第7話 ラベルドの神童3
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フォード・タング・ラベルド。
嘗ては王都で王の臣下を務めていた由緒正しき貴族の一人息子である。
彼が前世の記憶を思い出したのは二十年以上も前のこと。階段から転げ落ちるというベタな展開の末、彼は神童となったのだ。
「あぁ、最悪だ。まさか外にも転生者がいるなんて......」
時は少し遡り、クロウ達が屋敷を出ていってすぐのことである。
突然の事態をフォード自身まだ整理できていなかった。
コンコンと丁寧なノックがフォードを現実に引き戻す。
「フォード様、お客様がお帰りになられました」
「ラーニャか、入っていいぞ」
静かに中に入ってきたラーニャはぐったりとするフォードを見て慌てて駆け寄った。
「フォード様!? まさか、あの者達の仕業ですか!?」
「心配ない。ただの心労だ。まぁ原因は奴らだがな」
「彼らは一体、お聞きしても宜しいのでしょうか?」
彼女はフォードの秘密を知っていた。元は隣国の奴隷だったところを助けられ時に知ったのだ。
「俺は産まれる前の記憶を持っていると言ったな。どうやら奴らもらしい。一体どこから情報が漏れた?」
フォードは手を組んで思考を働かせる。しかしそれは情報源についてではない。
「なるほど、道理で。フォード様、あの黒髪の男は危険です。私の全力をいともたやすくあしらいました」
ラーニャの警告が一切耳に入らないほど、彼は考えに集中していた。
その考えはフォードのプライドに関わる重要な案件だった。
(あの黒髪の女。不貞腐れたような顔をしているくせに兄にベッタリと身を寄せやがって、気に入らない。礼儀を知らなそうな銀髪の女もそうだ。馬鹿にするような目で見やがって、気に入らない!)
フォードが異世界で目覚めてから十数年。彼をチヤホヤしない女はいなかった。
前世の知恵は異世界で叡智となり、チート能力は神の如き所業だ。さらにはイケメンときた。これで靡かない女など居なかった。
「フォード様?」
「ん? あぁ、すまない。すこし考え事をしていた。今回のことで分かったことが二つある。俺達以外にも前世の記憶を持つものが複数いること。その者達は総じて高い能力を持っていること。これはもう確定事項だ」
「彼らは味方なのでしょうか?」
「......分からない。だから今は警戒しておくにこしたことはない。念の為、騎士も含めて全員に銃を隠し持っておくよう通達を」
「ハッ」
ラーニャが部屋を出ていくのを確認して、フォードは何度目かの深い溜息をついた。
転生してからというもの、フォードの順風満帆王道異世界ライフに暗雲が立ち籠めているのは明白だった。それは転生者の来訪だけではない。
「フゥー。聞き間違いかもしれない。もう一度言ってくれ」
ラーニャと入れ替わるように駆け込んで来た騎士を威嚇してしまわないよう優しく命令する。
「ハッ、ヨドンナ高原にジェフェスの兵を確認しました。その数およそ二千。恐らくは挑発部隊かと」
挑発部隊とはジェフェス帝国が好む戦法だ。少数の部隊を敵陣の前方に置き、釣れれば挟み撃ち、釣れなければチクチクとこちらの消耗を狙ってくる。
「最悪だ。間が悪すぎる」
元は隣国の奴隷であったラーニャを掠めたことが小競り合いの原因だった。しかし、今や完全に目をつけられてしまっている。
ジェフェス帝国だけならいつも通り相手をすればいい。だが、あのムカつく四人の動きが読めない。もしや帝国からの刺客か?
「いや、ありえないな。ロイス村とは離れすぎている」
昔みた周辺の地図が頭の中で再生される。ロイス村は村という言葉が勿体ないくらいの規模しかなかったはずだ。そんなところにジェフェス帝国が手を伸ばすうま味がない。
「ラーニャはいるか、部隊を編成する」
「ここに」
部屋の外で待機していたラーニャが敬礼で応える。フォードにとってラーニャは切り札兼右腕だ。獣人特有の高い身体能力に回転の速い頭。なにより可愛い。
ジェフェス帝国の反感を買ってでも救出する価値がラーニャにはあったのだ。
「第一から第三までをヨドンナ高原へ、第四第五小隊は住民をシェルターに避難させてくれ。残りは街の周辺を警備。先手を取られてる以上素早い対応が必要だ。頼む」
「ハッ」
誰も居なくなった部屋でフォードは壁に手を当て魔力を込める。
「精錬」
フォードの転生特典、いわゆるチートだ。
錬金術とすこし似ているが、錬金術よりも金属関連の加工に精通しているのが特徴だった。
壁が生き物のように歪み穴を開ける。その先にあるのはフォードの隠し部屋。精錬チートを駆使して作り上げた数々の銃器が壁にかけられていた。ハンドガンと呼ばれるものからライフルのようなものまで多種多様な銃器達は全て模型ではない。
「......」
フォードはお気に入りのリボルバーに弾を込める。魔物の分厚い皮膚だって貫通できるように改良されたフォードの最強火力。その反動に耐えるためのガントレットを装着し、仕上げに魔法耐性に優れた革鎧を身に着ける。
騎士と比べればずっと軽装だが、それでいい。
転生してから鍛えた足腰を活かした敏捷性重視のスピードガンナー。それがフォードのスタイルだった。
「俺は異世界に転生した。俺は選ばれし人間だ............よし、やれる!」
戦争するということは人を殺すということ。
それは日本人だったフォードに想像以上のストレスを与える。だが、やるしかないのだ。自分が守るべき領民のためにも、自分を慕ってくれる者達のためにも。
フォードが治める領地の北にはヨドンナ高原が広がっている。そこからさらに北に進んだところにあるのが隣国ジェフェス帝国だ。昔からヨドンナ高原の所有権を巡って争っていたのだが、ラーニャの一件で火がついてしまった。
フォードは王都に何度か兵の派遣を要請したのだが、国として争うつもりはないと突っ撥ねられていた。
そんなヨドンナ高原と領地の境にフォード達はいた。もう完全に日は暮れてしまい、生憎の曇り空のもと、両軍の松明だけが辺りを照らしている。
第二小隊を率いるラーニャ。第三小隊を率いるアリス。そして、第一小隊を率いるのはフォード。集まったラベルド軍の数は千と少し。これがラベルドが戦地に出せる最大人数だった。
距離にして二キロ先、対するはジェフェス帝国の挑発部隊。
彼らを倒して終わり、ではない。所詮は能力の低い使えない兵の寄せ集めに過ぎないことを、これまで幾度と戦ってきて学んだ。
それはジェフェス帝国が実力至上主義であり、使えない人間を始末するように前線に送っているということ。彼らの生き残る道は一つだけ。ラベルドを掌握し功績をあげることだ。
「挑発部隊に動きあり、魔法、来ます!」
アリスの声に全軍に緊張が走る。彼女はフォードが自ら領民の中から引き抜いた魔法使いだった。アリスと共に第三小隊が腕を上げて構える。
魔法とは不思議なもので術者から遠く離れても一度発動してしまえば効果が消えることはない。アリス達が張った半透明の盾に炎や水、岩といったファンタジーな砲撃が降り注いだ。
「敵部隊、消耗は微量であります」
「フォード様、こちらからも打ち返しますか?」
「あぁ。第三小隊! 魔法準備! ......放て!」
色とりどりの魔法が夜空を照らす。敵軍の障壁に当たって散るまでその光景をフォードは何もせずに眺めていた。
ジェフェス帝国が夜に攻めてきた理由の一つ。フォード達の最大の武器である銃器の命中率を下げるためだ。さらに相手は二キロも先、銃弾は到底届かない。となれば魔法の打ち合いになるのだが、ラベルド軍の有する魔法使いはアリスの第三小隊が全てだった。
勝つには攻め込まなければならない。しかし、攻めればジェフェス帝国の伏兵に挟み撃ちにされる。いくらフォードが前世の知恵を使って訓練し、アサルトライフルを装備した兵だとしても、犠牲者は必ずでてしまう。
フォードはグッと拳を握りしめてリボルバーを空に撃った。
「ラベルドを守る騎士達よ! いまこそ、その力を示す時が来た! ジェフェスの卑怯者共を正義の弾丸で撃ち破るのだ!」
「うおおおおおッ!」
フォードの言葉に全軍が湧き上がり、進軍を始める。我ながら原始的な戦いしかできないのだなとフォードは自身の無知を嗤った。
戦いはラベルド軍が圧倒的優位を保ったまま進んでいく。
銃器という威力、速度共に魔法を超える武器はジェフェス兵を次々と撃ち抜いていった。しかし、まだ戦争は序章に過ぎない。
「西から新手の敵を確認! 第二小隊旋回! 回れ回れッ!」
新手をいち早く発見したラーニャが自らが率いる小隊を対応に回す。西から現れたジェフェスの騎乗兵の姿を確認したフォードは舌打ちをした。馬なんてコストのかかる高価な動物は数頭しかラベルドにいない。そんな高級品を戦場に投入したということはジェフェス帝国が本気であることを示していた。
「東遠方に敵影! 魔法部隊です。大規模魔術来ますッ!!」
アリスの声にフォードはいち早く反応する。
「全軍衝撃に備えろッ!」
第三小隊のシールドが両軍を覆うように展開され、直後、音が消える程の衝撃が戦場に吹き荒れる。その威力は両軍共に衝撃によって戦闘が中断されるほどだった。
耳鳴りが止まない中、フォードは戦況を確認する。
砂埃が舞う中、空を見上げればひび割れた障壁がゆっくりと消えていく。
ラーニャ率いる第二小隊は被害を免れ、新手の敵と交戦中。
直撃した第一、第三小隊は倒れている者こそいるが、敵味方共に死者はいない。
大規模魔術を受けるのはこれが二度目だった。一度目はアリスの機転で全滅は免れたが死者が出た。二度目は被害ゼロではないが、完全に対応した。
その事実にフォードは勝ちを確信した。
「東の敵影沈みます」
大規模魔術は数百人の魔法使いが一つの魔法を合同で練り上げることで凄まじい破壊力を生む。だが、魔力をすべて吸い取られるらしく一度放たれれば二度目はない。
しかし、こんな序盤に切り札を切るなんてあり得るのか。
「立て! ラベルドの精鋭よ! 敵の切り札は切られた! 反撃の時だ!」
とはいえ、じっくり思考している暇などない。目の前の敵を殲滅し乱戦状態になっているラーニャ達の助太刀をして――
「フォ、フォード様!! 東より新たな魔法部隊を確認! 大規模魔術が来ます!」
「なッ、二発目だと!?」
魔力切れを起こした者はそう簡単には復帰できない。最低でも一週間はかかると言われていた。まるで魔法使いが消耗品扱いだった。
「フォード様ッ! ほ、北東に!」
騎士の一人が北東を指す。それが示す先にはジェフェスの陣が敷かれていた。
ジェフェス帝国の国旗が風に揺れその存在感を増幅させている。
戦争とはいえ唯の小競り合い。今までジェフェス帝国のお偉いさんが来ることなど無かった。
頭が真っ白になりかけたフォードを
「北東に動きあり! 敵増援きます!」
弾薬の切れた第一小隊が挑発部隊との乱戦に入る。いま更なる増援が来るなど絶望的だった。
フォードは覚悟を決め、リボルバーを固く握りしめる。
「アリス、ここの指揮を任せる。挑発部隊を殲滅したのち、第二小隊を援護し残る敵を殲滅しろ」
「ッ、ハッ!」
「精錬」
フォードは弾薬を補充し、一人北東へ向かう。
「俺は転生者だ。お前達とは格が違う。俺の本気を見せてやるよ」
北東より進軍するジェフェス帝国部隊の前にフォードは一人立つ。舞台の演出のように雲が途切れ、月明かりがフォードを照らした。
やはり俺は運命に愛されている。フォードはそう確信した。
「俺はラベルドの領主、フォード・タング・ラベルドだ」
部隊の中より一人。明らかに雑魚兵とは違う装いの女が姿を見せる。鎧もつけず、戦場だというのにまるで緊張感がない。
その女は獣人だった。褐色の肌に丸い耳と鋭い目、はだけた胸元には大きな胸と三日月のような橙色の痣が、女の存在感を増長させていた。
「へー、アンタがウチの可愛い可愛いペットを奪った男か。気に喰わねぇなァ」
熊女は部下を左手で制し、耳障りな音を立てて鞘から大太刀を引き抜いた。
「刀、か」
フォードの額に嫌な汗が噴き出る。
「まさかとは思うが、日本語って知ってるか?」
「あぁ、銃なんてけったいなもんを使うっていうからだろうなとは思ってたけど、やっぱアンタもそっち系の人間か。はっ、ならぜってェコロスッ」
動いたのはほぼ同時。フォードがリボルバーを熊女に向け引金を引き、熊女が大太刀を構え、踏み込む。
獣人故の動体視力か、それともチート故か。フォードの放った鉄をも穿つ弾丸が真っ二つに切られる。だが、それであっさりと負けるほどフォードは弱くない。
熊女の大振りな一振りを回避し、その土手っ腹に蹴りを放つ。
まるで壁を蹴ったかのような感触にフォードは空中で一回転を余儀なくされ着地した。
「おいおい、お前バケモンかよ」
「アンタも意外にやるねぇ。どうだい? ウチの下につくってんなら生かしてやってもいいけど?」
「ハッ、抜かせ」
「ククク、頑張るねぇ。もし生きて帰っても、なんにも残ってないってのに」
熊女が呆れたように刀を肩に載せて嗤う。その口は胸の痣のように歪んでいた。
「......どういう意味だ?」
「どうもこうもねぇよ。別働部隊がいるんだよ。今頃ラベルドをグッチャグッチャにしてるんじゃねぇか?」
何を言っているんだこいつは。いや、理解はできる。ただ理解したくなかった。
(あの街を作り上げるのに何年かかったと思ってやがる!)
ふつふつと怒りの感情が湧いてくる。
「バカかお前は。俺が街を放置して戦場に立ってるとでも思ってんのかよ」
引退した冒険者や、ラベルドの騎士を少数だが街の外周に配置して、万が一があったとしても戦えない者は一人残らずシェルターに避難していた。フォードが生きて帰還さえすれば、ラベルドは何度でも蘇る。
「......バカじゃねぇ」
「あん?」
「アッシはバカじゃねぇ!」
熊女の咆哮と同時に大太刀が地面に叩きつけられる。驚くことにその刀身は地面に深い切り込みを入れていた。
雲が月を隠し、姿勢を低くした熊女の眼光が激しく揺れる。刀身が地面に深い切り傷を刻みつけている音と一対の眼光がフォードに迫る。その速度は最初の一撃よりも遥かに速かった。
瞬時に避けられないことを悟り、サイドポケットより手榴弾を放り投げる。
手榴弾が地面に落ちきる前に熊女はフォードへと接近し、手榴弾ごとフォードを一刀両断しようとするが、フォードもまた手榴弾が落ちきる前にリボルバーを向けていた。
乱暴な扱いを受けてなお、切れ味が落ちることはなかった大太刀が豆腐のように手榴弾を切り裂き、フォードの放った弾丸がその手榴弾を撃ち抜く。
衝撃特化型破片手榴弾。周囲に爆風と同時に金属片を飛び散らせる基本的な手榴弾がマグナム弾との衝撃で破裂する。
フォードはすこしでも遠くへ吹き飛ぶため、すかさず顔をガントレットで防御して地面から足を離した。
革鎧に金属片が食い込むのを感じながら地面を転がる。身体中がジンジンと痛むが歯を食いしばり黙らせる。今は痛みより爆心地を確認することのほうが重要だった。
そして、そこには一ミリも飛ばされることなく依然として熊女が立っていた。
「ケッ、捨て身だなんてやるじゃねぇか」
露出の多い全身に金属片が刺さっているが、どれも浅い。血は少量で、すこし動けばポロっと落ちてしまいそうなくらいだ。
フォードは立ち上がると無理やり笑みを浮かべ、リロードする。諦める選択肢は存在しない。
「お前のチートかよ、それ。反則じゃねぇか」
再び顔を出した月がニヤリと笑う熊女を照らした。
「教えてやるよ。アッシは不屈のベロニア。ジェフェス帝国、将軍の一人さ」
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