第6話 ラベルドの神童2




「フォード様は、応接間で待っています。その、こちらへ......」


可哀想なくらいに怯えた給仕の人が俺達を迎えにきた。あの猫耳メイドに良くないこと噂を吹き込まれたのだろうか。

後ろをついていく俺達をチラチラと見ながら給仕は先を急ぐ。


「あの、失礼ながらフォード様のご友人というのは......」


「うーん。まぁ似たようなもんだね。同じ境遇っていうのかな?」


「同じ......も、申し訳ありません! ご無礼をっ!」


どうやら俺達を貴族だと勘違いしたようだ。まぁ服装的に貴族には見えないわな。実際違うし。


「お兄ちゃん、気づいてますか? かなりの人数に囲まれてます」


気配からしてさっきのにわか騎士達だろう。援軍を呼んだのか数は倍以上に増えていた。


「うん。でも攻撃するって感じじゃないな。もしかしたら神童の指示で待機してるだけかも」


知らない客が友人を名乗っているのだ。当然の警戒だろう。それにしても、前世持ちが自分だけじゃないと知ったらどんな反応をするのか楽しみだ。



 給仕が大きな部屋の前で止まる。中の気配は二つ、神童と猫耳メイドだけだ。


「意外と大胆なやつだな。それか余程腕に自信があるのか」


「お、ここにいるの? うー、ちょっと緊張するかも」


シルヴィがノックもしないで扉を大胆に開け放つ。到底緊張しているようには見えなかった。


「お、お客様!?」


給仕が目をひん剥いて驚く。まぁ十五年も開放的な村で生活してきたんだ。許してやってほしい。

中には高そうな横長のテーブルにソファ。そこに腰掛けている神童と彼を守るように猫耳メイドが立っていた。廊下にはなかった高そうな壺なんかも、ここでは飾られている。


「君達は......知り合いだと聞いていたが、初対面で、間違いないかな?」


神童にしては随分と成長した男が、鋭い目つきで俺達を見てくる。サラサラした栗色の髪に掘り深めの造形、まさに異世界標準イケメンだ。


外見だけじゃ俺達が前世持ちだとは分からないから無理もないが、くっそ面白いなこれ。中身日本人が顔の前で手を組んで睨みつけている。カッコつけの極みであった。


「ククッ、あー私だめだ。オービスお願い」


シルヴィは既に笑いを抑えきれていない。オービスは、まだいけそうだ。


「お初にお目りかかります。貴方がラベルドの神童、でお間違いないでしょうか?」


オービスが貴族っぽい礼とした。なんだよそれ、そんな台詞言うなら最初から言っといてくれないと笑いが。


「あぁ、おそらく、僕で間違いないだろう」


ふふふ。駄目だ。自信満々に青年が神童してる!


「お兄ちゃん。すこし冷静になっては? まだ出会ったばかりですよ?」


出会ったばかりが一番面白いんだよ。向こうは俺達が生粋の異世界人だと思ってる。つまり、生の中二病が見られるんだぞ!

オービスはまだ真顔を保っている。才能あるな。


「実は......」


と話かけたオービスは言葉に詰まり俺を見てくる。あぁ、用事なんて特にないから会話に詰まったのだ。こればかりはどうしようもない。異世界劇場もここまでだ。


「挨拶はこれくらいにしとこう。えーと、神童さん? いや神童様の方が良いのかな?」


俺は神童の対面に座りながら言った。皆も俺に続いて適当に空いているところに座る。


「フォードで結構」


フォードが怪訝な顔をしながら答える。


「助かるよ、フォード。ちょっとばかし込み入った話がしたい。人払いをお願いしても? 君の秘密に関係してる。生まれる前のね」


ピクッと神童の眉が跳ねた。伝わっただろうか。


「いいだろう。ラーニャ」


「し、しかしフォード様!」


「心配ないよ。それともラーニャは俺が信用できないのか?」


だ、駄目だ! なんて面白い会話だろうか。録音して後で聞かせてやりてぇ。


「......わかりました」


ラーニャが部屋を出てすぐ、俺達を囲んでいた気配が消えていく。


「それで、僕の秘密っていうのは――」


「ブフッー! もうダメ! ラーニャ、俺が信用できないのかキリッって、くふふ、素面じゃ無理!」


シルヴィが吹き出し、オービスさえもニヤついている。クロアは、なんか怖い顔をしていた。思考を読んでいるのだろうか。


「実は俺達ロイス村っていう田舎から来たんだけど、そこは貨幣文化すらない村でね。悪いけどとして、お金と宿が欲しいんだ」


同郷のよしみ、なんて言葉は異世界語にない。俺がいきなり挟んだ日本語にフォードは立ち上がった。


「に、日本語......まさか、転生者か!?」


「安心してください。私達に敵対の意思はありません」


クロアが立ち上がって手をフォードに向ける。何らかの魔力的な攻防が行われているのかもれないが、俺には何も分からなかった。


「っ、なるほど。状況は圧倒的に不利ってことか。目的は?」


フォードが降参すると言わんばかりにソファに身を投げ出した。

どうやら攻防はクロアの勝ちのようだ。ゆっくりと腰を下ろし俺にドヤ顔を見せてくる。


「目的はさっき言っただろ。俺達マジで一文無しなんだよ。後、王都に行きたいから竜馬っていうのも借りたい。ついでに、本を出版したいから印刷とかできない?」


「ま、まて。一気に言わないでくれ。まず、竜馬なんかウチにはない。あれは王族専用だ。それ以外は、まぁ何とかしてやってもいい」


「じゃあ私もお願いしていいかな? ポーションとか色々売りたいんだよねぇ。質は良いはずだから買えるだけ買い取ってくれないかな」


「い、良いだろう。ちょっとならな」


このお願いの波、俺も乗るしかない。


「フォードの部屋にあった猫耳メイドのパンツ見せフィギュアください」


「なっ! あ、あれを見たのか! あれは、駄目だ!」


チッ。


「ハァ。では私からも一つ。乗り物を作ってるらしいですね。完成したらください」


「はあ!?」


ここにきて一番のお願いだった。さすがは我が妹である。


「駄目なんですか?」


「駄目っていうか。まだ完成してないし、作るのに何百万って」


どうやら乗り物の製作にはかなり手こずっているようだった。

フォードは頭を抱えて高価なソファに横になる。殻にこもってしまったようだ。


「あり得ない。いきなり転生者が四人もきて、しかも中身チンピラだと。俺の異世界生活が......」


憐れだった。可哀想になったので俺達は一旦お暇することにしよう。顔合わせできただけでも成果だ。


「色々考える時間が必要だろうから、今日は街中で適当にブラつくことにするよ。明日また来るから、そのごめんな?」


返事は無かった。ただ、空気が抜けた音が微かに聞こえた気がした。



 部屋を出て玄関へ向かうと猫耳メイドが出迎えてくれた。

その目はガッツリ俺をロックオンしており、殺意がビンビンに伝わってくる。


「ご苦労様です」


「............」


無視されてしまった。まぁ、いいか。

外は日も落ちかけ、街は夕焼けに染まっていた。人々の笑顔が如何に世の中が平和かを物語っている。


「いやー、面白かったね。まさに貴族って感じだった。うん!」


「権力者の知り合いに頼んで本を出す。俺の人生始まったかもしれない。なぁ、フォードをおちょくり過ぎて機嫌を損ねるのだけはやめとこうぜ」


確かにそうだな。もうすこし友好的に歩み寄るべきだったか。となれば、彼から搾取するだけはなく、俺達にしかできないことをして恩を売るべきだ。

失念していた。いきなり金を要求する異世界物なんて見たことねぇわ。


「うーん。よし、この街で聞き込みしてフォードが困ってることを解決しといてやろう!」


意気込んだ俺達が向かったのは冒険者ギルドだった。異世界で情報が集まるっていったらギルドだ。

定番の酒場併設型ギルドの扉をくぐると、むわっと酒の匂いがする。


「うわっ、臭ッ。前世で酔いつぶれた課長の匂いがする。ごめん無理だ」


オービスはそれだけ言って外に逃げていった。アイツも大変な人生を送っていたらしい。


「ガハハ、ガキに此処はまだ早かったかあ?」


入口付近にいた酔っ払いが絡んできた。定番の新人いびりかと思ったが、そのままトイレに向かって歩いて行ってしまう。


「ギルドまで平和だな」


「良い事じゃないですか。それより早く済ませてしまいしょう」


「そうだな」


受付嬢、ではなく受付のごついバーテンダーの前に座り、メニュー表を見る。


「ご注文は?」


「えぇと、ハイボール濃いめで」


「私はこのチェリーブロッサム? 名前可愛いし」


「え、飲むんですか? はぁ、じゃあ生で」


何も考えずにバーテンダーが入れてくれる酒を待つ。


「......ってあまりに懐かしい雰囲気で、ついつい注文してたわ」


前世で身体に染み込む程繰り返した日常の一幕だった。


「まぁ、もし酔ってもシルヴィさんの酔い覚ましがあれば大丈夫でしょう」


心配は金である。一文無しなんだが......


「ここってギルドなんでしょ? 依頼はどこにあるの?」


「なんだ嬢ちゃん冒険者か? 悪いが依頼はないよ。ここはもう何年も唯の酒場さ」


依頼がない。アーシーさんが言っていた冒険者が貧困しているというのは本当らしい。


「今の時代冒険者として食っていくなら、そうだな。最低でも王都に行かないと無理だな。もしくはジェフェス帝国か。あっちは戦争中らしく兵の代わりに冒険者を使ってるって聞くぜ。ここにいた冒険者もみんな行っちまったよ」


戦争だって? ぜんぜん平和じゃないじゃん。

異世界にきて初めての物騒な言葉だった。まぁ、俺達には関係のない話だ。

俺はフォードの話を聞くために酒を持って飲んだくれのもとに向かう。


「なぁ、領主が――」


優しそうな禿たおっさんに話かけた瞬間だった。酒場に鎧の騎士が駆け込んでくる。


「全員領主邸に避難しろ! 隣国の兵がすぐ近くまで潜伏しているとの情報が入った! 戦えるものは武器を持て!!」


えぇ、まるで物語のようなタイミングの悪さである。さっき戦争の話してたからフラグでも建ったのか?


「お兄ちゃん。どうします?」


どうするって、とりあえずは避難だな。


「外でオービスと合流してから領主邸に急ごう」


俺達は混乱に乗じて支払いもせずに外に出ると、すぐ近くで待っていたオービスと合流し領主邸に流れる人流に身を任せた。



 住民全員が領主邸に避難するのは無理がある。と思っていたのだが、なんと地下のシェルターがあるらしく戦えない者が次々と避難していた。


「どんだけデカいんだこれ。コンクリだけじゃ耐えられないよな。フォードのチートか?」


ちゃっかりシェルターに避難した俺達はその大きさに関心する。

まるで街の下に小さな町があるようだった。


「簡易ですが仕切りがあっていいですね。前世の避難所っぽいです」


「トイレとかってどうするの? 私さっき飲んだストロベリーなんとかが......」


仕切りの一つに四人で入って座り込む。中は薄い布切れと瓶が置かれているだけの空間だった。

しかし、なんだかんだで衣食住の住を手に入れてしまった。今日はここで休もうか。


「えぇ、上で戦争してるんですよ? そんな他人事な」


たしかに戦争が始まるらしい。でも住民が避難に慣れすぎている。酒場に来た騎士もそうだった。つまり、この街は定期的に侵略を受けていて戦争慣れしている可能性が高い。なら俺達が動かなくてもいつも通り迎撃できるはずだ。


「それはそうかもですが......いえ、たしかに戦争なんて関わらないほうがいいですね」


「私錬金術師だから戦いとは無縁だしね」


「名を上げるチャンス! 俺にもっと魔力があればっ」


俺達はそれぞれの言い訳を胸にそっと目を閉じた。



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