


(今回のことは? どうしてもう終わったことのように言うの? パパ、私にはクロウ君を呼び戻す策が五通りあります!)


ジェシカは必死に目でそう訴えた。


「そう悲しい顔をするな。王都の貴族との見合いを用意してやろう。なに、お前の魅力なら心配はいらぬ」


しかし、父ジェノスに伝わることはなかった。


(使えない。この男はダメだ。私も早くこの村を出る。そしてクロウ君に追いつくのよ)


グッと拳を握りしめ、ジェシカはもうとっくに見えなくなったクロウの背を見た。


(まずは思いついた五通りの案を......ダメ、ダメだわ! あと最低でも五通り、いや十五通りの案を考えてから確実に追いつくために......ハッ! 今の私の体力じゃ追いつくのは難しい? ならまずは効率的に体力をつける案を十通り考えて――)


 彼女は父親譲りの慎重な思考と決して諦めない執念を持っていた。

どんな困難が待ち受けていようと、大賢者の娘ジェシカに不可能はないのだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る