第17話 RPGダンジョン4
振るわれた魔剣を紙一重で避ける。よく物語で最小限の回避で避けるシーンがあるが、今回の場合は間違いなくギリギリの極限回避だ。
それほどまでにオズが纏う重力のオーラは厄介な能力だった。
「アハハ。お前を見てると思い出すよ。ボクを見下してイジメていたアイツらの悔しそうな顔を!」
しかし、まだ戦いには余裕があった。それはなぜか分からないが、オズが攻撃を畳みかけることなくいちいち昔話を挟んでくるからだった。
「そう、あれはまだチートの使い方も分かっていない未熟者だった時のことだ。学園に通っていたボクはなんとか高等部に進学しいつも通り課題に追われていた。でも、そんなボクに奇跡が起こったのだ。幸運の女神が舞い降りたと言ってもいい。クラスで一番、いや学園で一番美人だと言われていたイリス様がボクに話しかけてくれたのだ。大丈夫? 課題手伝おうか? ってね! 当然ボクは舞い上がったさ。成り上がり人生キタコレって思ったよ。でも、そんな幸運の最中、アイツが現れた。イリス様と同格の貴族だったルーフェスだ。あいつはイリス様がボクを気にかけていることに嫉妬してイジメてくるようになった」
長い。そして聞く限りイリス様は幸運の女神じゃなくて不幸の女神だぞ。
「でも、ボクはただでイジメられるほど間抜けじゃなかった。仕返してやったんだよ。靴をゴミ箱に捨てられた翌日にはルーフェスの靴箱に火をつけてボヤ騒ぎを起こしてやり!」
オズの力の困った魔剣を防ぎ、気絶させようと相棒を振るった瞬間には背後に回ったオズの攻撃が飛んでくる。
昔話の合間に攻撃を挟み込み、オズの口は止まらない。
「課題を台無しにされた時は、移動教室の際にルーフェスの机をこっそり窓から捨ててやった! 移動教室から戻って来たときのルーフェスの顔ときたら、アハハハハハ」
とんでもないなお前。不思議なことに加害者のルーフェス君のほうが良識あるように思えてきた。
魔剣で戦うことに飽きたのか、オズは剣を捨て亜空間に手を突っ込んだ。
見覚えがあると思ったらクロアのインベントリとよく似ている。
「でも、イジメは終わらなかった......」
そらやり返し過ぎて向こうも意地になったんだろうな。
亜空間から取り出したバスターソードを肩に担ぎ、オズは悲しそうな表情を作った。
「あれは......気をつけろ! あの大剣に切れない物は無い!」
いつの間にか復活したザリックが槍を構えて前に出る。オズの瞬間移動に対応できない以上勝ち目はないはずだが、ザリックの目は死んでいなかった。
「おそらくアイツには複数のチートを使うための条件があるはずだ。俺が初めてアイツと戦った時は瞬間移動なんてしてこなかった。あの大剣はその時使っていたものだ」
「ほぉ、たしかにボクは一度に使用できるチートが限られている。組み合わせによっては同時に発動できない。だが、それがどうした? このエクストソードは最強だ『開眼せよ』」
バスターソードに刻まれた眼の刻印が光り、聖なる輝きを放つ。
オズが発していた禍々しい気配に神聖な気配が混じり、闇落ちした勇者みたいになっていた。
「エクストソードが飛ばす光の衝撃波はいかなる鎧も切り裂く。はたしてお前のゴミみたいな棒で防げるかな?」
「石を使え! 衝撃波は何かに当たれば消滅する。逆に当たらなければ何処までも飛んでいくぞ!」
ザリックの言いたいことはすぐに分かった。俺が避ければクロア達が危ないということだ。
「雑魚は黙れ!!」
二閃。ザリックを狙うと見せかけて俺の方にも光の衝撃波が飛来する。
慌てて相棒を床に叩きつけ上がった小石を蹴り上げる。しかし、重力のせいで狙いが大きくそれ、なんとか相棒の先っぽを掠めることで衝撃波を止める。
なんの抵抗もなく切り落とされた先端が床に転がった。これはなかなか難易度が高いかもしれない。
「いいねぇ、その顔。イリス様とパーティを組んで学園のダンジョンに潜った時のことを思い出すよ」
良かった。また昔話が始まった。今の内に小石をポケットにしまい込む。
「ボクとイリス様は学期末のダンジョン試験に挑んでいた。そこにルーフェスとその取巻きの一人が合流したいと言い出して、イリス様のご厚意で渋々一緒に潜ったのだがやはりルーフェスは最初から真面目に試験をするつもりなどなかった」
だろうな。俺はもうルーフェス君の味方である。ここらでガツンとオズを懲らしめるべきだ。
「ルーフェスの計画は実に幼稚なものだった。イリス様とボクを引き離して一対一で勝負をつける」
おぉ、ルーフェス君やるじゃないか。ぜんぜん幼稚じゃないぞ。
「ボクのチートはまだ覚醒していなかったが、それでも転生者だ。異世界の人間なんかに負けるわけがなかった。武術、魔法、どちらの分野でもボクはルーフェスを上回り追い詰めたさ! その時の顔ときたら、アハハハ」
「そこはボコボコにされるところだろ。勝ってどうするんだよっ」
思わず突っ込んでしまった。
「ルーフェスは出来の良い奴じゃない。勝つのは当然だった。でも、直接手を出したのがいけなかった。ルーフェスの父に目を付けられ、刺客が送られてきた。信じられるか? 貴族ってのは学生一人殺すのに転生者の暗殺者を雇うんだぜ? おかげでボクは半殺しにされ、名前もしらないダンジョンの跡地に捨てられた。でも、今ではほんの少しだけ感謝してるんだよ。おかげでボクは覚醒し、こうして復讐の機会を得た」
両手を広げ天に感謝を捧げ始めたオズ。その姿は誰が見てもイカれてると思うだろう。
「事情を知らない私が言うのもなんだけどさあ。アンタちょっと頭オカシイよ」
「あっちょっとシルヴィさん!」
オズの目が鋭く俺の後ろを捉える。
「だって、さっきから聞いてたら子供相手に大人げなく仕返したら、向こうの保護者がでてきて、それでまた復讐するって、アンタ前世の記憶があるくせにどんだけガキなのよ」
「このボクが......ガキ?」
まるで殺気が渦を巻いているような気配に、相棒を握る手に自然と力が入る。
ザリックとの誤解が解けた今、オズさえ気絶させてしまえば俺達はここから出られるのだ。だが、オズの万能なチートや油断したらシルヴィ達が危ないという状況が足を引っ張っていた。
クロアがいるから万が一はないと思うが、妹を危険な目に合わせるなんて兄失格だ。
「ボクはガキなんかじゃない! 失望したんだよ! この異世界に!」
オズがエクストソードを横薙ぎに一閃し、その衝撃波がシルヴィの元へ飛来する。
しかし、それは俺の横を通過した時点で消滅した。ザリック直伝の小石キャンセルだ。
「刺客の転生者は助けてくれって言っても聞いてくれなかった。助けてくれるって言ってくれたイリス様は結局現れなかった。なのに、ボクをイジメていたルーフェスは助けられた! ボクがどれだけ望んでも来なかった救いを! 奴は簡単に手に入れた! こんな異世界オカシイだろ? 僕は異世界に転生したんだぞ!? ボクが主人公なんだぞ!?」
「たしかにアンタは主人公かもしれない。でもそれはアンタの人生の主人公であってこの世界の主人公じゃないでしょ。この部屋だけでも転生者が七人もいるんだよ? 異世界に来て浮かれるのも分かるけど、ちゃんと現実を見なって」
「違う! ボクをそこらへんの雑魚共と一緒にするなッ!!」
シリアスな言い合いしてるとこ悪いけど、出鱈目に振るわれる衝撃波を相殺する身にもなってほしい。
ポケットに入れた小石がなくなり、仕方なく相棒を薄切りにしていく。
「ボクの力、
オズがエクストソードを手放し亜空間に手を突っ込む。その一瞬の隙を見逃すことなく接近し相棒を叩きこむ。だが、相棒はオズの頭に届くことはなかった。眼に時計のような魔法陣を浮かべ俺を嘲笑う。
「アハハ、アハハハハ。神であるボクには未来すらお見通しだ。ボクにはお前達が地べたに這いつくばる光景が......あ? なっ、ど、どういうことだッ。そんなはずがッ」
「クロウ! 手を休めるな、未来は一つじゃない、俺達の行動一つで未来なんて簡単に変えられる! 『コマンド:アクセラレート』」
背後から奇襲した槍がオズの手によっていとも簡単に止められた。
すかさず相棒で足払いを仕掛けるが、それもまた足で抑えつけられてしまう。未来予知に加えてダンジョンでレベルが上がったオズのステータスに、おそらく身体強化系のチートも合わさった今、まさに無敵だった。
「違う、こんなのは何かの間違いだ! クソッ!」
のだが、そんなオズは未来を予知してから様子がおかしい。
何かに怯えるように亜空間から銃を取り出すと、俺達に目もくれずクロアへと銃口を向けた。
「オービス! 早くしてください!」
「分かってるって! 今急いで――」
どうやらクロア達に策があるようだ。俺はオズが引金を引ききる前に短くなった相棒を投げる。銃声がなり、跳弾の音が部屋に響く。
狙いを外す事に成功はしたが、それもまたオズの予想通りだった。
「うわあっ」
「兄さん! 掠り傷です! もう少し粘ってください!」
俺へと向けられた銃口を払い、脇に引き寄せオズの心臓へと掌打を打ち込む。
「ガハッ、クク」
だが、全てはオズの手の平の上であり、いつの間にか左手に持った銃が俺の腹に当てられていた。
「ククク、まずは一人だ!!」
「しまっ――」
腹が燃えるように熱い。異世界での初めての大怪我に頭が追い付かない。
「テメェ!!」
ザリックの声と銃声が重なる。結果は確認するまでもなく、負傷者が増えただけである。
前世で腹を撃ち抜かれた経験なんて無いはずだが、本能が自分の無事を教えてくれた。まだ戦える、拳を握れと心が脈打ち、涙でボヤけた視界がクリアになる。
「チッ、さっさとくたばれッ」
俺が起き上がる未来を見たのか、既に照準が合った銃口を左手で包み上に逸らす。そのまま接近し、咄嗟に銃で顔面を守ったオズを右ストレートを打ち込む。
銃声に紛れたオズの呻き声が心を震わせた。
俺を蹴り飛ばし、口元を拭いながらオズが叫ぶ。
「この死に損ないがッ!」
「『コマンド:グラディエーター』」
肩から血を流したザリックが俺の前に現れ盾を構える。発砲された銃弾が盾を大きく仰け反らせる。その衝撃が響いたのかザリックの手から剣が滑り落ちた。
その剣が床に落ちる前に掴み、影から奇襲を仕掛ける。
「お見通しだって言ってるだろ!!」
鋏の魔剣と鍔迫り合いになる。怪我さえなければこのまま切り伏せることなど容易なのだが、今の俺には押し負けないようにするのが精一杯だった。
「兄さん! お待たせしました!」
その声にオズが警戒して距離を置き、クロアを睨む。
出血にフラついた俺は、ザリックに引き摺られながらボンヤリと思考する。
あぁ、異世界物の主人公ってやっぱすげぇわ。よくこんなストレスマックスな世界で活躍できるなぁ。
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