第15話 RPGダンジョン2




 地下へと続く階段を下りた俺達は、現在休憩エリアらしき小屋の中にいた。

INNの看板を掲げた小屋を見つけた時は罠を疑ったが、シルヴィ達が疲れたと言って聞かないので渋々入ることにしたのだ。


「青色の瓶ですか? いっぱいありますね。他に特徴はないんですか?」


「うーん。だいぶ昔に作ったから覚えてないなぁ。石ころのマークとかあったかも」


ちなみに今何をしているのかというと、石化した腕の治療である。


「おいおい、ほんとに大丈夫なんだろうな! 隻腕の魔術師とか冗談じゃないぞ!」


まんざらでもなさそうだが、右腕が使えないのは不便だろう。

しばらくしてクロアがインベントリから引っ張り出したポーションによって石化は無事に解けた。


 小屋の窓から見える景色は地上一階とはかけ離れた遺跡空間だ。

ゴツゴツした壁も滴る水もない綺麗な石壁には、よくわからない壁画が描かれていたが俺達のモチベーションはまるで上がらなかった。


「このダンジョン結構深そうだね。地下に何十階もあるってなったら一日じゃ終わらないよね。引きこもり卒業したはずなのに今度はダンジョンに引きこもりって......へへ」


「こんな立派な休憩エリアがあるってことは、十階どころじゃないかもですね。あっ、兄さんの好きな乾パンもありますよ」


乾パンとはビスケットみたいなやつである。口の中の水分が持っていかれるが、村では唯一のお菓子であった。ミルクでひたひたにして食べるのがおすすめだ。


 さて、ここからの緊張感のないダンジョン攻略はダイジェスト版でお伝えしようと思う。なぜならガーネットのフラグが回収され、俺達はだらだらと地下十階まで降りる羽目になったからだ。


 ザリックダンジョン地下一階。

当たり前のようにボス級の魔物が跋扈しているのはいいとして、どの通路を選んでも行き止まりだった。


「なるほどな。これは壁画に描かれているヒントを元に、隠し通路を開くタイプとみた」


俺達はオービスが壁と睨めっこしている間に手当たり次第壁をぶっ壊して先に進んだ。


 ザリックダンジョン地下二階。

一階と同じような遺跡の中だったが、天井から結構な量の水が降り注ぎ、さらに雷のように電気が流れていた。水に濡れることで体力が奪われ雷に打たれやすくなるという悪質なエリアだ。出てくる魔物は電気を纏っているものが多く、床に溜まった水は触れるだけでビリビリしただろう。


だが、俺達はクロアの魔法で水を弾くことができ、雷もまた魔法で無効化された。

水の量を調整することで扉が開くギミックが用意されていたが、面倒なのでぶっ壊した。


 ザリックダンジョン地下三階。

またシルヴィが歩き疲れたとごね始めたので、仕方なくシルヴィ発案の最終攻略フォームでいっきに駆け抜けた。ギミックはぶっ壊した。


 ザリックダンジョン地下四階。

特にギミックのないシンプルな遺跡エリアだと思ったら大量の淫魔が出現。チャームや幻覚などを仕掛けてくるが、シルヴィ特製の気付薬の前には無力だった。

途中、興味を持ったガーネットがわざとトラップにかかり発情。オービスに襲い掛かったが、本人は嬉しそうだったので放っておいた。

事案になる前にクロアに回収されたので安心してほしい。


 ザリックダンジョン地下五階。

休憩小屋かと思って中に入ると魔物に出迎えられた。しかも、その魔物は言葉を話し、武器や回復薬を販売してくれるという。

ステータスを見せてみろというので見せると、金もレベルも低すぎると襲い掛かってきたので気絶させた。


 そこからもザリックダンジョンは一筋縄ではいかないギミックが用意されていた。

六階では床が突然消滅し、七階では状態異常無効のボスモンスターハウスに遭遇し、八階には過去に死んでいった冒険者らしきゾンビがパーティを組んで待ち伏せしており、九階は今までの階層の要素を詰め込んだ凶悪パックだった。チートと謎のバフがなければとっくに全滅していただろう。


 そしてザリックダンジョン地下十階。

今までの階層とは打って変わって、魔物の声もトラップの音もしない静かなエリアだ。

奥から感じる危険な気配からダンジョンの終わりが近い事を悟った。


「ダンジョンクリアも近そうですね。はぁ、ようやく温泉が作れます」


「すっかり忘れてた。てか、疲れすぎて温泉どころじゃないよ。もう百キロは歩いたんじゃない?」


「いや、それはないだろ。後半はクロアの魔法で浮いてただけだし」


ダンジョンの脅威に関しては余裕をもって対応してきたため皆気が緩んでいた。

実際はこれからラスボスで一番気を引き締めないといけないのだが、シルヴィ達が気を引き締めても意味ないので何も言わないことにした。


「そういえば温泉の名前とか決めた? 私、またすっごい良い案思い付いちゃったんだよねぇ。クロアちゃんの魔法で浮いてるときにずっと考えたんだけどさ」


「シルヴィさん、そんなこと考えてたんですか?」


「そんでポーンと考え付いたわけよ。宝石の名前にもガーネットってあるじゃん。おばあちゃんが言ってたんだけど、あれって柘榴石とも言うらしいの。だから温泉の名前はザクロの湯でどうよ!!」


「おぉぉ、シルヴィが珍しくそれっぽいこと言った」


俺は惜しみない拍手を送った。


「クロウはシルヴィに甘すぎなんだよなぁ。まぁ、悪くはないけど」


「ててていうか。私の名前なんて温泉につけちゃっていいの? みんなで作る温泉っていうか。こう、みんなの要素を入れるべきっていうか、へへへっへ」


途中で恥ずかしくなったのかガーネットが笑って誤魔化す。

俺達はそんなガーネットとは対照的に困惑した。気持ちは嬉しいがあんまり目立つのは嫌なのだ。


「俺はパス。後で誰かに気づかれて黒歴史になるかもしれない」


「私もパスです。温泉作るまではいいんですが、その名前に自分の要素を入れるっていうのはちょっと......」


「え? 私の名前は入れるのに?」


温泉の名前も決まったところで、俺達のダンジョン攻略はようやく大詰め、ラスボスの扉まで辿り着いたのだった。





§





 時は遡り、クロウ達が階層を爆走している時の事。ダンジョンの最深部、所謂ボス部屋では本来玉座で踏ん反り返っているはずの男が頭を抱えていた。

その傍らには小さな羽の生えた妖精が忙しなく飛び回っている。その様子はどう見ても喜びの舞には見えず、死にかけのコバエが同じところをグルグルと飛んでいるようにしか見えなかった。


「しんだあああ、私もご主人様もしんだああああ」


「お、落ち着けっ! まだ方法はあるはずだ! コアちゃんもちゃんと考えてくれよ!!」


阿鼻叫喚とはこのことである。男、ザリックのチートによって生み出されたダンジョンは、今まで多くの冒険者を葬ってきた。その中にはチートを持った転生者もいたが、このザリックダンジョンに迷い込んだ時点でステータスに縛りが入り満足にチートを活かせず死んでいった。


だが、今ザリックの見つめる水晶の奥には、ボス級の魔物の群れをものともしない五人が映っていた。


「そ、そうよ。いっそのこと床を全部消して通れなくしてやればいいのよ!」


「それだ!」


ザリックダンジョンは二人が作り出したダンジョン。当然いくらでも手を加えることができる。とはいえ、床を消すなんて頭の悪そうなことに頼ってしまうほど切羽詰まっていた。


「ういたあああ、アイツらなんかういてるうううう」


「お、お、落ち着けっ!! あぁ、飛んでくる! 魔物で足止めしないとって床が

ねええ! 床出して床!?」


もはや、このボスには幾度となく冒険者を迎え入れ、そしてレベル99というマックスステータスで蹂躙してきた威厳は感じられない。

ザリック達にとってこの部屋は逃げ場のない棺桶であった。


『毒ガストラップを設置しますか』『爆破トラップを設置しますか』


ダンジョンを管理するコアちゃんが目の前に現れたウィンドウを連続で承諾していく。しかし、その数秒には。


『トラップが解除されました』『トラップが解除されました』


無慈悲なテロップが視界に現れる。何一つとして彼らに届くことはなかった。



 ザリックがクロウ達をここまで恐れているのには理由があった。

ジェフェス帝国で産まれたザリックは、生まれながらにして弱者だった。

帝国が課す試練に悉く失敗し、ザリックという転生者の価値はジェフェス帝国において無に等しい。

そんな落ちるとこまで落ちたザリックを待っていたのは苦しみだけではなかった。


自身より強者である転生者の実験台として傷つく日々。殺されても誰も文句を言えない環境。ポツリポツリと周りの同類が死んでいく中、ついに耐えきれなくなりザリックはジェフェス帝国を逃亡した。


だが、ジェフェス帝国の人間は残酷だった。逃亡した者を地の果てまで追いかけて始末する特別部隊が存在したのだ。彼らの動機は娯楽。ザリックはそれを知っていてなお、逃げ出したのだ。


追手から逃走中に逃げ込んだ洞窟を、自らのチートを使い亜空間ダンジョンへと改造し難を逃れたザリック。しかし、運悪く偶然そこに一匹の化け物が訪れた。

ジェフェス帝国の刺客であると勘違いし死に物狂いで迎撃を試みたが、その化け物は着実にダンジョンでレベルを上げ、コアちゃんの即死級嫌がらせトラップを回避し、ついにボス部屋へと辿り着いた。


そこでの死闘は割愛するが、まさに危機一髪のところでザリックは化け物を封印することに成功したのだ。

化け物の封印に膨大なダンジョンコストを使用しているため、同じ手はもう使えない。

結果的に化け物は帝国の刺客ではなかったが、この五人組こそは帝国の刺客である可能性が高い。


「か、かくなる上は、クククッ、コアちゃんヤツを解き放つ準備をしてくれ」


倒しきることができずに封印した化け物。それを解き放てば、今度こそ命はないだろう。


「えぇ!? ご主人様、本気なの?」


「クク、アハハハハ。死なば諸共ってな! アハハハハ」


ザリックの開き直った笑い声が部屋に響き、妖精は自らの死を悟った。

彼によって生み出された憐れな妖精は命令に従うしかないのだ。



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