どいつもこいつも前世

読むの書く太郎

第一章:転生者とは異世界デビューする生き物である

平和すぎる村

第1話 バーゲンセール前世




 前世とは何か。別に哲学的な話がしたいわけではないのだが。

俺には前世の記憶がある。ありきたりな異世界に転生したとすぐに理解できたからだ。

そして、同い年の幼馴染にも前世の記憶があった。

さらに村長の孫や、領主の息子、極めつけに妹にさえも前世の記憶があるという。

前世が大渋滞を起こしているのだ。もしかしたら前世の記憶を引き継ぐのは当たり前なのかもしれない。

そんな勘違いをしてしまう程に、俺の中で前世という言葉が迷走していた。


 周りが前世持ちばかりだからこそ分かったことが一つある。

それは、他の前世持ちの目が気になって何一つとしてハッチャケられないということだ。


魔法や剣を極める? まず妹に「うわぁ、異世界デビューしたいんだね」と冷たい目で見られるだろう。そこから周囲に広まって俺は異世界デビューしたイタい奴となるに違いない。それだけは御免だった。


 だから、俺は特に目立った動きはせず慎ましやかに異世界で生きている。

信じられるか? 念願の異世界で芋スープ食って畑眺めて水浴びして寝るだけだぜ?

しかも僅か十歳かそこらでだ。ただでさえジジクサい生活をしているのに、本当にジジイになったらどうなってしまうのか末恐ろしい。


偶に外に魔物が出るらしいが狩りに行ったりはしない。そういうのは村の警備隊が行うので、しゃしゃり出るとデビューと間違われる危険があるからだ。



「えっと。お兄ちゃん? 今日も畑仕事ですか?」


妹が遠慮がちに話しかけてくる。彼女も俺もお互い兄妹というよりはアパートの隣の部屋に住んでいる隣人の感覚に近い。


「あ、うん。最近芋の成長が悪くて、昨日のスープちょっと硬かったでしょ?」


「あー、たしかに。でも全然食べれました。ありがとうございます」


そう言って彼女、クロアはペコリと頭を下げた。黒髪が似合う妹はそれなりに可愛いのだが、その可愛さは異世界では標準装備だ。


そのままクロアは自分の部屋に戻っていく。手には本を持っていたので母の部屋から戻る最中だったのだろう。

一様、両親の前では兄妹っぽく話すようにしているが、二人きりのときは基本お互いに敬語である。我ながら恐ろしい兄妹の形だと思う。




 しばらくして、十歳になった俺に父は無理やり剣を教えようとしていた。なんとか断りたかったが、父としてはどうしても剣を教えたいらしい。


まぁ、それは百歩譲っていいとしよう。問題はなぜか母とクロアが見守っていることだった。


「クロウ、頑張りなさい!」


「ガ、ガンバレー。お兄ちゃんガンバレー」


クロアよ。棒読みで応援するんじゃない。


「よっし。まずは構えてみろ。こんな感じだ」


父が手本を見せてくるが、その手本は隙だらけだった。なにせ父は生粋の農民。剣を生業にしていないのだから当然だ。

それに対して、同じく素人の俺だったのだが、木製の軽い剣を握った瞬間から達人になったような感覚を得ていた。転生特典だろうか。剣一本で全てをぶった斬れるんじゃないかってくらい万能感が凄い。


「こうでしょうか」


とはいえ、父の面目もあるし無双してクロアから冷たい目線が飛んできたら引きこもる自信がある。


「そうだ! そんでこうっ。ハアッ」


父が不格好な素振りを見せる。俺は達人級の技術でその不格好な素振りを完コピした。


「............」


は、恥ずかしい。ハッとかフッとか声出したほうがいいのかな。でもめっちゃ恥ずかしい!


チラッとクロアの方を見ると、若干俯いていた。俺の痴態から目を背けてくれているのか、それとも笑いを堪えているのか。

俺はそんな思考を断ち切るようにもう一度剣を振るった。不思議なことに振れば振るほど思考が研ぎ澄まされていく。

いけない。これ以上は駄目だ。既にドラゴンを微塵切りにしたい衝動が心を満たしていた。


「父さん! こんなことより畑仕事しないとっ」


俺はポイっと剣を捨ててクワを持つ。今ならこのクワでもドラゴンを耕せる気がしたが、そんな思考は畑にでも捨てに行くとしよう。


「ああ! まてクロウっ。剣は男のロマンだぞー!」




 その後、辱めを受けた俺にご褒美が用意されていた。

それはクロアの魔法授業である。この世界は誕生日にあまり拘らないらしく、まだ八歳の妹の十歳の誕生日を祝うことになった。いや、拘らないレベルが段違いすぎるだろと思ったのだが、そんなこと子供が言うのも変なので黙っていることにした。


ご馳走と同時に魔法を使うようの杖がクロアに贈られる。


「はいクロアちゃん。ふふ、ママが選んだのよ。さっそく魔法を使ってみましょう!」


「あ、ありがとうママ。でも、いきなりはちょっと」


なんて渋っているクロアだが、剣の話をした時にクロアに聞いた話では杖なんて無くても魔法は使えるし、なんなら詠唱も要らないらしい。

だが、両親の目の前でそんなことをしてしまったらどうなるのか。

両親は天才だと騒ぎ立て、俺は知り合いの前世持ち全員に妹の異世界デビューを言いふらす自信がある。


顔を若干紅くしたクロアが、ゆっくりと詠唱を始めた。


「『光、それは高貴なる輝きをもって我の行く末を照らすだろう。我が道を照らせっライトフォグ』」


顔を真っ赤にしたクロアが杖の先に光を灯す。それが両親には精一杯力んでいるように見えたのだろう。微笑ましそうに見守っていた。

異世界デビューするのは究極に恥ずかしいが、魔法の詠唱もかなり恥ずかしい。いいものが見れました。ありがとうクロア。俺はニンマリしながら拍手を送った。


俺がニンマリしているのを見てクロアがリスのように頬を膨らませる。

以前、部屋で水桶に向かって笑顔の練習をしているクロアを見たことがある。自分で可愛いって呟いてたから可愛い娘ぶるのが癖になってしまったのかもしれない。


俺は妹の将来に不安を感じながらもご馳走の鳥に齧りつくのだった。


 

 翌日、俺は家族に内緒で隣の家に向かった。一軒隣とはいえ、歩いて五分はかかる。頻繁に通っているので、家族にはとっくにバレているが畑仕事をするより怒られるほうが百倍楽だった。


「おはようございますー」


インターホンもないし鍵もない。俺は勝手にお邪魔して誰もいないリビングを通り過ぎていく。

父は狩猟に母は畑に、という感じで現在この家には俺の幼馴染しかいない。


と日本語で書かれた扉の前に立つ。彼女は生粋の日本人で朝昼晩三食食べるし毎日水浴びするし部屋に自作の鍵だって付けてる。


俺は持ってきた剣を手に持ち、なんとなく軽く振った。するとバキンと音を立てて鍵が解錠される。どういう理屈なんだと聞かれても説明できない。なんかできた。

中は綺麗に整頓されており、手作り感満載の木製の棚や机が目立つ。DIYってやつだ。


「シルヴィ、暇だからなんかしようぜ」


おヘソ丸出しで脱げかけの服に目もくれず、シルヴィを揺らす。彼女もクロア同様可愛いのだが、同じ前世持ちなので、なんていうか、その、風俗に行ったら知り合いがいた感じに近い。


「んんっ? ってクロウッ!?」


バッと起き上がったシルヴィは真っ先に服を整えた。


「どうやって勝手に入ったのよ。鍵閉め忘れてたっけ?」


特に怒ることもなく頭をかきながら俺の目の前で服を着替えだす。お互い羞恥心はほぼ無い。

なぜなら、幼少期に両親の目の前で全裸で洗いっこした仲だからだ。あの時ほど恥ずかしかったことはない。その経験を得て今では着替えくらい屁でもなかった。


「ん? それ木刀? ハハーン、ついにデビューしちゃったんだぁ」


俺の剣を指さしてシルヴィがニマニマとおちょくってくる。


「いや、しちゃったっていうか、させられた? クロアも魔法デビューしたわ。シルヴィもそろそろじゃない?」


「えぇ、マジ? そういやそろそろ十歳かぁ。マジ長かった。てか剣とか魔法とかヤバいね。ねぇ、転生特典みたいなのあった?」


「あったよ。剣持った瞬間最強になった。クロアはたぶん魔法最強」


ちなみにだが、俺達の会話には時々日本語が交じる。日本語的表現にあった異世界語ってなかなか無いのだ。転生特典とかチートとかは日本語になってしまう。


「ふーん。最初にもった武器ってことかな? じゃあ弓がいいなぁ。クロウ、弓どっかで見たことない?」


弓か。この村じゃ見たことないな。てか狩猟で生計を立ててるシルヴィの父親が持ってないなら誰も持ってないだろ。


「物置とかないの? 狩り用の」


「それだ! こっちきて」


シルヴィが分かりやすくポンと手の平に拳を下ろして部屋を出て行った。



 連れられてきたのは簡素な納屋だった。扉にはきちんとシルヴィ製の鍵がかかっている。


「ちっ、アイツやっぱ鍵かけてるよ」


アイツとはシルヴィパパのことである。以前、若い父を父親とは認識できないと悩んでいると相談されたことがある。アイツ呼びは反抗期というより、悩んだ末の苦渋の結果だろう。


「それなら問題ないよ」


俺は剣をもって解錠する。一回やったからもう目を瞑ってでもできる。


「うわっ、壊れてない......どうやってんのそれ?」


それは俺にも分からない。


「結構綺麗に整理されてるなぁ。もしかして親の性格とかって俺達に影響与えてる?」


シルヴィの家は全体的に整頓されているが、我が家は埃どころか野生の動物が住み着いていても気にしない。


「どうだろうね。私は前世でも綺麗好きだったから」


右をみても罠、左をみても罠。狩人とはいえシルヴィの父親も農民であることに違いはなく、魔物が出るかもしれない森で呑気に獲物を探す余裕はないのだろう。


「罠師とかどう? 楽そうじゃん」


そう言ってシルヴィはなんの躊躇もなく罠に触れた。どうやら彼女は何でもいいから最強になりたいらしい。


「......何もないんけど、そういうもん?」


どうやら始めて触れた物ではないらしい。それもそうか。


「手当たり次第探すしかないっぽいね。剣も持ってみなよ」


「んー、だめっぽい。まっ、いいわ。一先ず面倒事はクロウに任せるからっ」


まったく良くなかった。だが、シルヴィはこんな感じでさっぱりとした性格なのだ。



 その後、二人で朝ごはんを作り、薬草茶を飲みながら森を眺めボーと話をする。

十歳にして熟年夫婦みたいな俺達だが、そういうのを意識したことはない。村人の子供達は年相応で話が合わないし、同じ前世持ちの村長の孫は遠い所に住んでいるため、自然とこうなってしまったのだ。


「はぁ、それにしても暇だなぁ。異世界ってもっとこう、血みどろを想像してたのに」


「シルヴィはそういう系が好きなんだ」


「好きっていうか。ほらっ、異世界イコール魔物イコール魔王イコール戦争でしょ?」


否定はできない。俺達の異世界は平和すぎるのだ。話題性がないというかストーリー性がない。


「異世界デビューしたかったわけじゃないけど、世界の危機らしいから仕方なくデビューしました。的な?」


「それ。それよ。私だって前世で何度か夢見たことあるし、期待してなかったわけじゃない。でも、超平和じゃん。警備ゆるゆるなのに村に一度も魔物が侵入したことないんだよ? もはや都市伝説」


空を見上げればずっと見ていられるような青空が広がっていた。

きっと、どうしようもなく世界はどこまでも平和なのだ。



 以前、村に行商人が来たことがあった。王都付近から来たらしく俺とシルヴィの質問攻めに困惑しながらも色々な話を聞かせてくれた。


王妃が子供を産んだ。有名な商会が新商品を出して大失敗した。

魔物が減少傾向にあって冒険者が貧困の危機に陥っている。

王が武闘会を開いたが戦士が集まらず身内の騎士が数合わせで出たとか。


もうちょっと何かないの? と二人で行商人を散々困らせてしまったのはいい思い出だ。


俺達が異世界デビューに敏感な理由の一つ。

異世界が平和すぎてデビューしてもやることがない。目立っても成すことがないので暇するのが恥ずかしいのだ。


「お兄ちゃん、やっぱりここでしたか。パパが怒ってましたよ。畑の水やりがーって」


空を飛んできたクロアが、のんびりと雲を眺めていた俺を叱責する。さっそく魔法を使いこなしているようだ。


「クロアちゃんおはよー。魔法使いって感じだねー」


「あっ、これは、その、便利なので」


クロアは急に恥ずかしくなってゆっくりと地面に降り立った。そんな彼女に俺は申し訳なさそうにお願いする。


「クロア、魔法で一気に水やりとかできませんかね」


「えっ、できますけど。やっときましょうか?」


おぉ、魔法最強だな。


「あ、じゃあよろしくおねがいします。その代わり今度なにか手伝います」


「ちょっとまった! もっとこう、兄妹らしく会話できないわけ? 取引先との商談じゃないんだから!」


兄妹水入らずの交流を横で見ていたシルヴィが堪らずツッコミを入れた。

そんなこと言われても、俺達はいつもこんな感じなのだ。


「そう言われましても、一様コッチではお兄ちゃんは歳上ですし、家系図的にも私のほうが下なので。私も一様社会人ですからそこはキチンとしたほうがいいかなと」


「違うよ! クロアちゃんまだ八歳! クロウは生物上兄なんだから歳上だけど馴れ馴れしくしていい歳上だよ!?」


生物上兄ってすごい言葉だな。


「クロウもだよ? クロウが敬語で話すからクロアちゃんも打ち解けられないじゃん! ほらっ言ってみ。クロア、お前が代わりに水やってこいよって」


「えぇ、元々は俺に振られた仕事だし、押し付けてる側が命令口調ってやばくないか?」


「カーーー」


お手上げと言わんばかりにシルヴィは寝っ転がって雲に手を伸ばした。


「ああああ、もっとこう、異世界したいわあああ」



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