第18話 RPGダンジョン5




「クロウ、大丈夫!? しっかりして!」


涙目のシルヴィがポーションをぶち撒けながら俺を激しく揺らす。

ボンヤリしていただけで気絶はしてないはずなのだが、客観的に見たら今の俺は相当重症らしい。


「大丈夫、ちゃんと意識はあるから。それよりあんまり揺らさないで」


「よかっだあぁ。クロウが死んだらどうしようかと思っだっ」


死にたてホヤホヤなら蘇生できると言ってたのはやっぱり嘘だったのか。


 すこし離れたところにクロアとオズが睨み合っていた。クロアは昔から争い事が苦手で、十三年一緒にいて攻撃魔法を人に向けた所を見たことがない。

そんなクロアがオズと戦うなんて不安しかなかった。俺は側にあったザリックの剣を握ると杖代わりにして立ち上がる。


「まだ動いちゃダメだよ! 傷は塞がってるけど、安静にしてないとっ。それに、クロアちゃんなら大丈夫だから。信じてあげて」


「シルヴィ、クロアがもし怪我した時用のポーションはちゃんとあるのか? 腕とか切断されてもくっつくよな? 心臓が止まったら? AEDはあるよな?」


「誰かこのシスコンを安心させられるやつはいないのか? まったく、俺が対オズ用の魔法を何個か作ったから大丈夫だって。クロアの魔力があれば、まぁなんとかなるはずだ」


なんとかってそんな不安になること言わないでくれよ。


「それに、いまクロウが近づくと逆に魔法に巻き込んじまうから足引っ張ることになるぜ」


そこまで言われてしまったらやむを得ない。今はただどっかのいるだろう神に祈りを捧げるしかなかった。




 §




 母からもらった小さな杖を握りしめる。手汗で滑ってしまわないようにしっかりと指先まで力を入れた。


「お前、一体何者だ? どうしてボクを見下す?」


目の前の男からピリピリと痺れにも似た空気を感じる。クロアはそれが堪らなく怖かった。


「見下した覚えはないですが。もしも気に障ったのなら謝ります」


「チッ、そのムカつく謝罪は二度目だ。お前のやり口は知ってる。クク、いいぜ。未来通り、お前の土俵で戦ってやるよ。ただ、最後に勝つのはボクだけどね。『限界突破』『開眼せよ』『グラビティオーラ』」


オズの戦闘準備が整う。しかし、それはクロアも同じだった。

オズの足元も含む周囲一帯の地面が凹み、さっきまで杖を握っていた手には冷気を放つ氷の剣が握られ地面を徐々に氷漬けにしていく。

オービスが即席で作った重力魔法と属性剣である。さらにとっておきの魔法も用意してあり準備は万全であった。


「クロア! 詠唱はどうした!! 俺がせっかくカッコいいの考えたんだぞ!!」


バカな野次は無視して、オズに属性剣を向ける。剣の扱いはまるで素人だ。だからこそこの属性剣を選んだ。剣としてではなく、相手の動きを鈍らせるための仕掛けだ。


「クッ、なるほどね。このボクにすら有効な重力魔法か。一体どんなカラクリなのかは知らないが、ククク。限界突破した今のステータスならそこまで苦じゃない」


「ならもう少し出力を上げるまでです」


重力魔法に充てていた魔力の量を一気に増やす。その重力に凍った地面が甲高い音を立てて一層激しく沈み、領域に入った柱が粉々に崩れ落ちた。

だが、その中央にいたはずのオズの姿はどこにもいない。クロアはすぐにオズの思考を探し、転移する。


「死ねッ!」


一秒前までクロアの頭があった箇所をオズのエクストソードが通り過ぎる。


「はあ!」


空ぶったオズの上に転移したクロアが属性剣が振り下ろす。その扱いはもはや鈍器であった。だが、スピードが乗っていないクロアの剣は瞬間移動で簡単に避けられてしまう。


「この重力下でも動けますか......仕方ないですね」


これ以上魔力を込めれば、床が粉々に砕け、クロア自身に不利に働いてしまう。

オズもオズで立っているのがやっとであり、移動は全て瞬間移動に頼るしかなかった。



 瞬間移動と転移による泥沼の戦い。オズの優れた近接戦闘センスとクロアの思考を読む魔法。現状、二人は互角であった。


「なんでッ、なんでッ未来が変わらない!」


エクストソードによる斬撃をクロアが先読みするように礫を飛ばし相殺する。


「ふぅ。もしも期待させてしまったのなら申し訳ないです。魔法を使った戦闘にも慣れてきたので、ここからは本気でいかせてもらいますね」


ここまでは様子見。クロアにとって初戦闘が兄を追い詰めたオズだけあって警戒しながらの戦いだった。だが、クロアはオズの底を理解した。そして、この戦いに勝つための魔法を頭で組み上げていく。戦うことへの恐怖は、もうなかった。それどころか攻撃的な思考が自分の中から次々に湧いてくる。


「本気? 笑わせるなッ、ボクの全力に手を抜いてついてきたとでもいうつもりか!」


目の前に現れた大きな剣、ゼロ距離から放たれたエクストソードの衝撃波を転移で避ける。

途端に爆発が起きオズの身体が大きく吹き飛んだ。負傷するほどではなかったが、オズの目に動揺が現れる。


攻撃を仕掛けてくる思考を読んでクロアが置き土産を用意していたのだ。

体勢を崩しながらも地面に着地したオズは、足元に魔法陣が広がっていることに気づき、咄嗟に瞬間移動した。


「なッ」


その移動先にも既に魔法陣が輝いており、全身を食い破るような痛みが襲う。

火だ。炎が身体を焼いている。慌てて瞬間移動しようとして、未来が見えた。

また移動先に魔法陣が展開している。


「クク、お見通しなん、だ、クッ!」


水の中級魔法で鎮火すると同時に、目の前に魔法陣を展開したクロアと対面した。

まるでゴミを見るようなクロアの瞳は、自分が変えようともがく未来で何度も見た瞳だった。魔法に耐えるために強奪で奪ったチートの組み合わせを変える。


「投降して大人しくするならこれ以上酷いことはしません。後兄さんにも謝ってもらいます」


「ふざっ、ふざけるなッ!」


がむしゃらにクロアへと手を伸ばす。触れた相手を服従させるチート。だが、オズが頭の中で組み換えたチートは、思考を読むクロアに筒抜けだ。


「そうですか。なら、容赦はしません」


一瞬にしてクロアがオズの前から消える。転移が発動したことを察してオズはニヤリと笑った。直前のスキルを使用できなくする封印剣が光り輝く。これでもう転移はできない。

オズの未来予知にクロアが吐血する未来が映り、勝ちを確信して背後に封印剣振るう。


しかし、振り返ったオズの目に映ったのは、氷剣により氷ついた自分の腕だった。この一瞬で未来が変わったのだ。クロアが魔法陣を展開して退屈そうに言った。


「死にそうになったら手を上げてくださいね」




 触れるだけで凍傷になりそうな極寒の檻の中、灼熱の炎にその身を焼かれている。

オズは頭がおかしくなりそうな状況の中、また、自分だけが救われないのかと絶望した。


好きだったイリス様の笑顔の記憶を必死に探す。やっとの思いで思い出したその笑顔は暗い影で遮られており、顔がよく見えない。辛い時、悲しい時、絶望した時、イリス様は必ず救いが訪れると言っていた。どんな時でも、神は我々信徒を見捨てないと。


一体、どこで人生を間違えたのだろうか。

祈りを捧げるのが面倒になってサボった時? 神様なんていないって言った時?

もしも、もしもそんなことでボクを見捨てるというのなら、そんな神様は神じゃない。

ボクが神をやったほうが百倍マシだ。だからボクが代わりに神になってやる。ボクなら誰も犠牲にならない楽園を作ることができる。


「ボクは、自分の力だけで生き、そして、全てを手に入れる! 神様なんて器の小さなクソ野郎には頼らない! お前らを全員殺してッ、ここから出て、この世界をめちゃくちゃにぶっ壊すッ」


手の感覚が無くなっても、たとえこの手が使い物にならなくなったとしても格子を握りしめ、この檻から出る。オズはただ一心に力を込め叫んだ。


「やめておいた方がいいですよ。その檻の中ではあらゆる魔力による現象が無効化されます。兄さんと貴方が戦っているのを見ていて疑問に思ってたんです。貴方がチートを使う度に魔力が消費されていることに。グラビティオーラや瞬間移動だけでなく、明らかに武器の性能を使ったエクストソードを使った時も魔力が減っていました」


「クソッ、スナッチ! スナッチィッ!」


次第にオズの足が震え初め、遂には膝をついた。炎の向こうに見える魔女は、変わらずオズを見下している。


「兄さんやオービス、シルヴィさんのチートは魔力を消費しません。だから、余計に気になったんです。それである仮説を立てました。貴方は奪ったチートを発動するのに魔力を使っていると。何のデメリットもなしに強奪したチートが使えるなんておかしいと思っていたので、ホッとしましたよ」


身体の震えが徐々に緩まり、全身を蝕む炎が勢いを失っていく。


「その炎は貴方の生命力です。ゲーム的に言えばHPがゼロになるまで燃え続ける炎です。もう降参しますか?」


「ころ、す。おまえ、ら、ぜん、いん」


「......そうですか」


薄れゆく意識の中、凍えるような魔女の瞳から僅かにあった自分への興味が完全になくなったのを理解して、目の前が真っ暗になっていった。




 §




 檻が消え、オズが倒れ伏したのを確認して、俺達はクロアに駆け寄った。


「クロア、大丈夫か?」


細いクロアの肩を抱き寄せる。クロアはギュッと俺の身体を抱きしめた。きっと、とても怖い思いをしたに違いない。可哀想にと頭を優しく撫でた。


「いや、心配するならこっちだろっ、生きてんのかこれ?」


「クロアさん、ニヤてるよ」


ガーネットがクロアに耳打ちするが、抱き合っている状態なので俺にも聞こえていた。


「ゴホンっ。当たり前です。私が人を殺めるわけないじゃないですか。ギリギリの瀕死です」


「ギリギリの瀕死ってダブルで窮地ってこと? 一様ポーションかけとく?」


クロアのために用意していたポーションをオズにかけてやった。目を覚ましたら困るので少量だけだ。



 ラスボス戦からの裏ボスを倒した俺達のダンジョン攻略がようやく終わった。


しかし、俺達は未だにダンジョンの中にいる。その理由を聞くために俺達はザリックを唯一無傷だった玉座に括りつけ尋問していた。


「俺のチートでもお前達を外に出すことはできない。ここから出るには......俺を殺すしかない」


「嘘ですね。ダンジョンコアを破壊してダンジョンそのものを消滅させる方法もあるそうです」


「くっ」


尋問とは名ばかりで、クロアが思考を読めば答えはすぐに出た。


「......ご主人様。私が――」


「ダメだ! なぁ、コアちゃんは確かに俺のチートが生み出したNPCみたいなもんだ。でもよ。ちゃんと感情を持ってて、ちゃんと成長してきたんだよ! 五年間だ、五年の間ずっと俺達は二人で手を取り合って生きてきた!」


ザリックの気持ちもわかるが、俺達はその五年間を知らないので感情移入できなかった。だから俺達も一緒に住みますとはなれない。


「また次のダンジョン作ってそこでコアちゃんと暮らしなよ」


「それは......できないこともない。でもコアちゃんはリセットされてもう今のコアちゃんじゃなくなる。そんなの、俺には耐えられない!」


「貴方自身が死ぬとしても、コアちゃんは破壊したくないんですか?」


どうしたらいいのか混乱している妖精の手を優しくザリックが握る。そして、力強く頷いた。男の覚悟である。


「どうするよこれ。チートってなんでこんなデメリットばっかりなんだろうな」


「デメリットが無かったらオズみたいなバカが出てくるからですよ」


グラディエーターの衣装を身に纏った妖精が飛び上がり、ザリックの涙を拭う。


「ご主人様、私を殺してください。ご主人様も一緒に死ぬなんておかしいですよ! 私の命でご主人様が助かるのなら、そうあるべきです!」


「クッ! おかしいだろ、こんなのッ」


「ご主人様、私はもうたくさんの幸せな思い出を頂きました。また次のダンジョンを作って、そこでもう一度私を生み出してください。それは私じゃない新しい私です。今ここにいる私は、新しい私にもご主人様との幸せな思い出を作ってほしい。そう、思うんです。だって、それって、す、すごく幸せなことだと思いませんか? 色んな私が、ご主人様との色んな思い出を、つく、る、って」


涙を堪えていた妖精も、耐えきれなくなりザリックの服に顔を埋める。

必死に涙を堪える二人を見て、ガーネットが号泣し、オービスは目を逸らした。


彼らがこのダンジョンで築き上げた友情を俺は知らない。


もしも、知っていたら。

もしも、知っていたら、俺達はダンジョンから出ることが出来なかったかもしれない。


【おめでとうございます! クロウ様がレベルアップしました。】



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