物騒すぎる街
第5話 ラベルドの神童
朝日の眩しさで目が覚める。藁がシルヴィ特製の村人服を貫通してチクチクと肌を刺激する。
俺達は目的地である辺境の都市ラベルドまで後半日程度のところまで来ていた。アーシーさんの見立てでは今日の夕方には着く予定らしい。
ラベルドは都市と名前についているが実態は小さな街に近く、領主邸以外に目立つものはない。人口もそこまで多くないらしいが、我らがロイス村と比較したら二十倍以上だとか。
背伸びからの欠伸コンボで寝起きを堪能したら、すぐ横で眠っているクロアを起こして顔を洗いにいく。
「クロア、頼む」
「ぅん」
一瞬にして川の近くに転移し、服を着たまま一緒に川へダイブする。そして寒さに震えて急いで魔法で乾かすのだ。眠気が吹き飛び、さっぱりした気持ちになる。この一連の流れは朝の習慣になっていた。
「ふぅ、温けぇ。魔法はやっぱ最強だなぁ」
ちなみに最初は四人でダイブしていたのだが二人には合わなかったらしく、後でクロアに文句を言われながら水を用意してもらっている。
「少し考えていたのですが、もしも神童が敵対行動を取ってきたらどうしますか?」
髪を入念に乾かしながらクロアが言った。
どうするのか。物語の主人公なら戦った後、友達になったりライバルになったりするのだろう。
「逃げるかな。相手の力は未知数だし、何より喧嘩してまで関わる必要もないし」
戦うルートに入れば、俺かクロアが戦わなければならない。妹に戦わせる兄なんていないから俺が戦わないといけない。そんなのは御免だった。
「ですよね。よかったです。やっぱりお兄ちゃんはお兄ちゃんでした」
「なんだよそれ。俺だってやるときはやるぞ」
まぁ、そんな時は来ないだろうけどね。
水浴びから戻るとアーシーさんが馬の調子を確認していた。アーシーさんの馬は村を出てから異常なほどに強化されている。暇を持て余したシルヴィが強化ポーションを作って飲ませたせいだ。
「マイコ? 気分悪くないか? 痛いところとかないか? 僕になんでも言ってごらん。ん? ここが痒いのかい?」
馬に頬を擦り付けながらアーシーさんはブツブツと呟いている。きっと、異世界の行商人はこれがデフォルトなのだ。アーシーさんが変わり者なわけじゃない。
「たぶん変人ですよ。アーシーさん」
ズバズバと発言しちゃう妹の将来が心配だ。
「あぁ起きたのかい。そろそろ出発するから二人を起こしてくれるかな」
「わかりました」
荷馬車で荷物に紛れて寝ていたオービスと、錬金術で作ったらしい繭で寝ているシルヴィを起こしにいく。
オービスは呼べばすぐに起きるが問題はシルヴィだ。
木ぶぶら下がった繭は耐炎性耐水性に優れている。中はまさに異次元の心地良さらしい。まさに怠惰を極めた錬金術の叡智だった。
繭自体が強固な魔法耐性を有しておりクロアでもシルヴィだけを引っ張りだすのは難しいらしい。
最初の頃はなんとか起こしてたのだが、今では枝ごとへし折って荷馬車へ載せるのが正解なのだ。
一週間程度の道のりだったが、俺達はシルヴィの転生特典の凄さを改めて思い知らされた。
その脅威は馬の強化や繭籠もりだけではない。
そこらへんの葉っぱで簡単に栄養剤を作ったり、魔除けの香水で一切魔物と遭遇しなかったりと、便利がすぎるのだ。
たぶん毒とか爆弾なんかも作れてその威力は想像以上なのだろう。
錬金術でさえ転生特典となれば凄まじいチートになる。俺の杖術もクロアの魔力もオービスの魔法作成だってとんでもない危険なチートだ。
そんな
それだけはなんとしても避けなければならないだろう。
なんて珍しく真面目なことを考えていたらラベルドの街が見えてきた。
小さな門に異世界語で大きく「ラベルドへようこそ」とか書かれているが、「ようこそ」の「よ」が剥がれかけていた。
新しい乗り物もいいけど街の見栄えも大事だぞ。廃れかけた街を見ながらまだ見ぬ神童にアドバイスするのだった。
立派な門が俺達を出迎え、その側には門番が立っている。久しぶりに感じた異世界要素である。ウチの村なんて門すらなかったからな。
「おー、アーシーの旦那。後ろのは?」
「ロイス村からのお上がりさんだよ」
「へー、最近じゃ珍しいな。ようこそ、ラベルドへ」
アーシーさんと門番は顔見知りなようで、俺達はあっさりと歓迎された。
「クロウ! 家だっ。石造りの家だよッ」
シルヴィの騒ぎたい気持ちも分かる。十五年ぶりのまともな建築物だった。ロイス村の木造秘密基地風の家とは違う。ちゃんと大工が建てた家だった。
「二人共落ち着いてください。みっともないですよ」
「そうだそうだ。田舎もんだって思われたらどうする」
田舎もんの何が悪い。
田舎最高! 都会はもっと最高!!
「ははっ。僕は商会にいくけど、君達はどうする?」
「俺達はさっそく神童見物にいきます。アーシーさん今までありがとうございました。本当はお礼したいところなんですが一文無しなので借り一つということでお願いします」
「気にしなくてもいいよ。若者の夢を応援するのは大人の特権だからね」
俺達は街に入ってすぐにアーシーさんと別れた。アーシーさんの案内がなくても領主邸がどこなのかはすぐに分かる。なにせこのラベルドで唯一の豪邸だからだ。
「クロウ、クロア、オービス。さっそく神童にタカリにいくわよッ」
既にシルヴィのテンションはマックスだった。
「待った。最初は俺達が転生者であることは隠したほうがいい。向こうが変に警戒するかもしれない」
最近は見せ場がなかったが、本来オービスは俺達の頭脳兼ツッコミ担当だ。
今日は街の活気に当てられたのか若干張り切っているようにも見える。
「じゃあどうやって近づくのよ?」
「それも、そうだな......クロアに透明化の魔法をかけてもらおう。五分で作るから待ってくれ」
そう言うやいなや、オービス魔法大全に書き込んでいく。五分で新魔法が完成するのか。なんでもありだな。
「俺達以外が使用することも考慮してるから、条件は厳しめにしているよ。まず魔力に当たると効果が切れる。だから人と接触したり設置型の魔法に当たると駄目。それから匂いや気配は消せても音は残すようにした」
流石は出版して偉人になる気満々のオービスだ。魔法にデメリットをつけることを忘れない。
「面倒ですね。今回だけ絶対にバレないやつ作ってくださいよ」
「駄目だ。それは俺のポリシーに反する!」
クロアがめんどくさそうにため息をついた。
「わかりました。では見せてください」
数秒目を通しただけで、徐々に透明になっていく。
「どうですか?」
姿は見えないが声は聞こえる。相変わらず魔法に関して天才的だな。
「成功してるよ。よし、さっそく神童様とやらを見に行こうか」
道行く人が俺達を見て困惑していた。きっと俺達は怪しい笑みを浮かべていたに違いない。
領主邸の警備はザルだった。街の入口には門番がいたのに、ここにはいない。
それどころか庶民らしき人が普通に出入りしていた。意気込んで透明化している俺達が馬鹿みたいだ。
「とりあえず中に入りましょう」
透明化魔法のデメリットはもう一つあった。
透明化した仲間が見えないのでお互いが何処にいるのかわからないのだ。俺は足音から全員の位置をなんとなく把握できるので、誰と誰が近いとか指示を出してなんとかここまでやってきた。なんとも情けない話だ。
門をくぐると左右に広がる庭に人集りを見つけた。その中心にはなにやら黒い物体が鎮座している。
「あれ、見に行く?」
「やめておきましょう。人混みは危険です。勝手口(?)があればそこから入りたいですね」
「バラけると集合できないからこのまま玄関を突破しようよ。幸いこっちには鍵開けのプロがいるからね」
鍵開けのプロとは俺のことだ。いや、誰が鍵開けのプロだ。
「? ならそうしましょうか」
俺は一足先にドアの前にいき扉を確認する。
案の定、扉は施錠されていた。当然といえば当然だ。だが、鍵開けのプロの前ではどんな鍵も無意味である。
俺が手刀で一閃すると鍵は壊れることなく解錠した。マジでどういう原理なんだろうか。不思議である。
ゆっくりとドアを開ける。近くに人がいないことは気配で確認済みである。
「ほら? 空いたでしょ? 部屋にどれだけ鍵かけても勝手に入ってくるんだから」
俺は何も言わずに前に進む。ここで反論すれば俺が犯人だとバレるからだ。
「バレてますよ」
くッ、クロアめ。思考を読むのは卑怯だぞ。
領主邸の中は意外と質素なものだった。
高価な飾りはなく、どれも最低限の見栄えだけ。使用人の数も少なく、まだ数人としかすれ違っていない。
「貧乏貴族に産まれた神童かぁ。これは見応えがありそうだなぁ」
中に入ってから一際目立つ気配へ向かってみんなを誘導する。
「次の角を曲がってすぐの部屋。たぶんそこにいる。中には四人の気配と」
「工房? 鉄を打つ音がしてる」
たぶんそうだろう。屋敷の中に工房を作るとは思い切ったな。
「中入ったら絶対バレるよね?」
バレるな。四人の内二人はそれなりの実力者だ。
「俺に考えがある」
オービスの考えはこうだ。神童の部屋を探して戻ってきたところを歓迎する。
きっと友達の友達の両親がサプライズパーティーを開いてくれた時くらい困惑するに違いない。
「オービスのくせになかなか面白そうな案じゃん。私は賛成ー」
「それだと異世界人を装うのは不可能だと思いますが、まぁ、他に思いつかないので賛成です」
「王道なら二階のどっかだろう。さっき見つけた階段まで戻ろうか」
二階で使用人を避けつつ人がいない部屋を手当たり次第に探っていく。神童が男なのか女なのかも分からないので難しいかと思ったが、俺達はすぐに明らかな部屋に辿り着いた。
バイクや車の粘土細工。紙飛行機や、木彫りの飛行機がこれでもかと飾ってあったのだ。
「こういうのが好きな人が転生したわけね」
シルヴィが透明化を解いてバイク持ち上げる。手乗りサイズだが細部までしっかりと作り込まれていた。
「乗り物って車か。燃料は魔力。でも魔力を貯めれる仕組みの魔法陣なんてなかったはずだが」
オービスが手に取ったのは有名な外車だった。憧れか、それとも前世は金持ちだったのか。この部屋を見るだけで神童の事がなんとなく分かるような気がした。
「オタクですね」
クロアが美少女フィギュアを手に持って言った。メイド服着た獣人が恥じらいながらおパンツを見せているフィギュアだ。なにそれ俺も欲しい。後で神童に作ってもらおう。
「お兄ちゃんには必要ないのでは?」
「クロア、男は別に性的な目でフィギュアを見てるわけじゃないぞ。なんていうか、癒やし? 魂の浄化っていうのかな」
クロアは理解できないと可愛く首を傾げた。
その後も神童の部屋を物色しながら戻ってくるのを待つこと数十分。
ガチャリと扉が開き、待ちに待った神童との対面だ。と思ったら俺達が歓迎したのは原寸大の猫耳メイドフィギュアだった。
「ッ! 賊ッ!」
耳と尻尾がビーンとなり、一瞬でナイフを取り出し近くにいたオービスの首を取りにかかる。
魔法使いのオービスは目で追うことも出来なかっただろう。さすが獣人の速さだ。だが、所詮は一般人だった。
俺は猫耳メイドの腕を掴みあげ、そのまま床に投げる。ちゃんと怪我しないように最大限の配慮をする余裕さえあった。
「ガハッ」
肺から空気が抜けた猫耳メイドは、体勢を立て直そうとするがまったく身体が動かないことに目を見開く。腕一本で身体全体を封じる。杖術が強すぎる。いやこれは杖術でいいのだろうか。
「クソッ、舐めるなっ」
腕を壊してでも動こうとするから俺は咄嗟に手を離す。すぐに猫耳メイドは部屋の壁に飛びつき、今度は俺に飛び掛かってきた。先程よりも速度が上がっているが、俺は難なく掴んで投げ飛ばした。
「あっやべ」
運悪く窓をぶち破って猫耳メイドが落ちていく。まぁ猫って高所から落ちてもある程度は大丈夫だもんな。ここ二階だし。
「ビックリしたぁ。あれって獣人? 始めてみた。可愛かったなぁ」
シルヴィは呑気に椅子に座ったまま言った。クロアなんて当然のように窓の修復に取り掛かっている。
「もうっ、弁償しろって言わたらどうするんですか! 修復魔法憶えといてよかったです」
「それなら修復魔法を作った俺に感謝すべきでは? てかさっき俺殺されそうじゃなかった!? チビッたかと思ったー」
チラッと全員の視線がオービスの股間に集中する。
「いや、セーフだから!」
扉を締めてしばらく待っていると外がドタバタと騒がしくなる。足音からして十人以上はいるかもしれない。
バンッと扉を壊してさっきの猫耳メイドが入ってきた。
「賊めッ!」
その後ろには質素な鎧をきた騎士っぽい人達が壁になっている。
こんな騒ぎになっているのに神童が現れないのはなぜだろうか。問題解決は前世持ちの貴重な見せ場だというのに。
今度はちゃんと剣で斬り掛かってきた猫耳メイドを、何度も投げては可哀想なので抱っこして捕まえる。意外に小さいロリっ子だ。筋肉質かと思いきやかなりぷにぷにしている。
「はっ離せッ。おいっ私ごとこの男を切れッ」
にわか騎士は戸惑って動かない。
「ほいこれ。睡眠ポーション」
「なにッ、卑怯者! うぶっやめ、やめろっやめ......ろ............」
シルヴィから受け取ったポーションを猫耳メイドの口に突っ込んでやると、一分と立たずに大人しくなってしまった。まるでいつかのオービスの様である。
ざわざわと相談し合うにわか騎士達に猫耳メイドを差し出して言った。
「神童に合いに来たんだけど呼んでくれないかな? 友達なんだよね」
「フォード様の? す、すぐに!」
そう言って全員が一気に去っていく。
「俺が言うのもなんだけど、ここの騎士はもっと訓練したほうがいいね。俺が極悪犯なら大変なことになってるよ」
「お兄ちゃんは十分極悪犯ですよ。女児暴行、詐欺、不法侵入」
俺の罪状を読み上げるのはやめてください。
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