第16話 RPGダンジョン3




 ザリックダンジョン地下十階の奥地、俺達はようやくラスボスらしき部屋に辿り着いていた。


「ようやくラスボスの部屋ですか」


「ほんとに大丈夫なのか? 俺達レベル1だぜ?」


モンスターとの戦闘は全て気絶からの逃走を選択してきた。当然レベルもステータスも変わっていない。


「大丈夫だよ。メインはボス部屋にいるはずの転生者に出口を用意してもらうだけなんだから」


人間は文化的に話し合い手を取り合って生きている。それは異世界だからって変わらないはずだ。


 洞窟に似合わない立派な扉をゆっくりと開く。

いきなり襲い掛かってくる魔物もトラップもなく、蝋燭の明かりに照らされたレッドカーペットが奥へと続いていた。


「ボス部屋にしては細長いですね。この様子だと巨大な魔物とかが相手ではなさそうです」


長いレッドカーペットの先にはシンプルな玉座が鎮座していた。着飾らないことで玉座本来の威圧感が感じられる。なかなかセンスのいい部屋だった。


「くくく、ここはザリックダンジョン最深部」


「ククク、よくぞここまで来たな」


この部屋の主らしい男と小さな妖精がゆっくりと振り向き言った。彼らは何故か玉座の後ろに隠れるように立っている。


「あの――」


「おっと、危ない。たしか君は魔法使いだったな。しかし、この玉座は破壊不能オブジェだ。いかなる魔法でも傷つけることはできない」


「いえ、そんなつもりはありませんよ」


「ククク、この俺様がそのような言葉に惑わされるとでも? ちょっとばかし強いからと言って調子に乗られると困るぞ」


こちらを見下すように男が腕を横に振る。そして現れた半透明のウィンドウをこちらへと向けた。


 Lv99:ザリック ダンジョンマスター

最大HP 9999 (0)

最大MP 9999 (0) 

攻撃力 9999 (0)

守備力 9999 (0)

器用さ 9999 (0)

状態:Lv0:コアちゃん ダンジョンコア

   最大MP 4500 (-500) 

   攻撃力 4500 (-500)

   器用さ 4500 (-500)

   状態:動揺


そのステータスはまさにラスボス。というよりチートであった。


「さぁ、では始めようか。命を懸けたラストバトルを!! 『コマンド:竜騎士』」


ザリックが光りに包まれ、黒いドラゴンの鎧を身に纏う。さっきまで激しく飛び回っていた妖精の羽が槍についているので、おそらく合体したのだろう。

ザリックの鎧が怪しげな闇のオーラを放ち、槍を構える。オーラが槍に充填され、まるで押し出されるように発射された。


もちろん、俺達もその様子をただ見ていたわけではない。シルヴィとオービスはラストバトルはダサいなとダメ出しをし、クロアは障壁を張った。


周囲の空気を巻き込むように黒い稲妻を放った槍が一瞬にして障壁に突き刺さる。完全に勢いを止めたはずの槍は、なおもその場で回転し障壁を削らんとしている。

しかし、無限の魔力によって張られた障壁は厚かった。


「チッ、やはり一筋縄ではいかないか。コアちゃんっ」


槍がザリックの声に反応し逆再生したように手元に戻っていく。

罅の入った障壁が消え、再びザリックが見えた時にはこちらを睨みつけながら手を掲げていた。


「『コマンド:アクセラレート』」


闇のオーラに黄色のオーラが混ざる。その様子はまさにあれであった。


「ぷぷっ、あれじゃん、警告色じゃん。立ち入り禁止だよ、ふふ」


配色は面白いが、その実力は笑い話ではない。静止状態から一瞬で最大速度まで加速したザリックの拳がシルヴィの小馬鹿にした顔を捉える。


シルヴィが狙われたのは初めてだった。この時程、自分のチートに感謝したことはない。


「シルヴィ、危ないから俺かクロアの後ろに」


バチンッと拳の軌道を逸らし、その腕を掴もうとした瞬間にはザリックが遠ざかっていく。俺のチートにより加速した体感世界でもザリックが標準的な速度で動いている。今の彼は最速と言っても過言ではないだろう。ザリックが俺の間合いの外で止まった。


「ん? わかった!」


おそらく、シルヴィは今自分が狙われたことすら見えていなかっただろう。


「お前......チッ。そういうことか。後ろの二人は支援チートで、前二人が前衛と後衛。なるほどな、どうりで強えわけだ」


ザリックの槍が黒く光り、妖精が分離した。凝ったことに妖精も竜騎士の鎧を纏っているところが可愛い。


「ご主人様、やっぱり勝てませんね。いくらステータスが高いとはいえ、複数のちーと持ち相手では分が悪いです。やっぱり......」


「あぁ、ヤツを解き放つしかないだろう。クク、コアちゃん、ザリックダンジョンで過ごしたこの五年間、色々言い合いもしたけど、楽しかったぜ」


ちょっと待ってほしい。この状況、俺達が悪者みたいになってる気がするんだが。


「あの、盛り上がってるところ悪いですけど、こちらの話を聞いてくれませんか?」


しかし、二人だけの世界に入ったザリック達にクロアの声は届かない。


「ご主人様......っ、二分です! 二分だけ時間を稼いでください。私、まだ諦めてませんから!! 最後に立つ者が勝者、ですよね!?」


「フッ、あぁ、その通りだ。俺はどんな状況も切り抜けてきた。今回ばっかしはもうダメだと思ったが、コアちゃんにそこまで言われて勝手に諦めるわけにはいかねぇ。そっちは頼んだぜ」


お互いの絆を再確認し頷き合ったザリックと妖精は背を向け合い、己のやるべきことを成す。友情努力勝利、彼らのバックストーリーが気になってきたな。


「兄さん! 真面目にやってください。ほらっ、人の話を聞くように説得してきてください!」


それって結局ラストバトルを回避できないのでは?



 奥へと消えていく妖精を見送った、ザリックが羽を失った槍を構える。


「待たせたな。正直、俺一人でお前達を倒せるなんて思っちゃいない。だが、アイツが戻ってくるまでの間、きっちりと時間稼ぎさせてもらうぜ!」


ザリックの視線はクロアを狙っているが、それはフェイントだ。ギリギリで俺へと標的が切り替わった矛先を掴み取る。

槍捌きはなかなかのものだが、速度と力がまるで普通の人間だった。妖精が抜けたことでパワーダウンしているのだろう。だが、そんなことはザリックも承知の上だ。

槍の下に潜り込み俺の懐に放たれた蹴りを敢えて受ける。

この距離、さすがに声が届かないとは言わせない。


「ザリック、俺達に戦う意思はないから話を――」


「うるせぇ! その手には乗らねぇよ。テメェら転生者はいつもそうだ。正々堂々戦いやがれ!」


槍を手放し、拳を握る。型などない喧嘩の拳。

俺にとってはカモでしかないが、反撃すればただでさえ話を聞いてくれないのに、もっと聞いてくれなくなるかもしれない。


「くらぇやあ」


顔面を狙ったストレート。このパンチも受けて、受け、うけ。


「へぶばぁ」


「あっ」


「兄さん!?」


カウンターパンチが綺麗に鼻を捉え、ザリックが弧を描いて吹き飛ぶ。


「ごめん。殴られるのに慣れてなくて。後、さっきの蹴りもちょっとムカついてた」


わざと殴られるのって精神的に難しいな。


「ペッ、クソッ。あぁ、そうだよ。俺は弱い。俺のチートは地上じゃなんの役にも立たねぇ。だからダンジョンに逃げたっていうに、なんでこんなところまで追ってくるんだよ! もう、ほっといてくれよ......」


「俺達は別にアンタに用があったわけじゃないって。ただ偶然、このダンジョンに迷い込んだから外に出たいだけだ。何度も言うが戦う意思はない」


両手を上げ敵意が無い事を証明しながら、ゆっくりザリックに近づき手を差し伸べる。


「え?」


鼻血で詰まったようなまぬけな声が漏れた瞬間、ダンジョンが大きく揺れる。


「なっ、地震!?」


「あわわ、地下で地震にあった時ってどうしたらいいの?」


「落ち着いてください。ここは結界の中なのでおそらく大丈夫です」


天井から砂埃がパラパラと降り、それに紛れた妖精が俺の手を弾いた。


「ご主人様! 遅くなって申し訳ありません。ですが、このコアちゃん、成し遂げましたよ!」


「コア、ちゃん。俺達やっちまったかも」


「ふえ?」


揺れが徐々に大きくなり、何やら不穏な音が部屋に近づいていた。

ザリックから離れ、クロア達と合流する。


「お前ら、ホントに、アイツらの追手じゃないんだな?」


「あぁ」


「そうか。なら、謝らしてくれ。いきなり襲い掛かって悪かった。それと、とんでもなくヤバイ化け物の封印を解いてしまったことも先に誤っておく」


ちょっとまってくれ。なにやら雲行きが怪しいんだが。

床に大きな罅が入り、いつの間にか小石や砂埃が天井に向かって浮遊していた。


「俺がお前達を敵だと思い込んだ原因の転生者。ソイツが今からここに来る。問答無用で襲い掛かってきた最強の転生者だ」


大きな音を立て、壁の一角が崩れ落ちる。砂煙は下に流れることなく、ゆっくりと上に上がっていく。その奥にいたのは、一人の男だった。


「よくも、よくも僕を、よくもよくもよくも!!!」


男が歯を食いしばるって俺達を睨みつける。磁場でも発生しているように小さな稲妻が男を纏っていた。


「コアちゃん、頼む。『コマンド:竜騎士』お前達、都合が良いのは分かってる。それでも、アイツを止めるのを手伝ってほしい」


「兄さんどうしますか?」


奥の男から発せられる敵意はベロニアを軽く凌駕している。何もしてなくても、俺達は確実に巻き込まれる。


「ザリックに手を貸す。クロアはシルヴィとオービスを守ってほしい。たぶん、そっちにまで気を回せない。アレを貸してくれ」


「......分かりました。でも熱くなっちゃダメですよ」


「あぁ、大丈夫」



 異世界に来て初めて感じる脅威。父と対立した時にもベロニアに襲われた時にも感じなかった緊張感。鳥肌がたった腕をさすり、ザリックの横に立つ。


「ありがとう。恩に着るよ」


「なぁ、いま俺達をダンジョンの外に出すことはできないのか?」


「......できない」


「そうか」


男が一歩前に出る。それだけで周囲の空気が重く感じた。


「コロス。ボクは、このくそったれな世界に住む人間を、全員一人残らず、必ず殺っ!」


それは男にとっての二歩目。十メートル以上も離れていたというのに、男は俺の目の前にいた。

反応したのはザリックとほぼ同時、目の前の男から距離を取る。

今のは高速移動というより、クロアの転移のような瞬間移動だった。


「気をつけろ。コイツのチートは一つじゃない!!」


その忠告が示すように、男は亜空間から一本の剣を取り出す。血に濡れたそれは見るからに魔剣だった。


「『喰らい尽くせ』」


ゾッとするような声に剣が反応し、刀身がまるで口のように二つに割れる。


「アハハ、アハハハハ」


男と剣は笑う。


「『コマンド:ステータス』」


 Lv99:オズ 無職

最大HP 9999 (+9999)

最大MP 9999 (+9999) 

攻撃力 9999 (+9999)

守備力 9999 (+9999)

器用さ 9999 (+9999)

状態:偽神


ザリックのよって男のステータスが晒される。このダンジョンはもうすこし数値のインフレに対応したほうがいいと思う。


「なぁ、このステータスって意味あるのか?」


「クッ、俺が初めて戦った時よりも強くなってやがる。封印してたはずなのに、一体どうやって」


「アハハハハ。あの空間はボクにとってボーナスステージさ。でも、そろそろ飽きてきたところだったんだ。お前には米粒程度だが感謝している。そのお礼として、苦しまずに殺してやるよッ」


棒立ちからの瞬間移動。ザリックの首を魔剣が挟み切る前に相棒を根本に挟み込んだ。


「物騒だな。何があったのか知らないが、殺すのはやりすぎなんじゃないのか?」


「やりすぎ? ......お前に何が分かる。ナァ、お前に何が分かる!?」


オズが俺の後ろに転移し、相棒を持つ右腕が魔剣に挟まれる。寸でのところで回避できたが、予備動作なしにロックオン済みで攻撃されるので、どうしても対応がギリギリになってしまう。


「チッ、やっかいなチートだな。『強奪スナッチ』!」


コイツ、復讐系強奪チートだったのか。ということは、俺の杖術が取られたということか。


「ん? お前、加護持ちかよ。アアアックソッ。あいつ等を思い出させやがって」


どうやら強奪はされなかったようだが、怒りは買ってしまったようだ。


「お前も絶対に殺す! 『グラビティオーラ』」


オズの磁場が不規則に荒れ狂い、浮いていた小石が勢いよく地面に叩きつけられ砕け散る。その影響はもちろん俺とザリックにもあるのだが、チラ見したかぎりクロア達は大丈夫なようだ。


「ほう、膝をつかないか......ムカつくなあ! あの時のボクは無様に地に這いつくばったっていうのに! お前達は平気で耐えるっていうのかよ!!」


瞬間移動したオズがザリックの腹に膝を入れ、次の瞬間には俺の腹に膝を入れようとしてきので相棒で防ぐ。身体は動かしにくいが、魔剣と違って勢いをつける分対応しやすい。


「チッ。決めた。お前達には俺が味わった苦しみを全て味あわせてやる。楽に死ねなくなったことを後で後悔するなよ?」


唐突に始まったバトル展開はまだまだ終わりそうになかった。



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