第3話 五年間、オールカット!
それから五年が経った。この空白の五年間に何があったのか。
それはシンプルな”日常”である。特に大きな事件もなく、平和で穏やかな日々を過ごしていた。
朝起きて適当に鍛錬してシルヴィと雲を眺めて帰る。これがAパターン。
朝起きて適当に鍛錬してみんなでオービスの邪魔をしにいく。これはBパターン。
朝起きて適当に鍛錬して薬草をすりつぶしてお茶にして飲む。最後のCパターンだ。
この五年間、俺はこの三つの日常を繰り返していた。ハッキリ言って、ヤバい。
別に不自由はしてないのだが、異世界感ゼロである。前世の田舎暮らしの方が刺激的かもしれない。
そして、十五歳になった俺にさらにヤバい事態が差し迫っていた。
あまりの事態にクロアの部屋にノック無しで侵入する。だが、クロアは俺を迎える準備が万全だった。使い古された座布団を勧めてくる。
察知魔法的なやつだ。俺が普段から足音を消しているように、クロアもまた普段から周囲を警戒しているのだろう。
「クロア、お兄ちゃんな。もう駄目かもしれない」
「え? 急にどうしたんですか?」
兄妹の関係はだいぶフラットになっていた。今では立派な兄と妹になった気がしている。
「これ、父さんが俺の誕生日にって持ってきた縁談」
俺はそっと異世界語で書かれた手紙を取り出した。
それは俺とジェシカさんの婚姻が確定したという報せだった。
ジェシカさんに会ったことはないが、向こうの家族と父さんが仲良しなことは聞いていた。
「え、ジェシカさんってあの? お兄ちゃんいつの間に......」
「いや、それがな、俺はジェシカさんとは一度も会ったことがないんだ。つまり......」
「パパが秘密裏に?」
「たぶん。異世界の村社会舐めてたわ。どうせ結婚するなら隣のシルヴィだとばかり思ってたのに」
父さんはどうやら金持ちのジェシカ家を選んだらしい。見損なったぜ。
「ふーーん、お兄ちゃんはシルヴィさんと結婚したかったんですか?」
結婚したかったわけじゃない。ただ、俺が異世界人と結婚して上手くいく未来が想像できなかった。
「選択肢がそれしかなかったんだ」
「ウッ、なかなかえげつないこと言いますね。うーん、なら村を出ればいいのでは? もうすぐ行商人が来ますし」
村を出る。なんということだろう。そんな簡単な解決策すら思い浮かばないとは。
「村社会の洗脳ってやつかな?」
「分かりませんが、違うと思います」
クロアの有り難い助言に心が晴れたので、今後のことについて想像を膨らませる。
村の外にいくのはいつぶりだろうか。どうせならシルヴィもクロアも置いて一人で出てもいいな。アイツらがいると異世界が満喫できないし。
「お兄ちゃん、今の思考は全て魔法で聞いています。重罪ですよ? 次そんなこと考えたら隷属魔法で矯正します」
この五年でクロアの魔法も随分と成長してしまった。今では既存の魔法に加え、オービスの考えた魔法も全て扱える立派な魔法使いになっていた。
「お兄ちゃんは悲しい。妹が犯罪に手を染めようとは」
「ともかく、抜け駆けは禁止です。村を出るときはみんなで一緒に出ましょう」
まあ、今まで一緒に生きてきた仲だ。もう第二、いや第三の家族と言ってもいいのだろう。
「そうと決まればさっそく二人に報せにいこうか。明日行商人がきたら大変だからな」
「わかりました。では転移します」
その一言で俺達はシルヴィの家へと転移した。
クロアは同じ失敗をしない。転移魔法を使い俺達はシルヴィの家の前に転移した。
「最近は錬金術で怪しげな実験をしてるから、変な匂いがしたらすぐに息を止めて転移したほうがいい」
「わかりました。お兄ちゃんは大丈夫なんですか?」
「うん。そういうの効きにくいみたい」
たぶん、散々変な薬飲まされて耐性がついたんだと思う。
シルヴィの錬金術は順調で、特に金になりそうなポーションの製作に力を入れていた。
「あ、クロアちゃん。いらっしゃーい」
シルヴィが部屋で木のコップに怪しげな液体を注ぎながら言った。
「これ、飲んでみ。魔力回復薬」
深緑の怪しすぎる液体。中身はマナポーションらしい。
「魔力減らないので大丈夫です」
転生特典が錬金術なだけあってシルヴィのポーションは効果絶大だ。だが、俺達には無縁のものばかりだった。
「はぁ、つれないなぁ。クロウそっくりに育っちゃって」
「そんなことよりシルヴィ、実は村を出ようと思うんだ」
バシャッとマナポーションが床に散らばった。
「えっ、それって私も? だよね?」
俺はニッコリと笑顔でサムズアップする。
「当たり前だろ?」
すかさずクロアが俺の足をちょんと踏みつけた。行儀の悪い妹だ。
「次の行商人についていく予定なんです。ですのでそれまでに準備をお願いしますね」
「な、なんだビックリしたぁ。ちょっと待って目的。旅の目的は!?」
目的か。見合いからの逃亡だがそんなこと言えないな。
「観光かな?」
「私は特にないです」
「えぇぇ、それなりにお世話になった村を出るのに薄情すぎない? 両親には?」
当然秘密だ。たしかに今まで世話になったが、俺達もそれなりに親孝行してるから大丈夫だろう。
「まぁまぁ。シルヴィもぎりぎりまで秘密で頼むよ」
シルヴィの親経由でバレたら大変だからな。
「まぁ。いいけどさ」
よし、後はオービスだな。奴は最悪引っ張って連れていけばいいから楽だ。
「それもそうですね。もういっそのこと前日でいいんじゃないですか?」
俺の心をナチュラルに読んだクロアが酷い事を言った。
「それもそうだな。うん、帰るか」
そして、一週間後。待ちに待った行商人が村に訪れたのだった。
村の出入口、そこでは親子の感動シーンが繰り広げられていた。
困惑した行商人が冷や汗を流して成り行きを見守っている。
「クロウ! 俺は認めんぞっ。ジェシカちゃんと結婚しなさい!」
父さんが俺にちゃちな構えで剣を突きつけてくる。しかし、その目は本気だ。
「父さん。悪いけど俺は村の外を見たいんだ。十五歳で結婚って早すぎないか?」
「何言ってるッ遅すぎなくらいだ。本当はクロアだって結婚しないといけないのに、お前らときたら......どうしても村を出たいなら、俺を倒してみろッ」
「貴方、クロウは強いわよ」
母さんも父さんも俺が成長していることを知っている。毎朝の鍛錬は父さんとの約束だったのだ。
「分かってる。だが、俺を倒すだけの覚悟がクロウにあるのか。俺はそれを確認したい」
なるほど。ならば。
「お兄ちゃん、殺しちゃ駄目ですよ」
気合を入れた俺の袖をクロアが掴んだ。
それは不要な心配だ。なぜなら俺は未だにゴブリンすら倒せない善良な村人だからだ。
ただ一つ気懸かりな点があるとすれば、こっちを涙目で見つめているジェシカ嬢だ。母さんに肩を預けて俺のことをずっと見ている。正直、気まずい。
「......えと、クロア。アレ出して」
本当はカッコいいことを言うべきなんだろうが、クロア達が見ている手前カッコつけられない。
クロアから木の棒を受け取る。この棒は俺が自作した唯の木の棒。それでもチートの恩恵で頑丈過ぎる強度を持っていた。
別に素手で充分なのだが、やっぱりちゃんと相手をすべきだと思ったのだ。
それくらいはカッコつけには入らないはず。
「先手は譲るよ」
「ふぅ。その言葉、後悔するなよ!」
父さんが低い姿勢から一気に加速する。
いつもとは明らかに動きが違う。これは強化魔法だ。父さんは魔法を使えないはずだが。母とタッグでも組んでいるのか。
「隙ありぃぃ」
残念だが隙など無い。父さんの突きが俺の左胸に迫るが、それを冷静に確認し相棒で打ち上げる。ていうかそれ真剣じゃん!
「クッ」
手が痺れているはず父さんは、震える手を左手で抑えてなんとか構え直した。俺の覚悟はカスだが、父さんの覚悟は相当なもののようだ。
「クロウッ、本気で来いッ、ハアアッ」
昔、始めて剣を教わった時の一振り。隙だらけで大雑把で力強い振り下ろし。剣ってこんな感じで振ればカッコいいよねというロマンの一振り。
だが、その一撃は俺が軽く棒を振るっただけで弾かれてしまった。剣の砕ける音が加速した思考の中で響く。
技術の差だけではない。俺の転生特典である杖術は、どうやら武器も俺も丸々強化してしまうらしかった。
先の無くなった剣を握り締め、父さんは俯いたまま動かない。
「......いけ。クロウ、クロア。ただ、一つだけ約束してくれ。何かあったらすぐに帰って来ること。俺も母さんもここでずっと待ってるから。安心、して、行って、きなさいっ」
父さんも母さんも泣いている。だが、俺もクロアも泣いていなかった。薄情だろうか。前世で俺は独身だったから親の気持ちなんてまだ分からないガキだ。でも、俯いて必死に剣の柄を握り締める父さんの姿は純粋にカッコいいと思った。
俺達は背を向けて歩き出す。行商人の荷馬車から顔を覗かせたシルヴィが心配そうに俺達を見ていた。
「大丈夫だったの?」
「許してもらえたよ。行商人さん、出発お願いします」
「え、あ、あぁ。あれ、ほんとにいいの?」
行商人の視線の先には母さんとジェシカ嬢に詰められている父さんの姿があった。
あっやべ目が合った。
「いいから早く出てください! ちょっと急ぎでお願いします!」
そうして俺達は異世界に来て始めての冒険に出ることになった。
なお、この間、オービスはずっと気持ちよさそうに眠っていたのだった。
今回荷馬車に乗せてくれた行商人さんの名前はヤーシーさんというらしい。今年で三十七になるのだとか。
「お若いのに苦労してるんですね。こんな辺境の村まで行商に来るなんて」
「ええ? いやいや、僕なんてもういい歳ですよ。ロイス村には昔お世話になったんです」
へー、あの村ってロイス村っていうのか。
十五年生きてて村の名前を聞くのは始めてだった。なにせ誰もロイス村がーなんて言わないからな。
「アーシーさん。王都って遠いですか?」
目指すべきは王都。まぁ定番だよな。
「王都かぁ、遠いねぇ。僕も行ったことないから具体的な日数は分からないけど、馬車で二ヶ月くらいかな?」
「二ヶ月も......馬車じゃなくて電車とかないんですか?」
「電車? 聞いたことないな。馬車より速いっていうと竜馬とかかな? まぁ王族しか乗れないらしいけどね。あー、そうだ。ここの領主様が今新しい乗り物を作ってるって聞いたよ」
ほうほう、新しい乗り物とな。これは前世の匂いがプンプンする。
「アーシーさん。領主の街までどれくらいかかりますか?」
「お、興味あるのかい? それなら僕も用事があるなら乗せて行ってあげるよ。大体一週間くらいかな?」
それでも一週間もかかるのか。ウチの村が田舎すぎて辛い。
荷馬車から見える景色はどこまでも緑。遠くに見える山や空を飛ぶ鳥が田舎感を倍増させていた。
「一週間なんて暇すぎて死んじゃう。クロウ、なんか面白い話して」
「あるわけないだろ。もう十五年も一緒にいるんだから話尽くしたわ」
「それなら面白いかどうかは分からないけど、僕が一つ情報をあげよう。噂によればここの領主の子供が神童と言われるほど優秀らしい。新しい乗り物もその子が考えたとか。遠目で見たことあるけど、雰囲気が君達に似てたね。妙に大人びてるというか、年相応の可愛らしさがなかったな。まぁ何年も前の話だけどね」
俺とシルヴィは顔を合わせニヤリと笑う。
「あらやだ聞きました? 神童ですって」
「えぇ聞きましたわ。これはやっちゃってザマスね」
「なんですか、やっちゃってザマスって。その領主の子供は前世持ちだってことですよね」
その可能性は百パーセントと言ってもいいだろう。
呆れた様子をみせるクロアも内心で神童を小馬鹿にしているはずだ。
「異世界に転生して領主の子供となった。しかし辺境伯ゆえに不自由もあり、父母への恩返しも兼ねて新たな乗り物を製作ってところか」
「王道ですね。観光地とかにして、ゆくゆくは王都の学校とかで有名になって王族に気に入られるとこまで考えてそうですね」
ありえる。てか絶対そうだ。顔が見てぇ、異世界転生してハッスルしてるであろう神童の顔が見てぇ。
「あぁ、会ったらなんて笑ってあげればいいのかな。内政チートお疲れ様です! これなんかどう?」
シルヴィが綺麗な敬礼を見せる。もう完全に馬鹿にする気満々だった。
「私はハーレムとか作ってたら取巻きになんて口説かれたのか聞きたいですね。たぶん鳥肌が三日は消えませんよ」
ウッ、クロアは相変わらず鋭い。俺は明日は我が身と心に刻んだ。
「俺は、そうだな。肩に手を置いてただ一言お疲れ様って言ってあげたい」
領主の子供か。一体どんな転生人生を謳歌してるんだろうなぁ。まだ見ぬ前世持ちに思いを馳せていると、ガサゴソと荷物が揺れた。
「んんっ。うっ、頭が痛い......えっ?ここ、どこ?」
ようやく目覚めたオービスが、荷物の下から這い出てくる。そのまま当たり一面の緑を見渡して唖然とした。
「いま領主の元に向かってる。俺達四人は村を出たんだ。やったな!」
「やったな! じゃねぇよっ! は? 村を出た? お、俺の魔導書は!?」
「心配いりません。私のインベントリに入れてます」
ガタゴトと荷馬車が揺れる。
「俺、そんな話なんにも聞いてないんだけど」
「色々あって忘れてたんだよ。それで当日話して出発が遅れたらアーシーさんに迷惑だからシルヴィのポーションで眠ってもらってた。もしあれなら到着まで眠っててもいいぞ」
「良くねぇよ。ったく。俺だっていつかは村を出るつもりだったから言ってくれれば普通に準備したのによぉ」
そんなこと言って村でお前が狙ってた娘に止められたら来なかっただろ?
俺は小声でオービスに耳打ちしてやった。
「な、ななな、な! どうしてクロウがそれを」
実は夜の密会を目撃したことがある。クロアと一緒だったから気まずかったもんだ。
「あー、あの時の話ですか。正直引きました。前世だったら重罪でしたよ。相手は年端もいかない子供だっていうのに、村長の孫という立場を利用して――」
心を読んだクロアが普通に暴露し始める。
「まてまてまて、待ってくれまじで、合意の上だったんだ......」
「まぁいいじゃないか。男なんだからそういうこともあるって」
俺は珍しくオービスを庇った。これから一緒に旅する仲だ。ギクシャクしていては効率が悪い。
「じゃあ、お兄ちゃんもしたんですか?」
え? いきなりのクロア砲に唖然とする。
というのも、俺は異世界に来てから性欲が死んでいた。それどころか食欲も睡眠欲も薄い。
「それ病気ですよ」
「そういえばクロウにやらしい眼で見られたことないかも」
「えぇ、クロウ。お前その歳で......」
いや、違う。これはきっと前世の記憶が、いやオービスは元気だから違うか。
「た、たぶん転生特典のせいだ。ほら武術を極めすぎて精神がイカれたんだよ」
「それはそれで問題では?」
まぁ、オービスの罪が晴れたわけではないが、ヘイトが分散したので良しとしよう。
そんな感じで俺達の異世界満喫ツアーが始まったのだった。
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