第2話 村長の孫、まごちょ
クロアが地面に手を当てると、瞬く間に畑が潤っていく。
こっちで何年も畑を育ててきたから俺には分かる。まるで雨上がりのような優しい水やり。さすがは農家の娘だ。
「ふぅ。これは普通に魔王倒すより難しいかもしれませんね」
そんなわけないだろ。
それはとにかく時間ばかりが余っている俺達三人は、久しぶりに村長の家に遊びに行くことにした。
本当は勝手に遊びにいくのは家の方針的にNGなのだが、なまじ前世の記憶と新たな力があるので親の叱責など小鳥のさえずりに等しい。
「よし、じゃあクロア。転移みたいな魔法で村長の家までお願いします」
そう言って俺とシルヴィでクロアの手を塞いだ。
「えっ、ちょっと、待ってください。そういうのは使ったことなくて、安全確認とか色々と......」
「え、できないの?」
シルヴィが真顔で畳みかける。
「クロアちゃん。せっかく魔法の才能があるのに出し惜しみは良くないと思うな。そういうのってあれでしょ? 実力隠す系のイタい――」
「で、できます! やらせてください!」
イタい奴。なんて恐ろしい言葉なんだ。俺はまだイタい奴なんかじゃないはず、きっと、たぶん。
目を閉じて集中するクロアの足元に大きな魔法陣が現れる。大きなと言っても子供の身体からすれば大きいだけで、ふくよかな大人なら小さいかもしれない。
「陣の中へ」
お、そのセリフはちょっとイタいぞ。俺とシルヴィはニヤニヤと陣に入った。
目を開けると目の前に村長の孫がいた。
金髪のショタっ子が唖然と俺達を見ている。その名はオービス。村長の孫に転生した前世持ちである。
クロアのやつ、どうやらオービスを目印に転移したようだ。
「な、なななな、な!」
絶賛便器に腰掛けていたオービスはそのままの姿勢で大声を上げた。
「なああ、とにかくでてけええ」
「うわ最悪、クロアちゃんこれ仕返し?」
「クロア、兄として覗きは困るというか」
「ち、違いますよ! これはオービスが悪くて、あーもう! オービスのバカッ!」
「バカはお前達だあ! さっさと出てけえ!!」
便所から追い出された俺達は家で暇しているであろう村長を探した。村長宅とあってそれなりに大きいが、所詮は村の長。汚い家だ。
「あ、村長さんお久しぶりです」
村長は台所らしき場所で葉をすりつぶしていた。おそらく薬草茶の原料だろう。まるで自分の将来を見ているようで身震いしてしまう。
「おやおや、いらっしゃい。オービスのお友達かな」
村長とあったのは五歳の誕生日の時と行商人の時だけ、俺達のことなど覚えていないだろう。
「オービス君借りていいですか?」
「あぁ、遊んどいで。森には入っちゃいかんよ」
村長の声はゴリゴリと優しく薬草をすりつぶす音にすら掻き消されそうな程小さい。だが、口の動きが読めるようになった俺には関係なかった。剣術って読唇術もできるんだなぁ。
「良いってさ。オービスの部屋で待ってようか」
「おっけー」
適度に散らかったオービスの部屋には大量の本が置かれていた。
村長の孫という立場上、村の中では一番のお金持ちだ。村の人間が密かに、村長の孫を並べ替えて、孫ちょの奴がー、と陰口を言っているのを聞いたことがある。まごちょ、陰口まで平和な村であった。
本は全てが魔法に関しての本であり、オービスが異世界デビューを虎視眈々と狙っていることが分かる。
「うわ、見てこれ、禁忌魔法だってさ。しかもこれ自作なんだけど、ぷぷっ」
シルヴィが日本語で書かれたノートを見つけた。ふむ、どれどれ。隷属の魔法、相手の意思と行動を操作する、か。
「アイツかなりスケベだな」
「そんな簡単な言葉で片付けていいんですかね。内容は頭悪そうですが、魔法陣は本物ですよ、これ」
魔法使いのクロアが言うならそうなのだろう。
「まぁ、いいんじゃない? 私は分かるよ。異世界を謳歌したいんだってオービスも」
ダンッと扉が開き、オービスが弾丸のように入ってくる。
その手はノートに伸びており、俺は何となく先回りしてノートを奪った。
「だすっ」
空ぶったオービスがそのままベッドにダイブして
「うぅ、殺してくれ」
その姿はまるで中二ノートを親に見られた中学生である。いやクロアと同い年だから八歳だけど。
「まぁまぁ、誰だってこういうのは考えるもんさ。で、隷属魔法って使えるのか? クロアが魔法陣はちゃんとしてるって言ってるけど」
オービスが魔法を製作していたなら、彼もまた魔法使いの才能があるのだろう。なら前世持ちであるシルヴィもやはり何かしらの才能があるはずだ。
「使えない。魔力量が全然足りないんだよ」
「私は使えますよ。このインベントリって魔法も使えます。これって禁忌なんですか?」
クロアは不思議そうにノートを覗き見てくる。既に右手にはインベントリらしき魔法陣が浮いており右手の先が消えていた。
「なっ、マジかよ。ってことはクロウもシルヴィも!?」
「いや俺は剣らしい」
「私はまだわかんない。遠距離希望」
ハァと大きなため息を吐いてオービスは布団に潜ってしまった。
「てことは、前世持ちはみんなチート持ちってわけか。俺のはたぶん新しい魔法を作り上げるチートだ。でもこれ、作れるのはいいけど効果と燃費が比例するから魔力量が低いと駄目なんだよ」
なるほど、欠点こそあれど万能なチートじゃないか。
「魔力量は増やせないのか?」
俺はクロアに聞いた。
「さぁ。私はおそらく無限にあるので気にしたことないです」
「ぶああ、ううぅ」
クロアの言葉がオービスに突き刺さった。同い年の女の子に完全敗北した気持ちをぜひ聞いてみたい。
まぁ、それはともかく。こうなるとシルヴィのチートも気になるところだな。
「あっ、そうだ。オービス、シルヴィのチートを鑑定する魔法作ってくれよ」
「うー、もうある」
布団から腕だけが出てきたのでノートを渡すと、鑑定魔法のページが開かれて返ってきた。
「上位鑑定魔法? オービスってネーミングセンスがないっていうか、冒険しませんよね?」
クロアの追撃にノートを持つ手がプルプルと震え出した。
「そんなことより! クロアちゃん早く鑑定してっ!」
「この上位鑑定魔法は膨大な魔力量だけじゃない! 精密な魔力操作と集中力が――」
オービスは布団に籠って見えてないかもしれないが、既にクロアの目には魔法陣が浮かんでいる。
「できました。えっとお兄ちゃんは杖術?」
「杖? あぁ、
剣士であることに若干ワクワクしていたのに裏切られた気分だ。
「シルヴィさんは、錬金術ですね」
「錬金術......クロウ。私、建国しちゃうかも......」
一体どんな妄想をしているのだろうか。まぁ、満足してるようでなによりだ。
「オービス、暇だよな? せっかくだし能力の確認っていうか異世界らしいことしに行こうぜ」
「俺はいい。今忙しいんだ」
断られた腹いせに机の上を漁ると、下から書きかけのノートがでてくる。いや、これは本だ。その表紙には『オービス魔法大全』と異世界語で書かれていた。
「そっか、頑張れよ。書籍化」
「一様出版されたら買いますね。売れないと可哀想ですし」
「大金持ちになる予定だから死にそうになったら言いなさい。いいわね?」
「だあああ! もうほっといてくれよ! 俺は! 魔法で! この世界の偉人になるんだあああ」
布団からやっと出てきたオービスの首根っこを掴み引っ張る。
「申し訳ないけど、錬金術試したいから色々道具貸してくれよ」
「い、嫌だっ。放せっ、って力強ッ、え?」
この日、俺達は初めて異世界らしいことをしようと一歩踏み出すことになった。
初めての一歩は、やはり近くの森だろうということになった。村の警備隊が近寄らないような深部にきた俺達は、呑気に花を摘んでいた。トイレ的な意味ではなくて。
「これとか錬金の素材になるかな?」
「うーん、それは唯の花ですね」
「これは?」
「それも唯の花です」
クロアの鑑定の元、手当たり次第に素材を集めているが九割が唯の植物だった。
「はぁ、森まで平和じゃん」
「当たり前だろ。ここって所謂始まりの町だぜ。たぶんだけど」
シルヴィは既にやる気をなくしており、無理やり連れてきたオービスはずっとメモばかり取ってる。なんでも新しい魔法を考えているのだとか。
「お兄ちゃん、魔物を呼んでみますか?」
クロアが小声で話かけてくる。なんとも面白そうな提案だった。
「できるんだ? なら最強のドラゴンを頼みます」
「それはちょっと......この森が消えちゃうのでゴブリン的な奴にしときましょう」
なんでもオービスの禁忌魔法に魔物を誘い出すものがあったらしい。
俺達はすっかりやる気をなくしたシルヴィに粋なプレゼントを贈ることにした。
「シルヴィ、この木の上見てみ。面白い虫がいるぞっ」
「虫~? 私気持ち悪いのは駄目だよ?」
まず俺がシルヴィの気を引く。その隙にクロアが母からもらった杖を亜空間から取り出し地面に魔法陣を設置した。
「なっ、これは誘因の魔法? ってなんだクロアか」
オービスはすぐに興味を無くした。危機感のない奴だが、今は有難い。
「クロウどこ? てかどの木?」
魔法陣は五秒程で消えていった。代わりに茂みがガサガサと揺れる。
「うわっ、すごい効果ですね」
「当然だ。俺の作った魔法だぞ」
軽く感動していた俺達の前に現れたのはゴブリン。前世でよく見たゴブリンだ。だが、生で見るのは当然初めてだし、当たり前だが、生き物って感じがしている。
よく異世界物でバンバン殺してるけど、いやこれキツイわ。だって相手も必死に生きてるんだもん。
「えっ、ゴブリン! すごっ」
俺達の様子に気づいたシルヴィがゴブリンを見て興奮する。
その様子にゴブリンは大きく威嚇した。怖くはない。やろうと思えば瞬殺できる。でもまったくやろうと思えなかった。
例えるならば、ベランダに野良ネコが入ってきてこっち見ながらウンコしてる感じだ。ムカつくけど殺そうとはならない。
「これ、やるんですか?」
同じこと思ったのかクロアが聞いてくる。やるわけがない。適当に帰ってもらおう、と思ったらシルヴィが俺の背中を押した。
「クロウ! 倒して!」
「えぇ? 嫌だよ。ゴブリン相手に無双するなんて恥ずかしいし。ク、クロアに譲る」
「エッ、私も嫌です。なんかペットみたいに見えてきました」
それは相当マニアックだな。相手は人型だよ?
ゴブリンが棍棒を持ち上げて地面に叩きつける。彼も数の不利を理解して攻めかねているのだろう。
「あぁ、もうっ! じゃあ私がやるわよ!」
シルヴィが俺の木製の剣を奪ってゴブリンに殴りかかる。
ゴブリンは動体視力が低いのか、そんなに速くない剣筋を棒立ちで受けてしまった。
ゴツンと痛そうな音がなり、ギャインとゴブリンが尻もちをつく。
「やばっ、動物愛護団体に怒られたりしないこれ? 暴行の現行犯だよ」
「お兄ちゃん、私ちょっと日陰で休んでます。気分が優れなくて」
「なっ、あ、アンタたちね! これは命の奪い合いなのよ!!」
シルヴィが吼える。奪い合っているはずの相手は、既に戦意喪失して這う様に逃げ出していた。
静寂が周囲を支配し、次第にシルヴィの顔が赤く染まっていく。すこし冷静になって自分の発言に犯されているのだろう。オービスなんて最初から目もくれていない。
異世界の雰囲気にあてられて、まったくピンチでもないのにピンチを演出してしまったのだ。こっちはシルヴィのセリフに吹き出さなかっただけ褒めてほしいくらいだ。
「シルヴィ......ごめん。ちょっとだけ鳥肌立った」
「私もちょっとダサいなって思いました」
「ウーウーウー! 私も思ったわよおお。殴ってごめんなさい!」
逃げるゴブリンにシルヴィの謝罪は届いただろうか。
初めての戦闘デビューは、すこし恥ずかしい思い出となったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます