第14話 RPGダンジョン
散策から戻った俺はさっそくクロアに頼みこむことにした。経験上クロアに言えば九割の事態は解決するのだ。
「巨大な蜘蛛に神殿ですか? ちょっと待ってください、確認しますね」
クロアが半透明のウィンドウを出し、スワイプしたりズームする。オービスが好きそうなロマン溢れる魔法だ。
「蜘蛛って調教できないのか? ガーネットの出番だぞ!」
「ムリ。できるできない以前にムリ!」
オービスとガーネットがじゃれ合っている。村娘の心を射止めただけあってオービスは人付き合いが上手い。放っておくと誰とでも仲良くなれるコミュ力を持っていた。
「たしかに何かありますね。周辺に何か所か空き地がありますが、兄さんの見つけた神殿は特に大きいです」
「神殿っていうか、へへ、もしかしたら昔使われてた礼拝堂かも」
「おぉ、異世界って感じじゃん! 見に行こうよ!」
「こっちの確認は済んだので後は工事に取り掛かるだけなんですが......」
クロアが困ったようにシルヴィを見てから俺に助けを求めてくる。
たしかに関わらないほうが安全だけど、温泉の近くによくわからない神殿があるというもの不安の種になってしまう。
「気になって工事に集中できなくなったら困るし、先に神殿を見に行こう」
「やった!」
「はぁぁ、わかりました。では転移しますね」
視界が一瞬にして切り替わり、目の前に大きな扉が現れた。
力強さを感じる聖杯から神聖さが表現された聖母。細部まで丁寧に刻み込まれたその扉は、まさしく神殿の顔である。
「これは、ヨヂュ教のものじゃない。たぶんジェフェス帝国の宗教じゃないかな。へへ、昔本で読んだことがあるんだ」
ロイス村では宗教という言葉すら聞いたことがないのでよく分からないが、とにかく凄いことはわかる。前世だったらこの扉だけで文化遺産に登録されてもおかしくないだろう。
ガーネットが扉に触れようとして、慌ててクロアが制止する。
「ちょっと待ってください。中から奇妙な魔力を感じます。トラップがあるかもしれません」
「そうか? 俺は感じないけどな。それにもう何年も人が近寄ってないんだろ? トラップなんて誰が仕掛けるのさ」
オービスの言うことも一理ある。巨大蜘蛛が周囲に巣を作っていることもあって近づくのは容易ではないだろう。
「それは......そうですが」
ガーネットが再度扉に触れ、今度はしっかりと力を込める。
扉がゆっくりと開き、奥にはテレビで見たような教会の景色が広がっていた。
窓から入った太陽の光が神秘的に石像を照らし、誰も座ることのない長椅子が寂しげに列をなしている。
「見た感じ普通の礼拝堂だね。特に何も――」
そう言ってシルヴィが一歩踏み出した時だった。世界が歪むように渦巻き、立っていられないような感覚が襲いかかってくる。
咄嗟にシルヴィを掴もうと手を伸ばすが、その手は歪みの彼方へと消えていった。
時間にして数秒の出来事だった。視界がクリアになった俺達は誰一人欠けることなく薄暗い洞窟の中に立っていた。
「これは......転移というより結界の中に引き込まれた感じです。かなり濃い魔力が充満していますね。注意してください」
クロアが光源を出し、周囲を照らす。周囲には何もなく、俺達は洞窟の一本道に放り出されたようだった。
「うぅ、まだグニャグニャしてる」
気味の悪い静寂の中、シルヴィの声が周囲に反響して返ってくる。
その直後、まるでゲー厶のオープニングのような曲が洞窟の奥から流れ始めた。
『ザリックダンジョンへようこそ! ここではRPGゲームのようなフレッシュでスリリングな体験が味わえるよ。まずはジョブを選んでみよう!』
突然目の前に懐かしい日本語と異世界語が混じったてテロップが現れた。
「なにこれ、ゲーム?」
「異世界のダンジョンってこんな感じなのか」
「さぁ。でも過去にはそこら中にあったって。もう転生者が攻略し尽くして残骸しか残ってないって話だけどね」
ガーネットの話は昔、村で両親に聞いた話と一致する。冒険者まがいの事をしていたらしいが、両親が若い頃には既にダンジョンは絶滅していたとか。
「問題は出口ですね。さっきから結界を破壊できないか試していますが、ビクともしません」
『まずはジョブを選んでみよう!』
目の前のテロップがしつこく繰り返される。
よく見ればその下に五つの文字が浮かんでいた。
「戦士、戦士、魔法使い、僧侶、盗賊。典型的なRPGの職業だな」
試しに戦士を選択してみると、俺の目の前に半透明のウィンドウが現れ、戦士の選択肢が一つ消えた。
Lv1:クロウ 戦士
最大HP 10 (+5000)
最大MP 5 (+2500)
攻撃力 6 (+8003)
守備力 6 (+8001)
器用さ 6 (+8000)
状態:ロマーニャの加護、兄妹の絆
俺の身体が薄く光り、ボロボロの革鎧と一本の剣が腰に現れる。いかにもな初期装備である。
「それが兄さんのステータスですか?」
どうやらこのステータス画面は他人にも見えているようだ。
それにしてもロマーニャの加護か。初出でだが、ロマーニャとは俺の母さんの名前である。
「なら私は僧侶!」
僧侶は僧侶らしくローブ姿になり、これまた初期装備らしいメイスが現れる。
Lv1:シルヴィ 僧侶
最大HP 5 (+0)
最大MP 7 (+0)
攻撃力 2 (+3)
守備力 4 (+1)
器用さ 8 (+0)
状態:なし
「えぇっよわっ」
シルヴィは状態なし。括弧内のステータスの数値が低いため、ロマーニャの加護にはバフ的な要素があるのだろう。
Lv1:クロア 魔法使い
最大HP 5 (+2500)
最大MP 15 (+9999)
攻撃力 6 (+3003)
守備力 4 (+3001)
器用さ 6 (+8000)
状態:クラウディアの加護、兄妹の絆
「なぁ、お前らってもしかして勇者だったりするの? いくら何でもステータス強すぎだろ」
俺達兄妹のステータスに呆れながらオービスがしれっと盗賊を選ぶ。
ステータスを覗き見ても状態はなく、シルヴィと似たような数値だった。
『このダンジョンでは、誰もが初心に戻り、緊迫した戦闘と達成感を得られるでしょう。魔物を倒し、装備を集めてボスに挑もう!! .........くくくッ』
テロップは怪しすぎる含み笑いを残して消えてなくなり、俺達は初期装備に包まれたまま立ち尽くした。
「それで、どうするの? 進む?」
「でもさ、こういうのってワクワクするよな。もしかしたら転生者用のダンジョンチュートリアルかもしれないぜ」
「なるほど。そういう見方もできなくはないですね。幸い兄さんと私のステータスは高いみたいなので進んでみましょうか」
ゴツゴツとした地面を踏みしめる感覚はリアルで、洞窟特有のすこし肌寒い空気が心地良い。ステータスの関係上俺は先頭に配置され、最後尾にクロアが控える。
一体どんな脅威が待っているんだと怯えながら進み始めた矢先の事だった。いきなりダンジョンの魔物らしき生命体が進路を塞ぐように現れ威嚇してくる。プルプルとした質感のそれは、一匹のスライムであった。
液状の身体にコアのような目が二つ。飛び跳ねながら懸命に移動する様子は可愛い。
「スライムだ。何気に異世界初スライムじゃん! 私にやらせて!」
興奮したシルヴィが可愛いスライムの前に移動し手に持ったメイスを振り下ろす。
――むきゅぅぅぅぅ
たったそれだけでスライムは破裂して死んだ。
散り際の悲鳴とスライムの目がむなしく転がる。
「......なんか、罪悪感がスゴイ。これ全然楽しくないんだけど?」
スライムの体液がべっとりついたメイスを墓石のようにコアと並べ、シルヴィが戻ってくる。
「私やっぱり無理! 異世界来たから俺TUEEEしたかったけど道徳的に厳しいかも」
「へへ、なら次は私がやってもいい?」
「駄目だよ。可哀想じゃん!」
せっかくのダンジョンであったが、どうやら俺達は楽しめそうになかった。
生き物を殺すというのはどうしてこうもキツイのだろうか。
「ならこうしようか。魔物は倒さず出口まで行こう」
それから俺達のまったく面白みのないダンジョン攻略が始まった。
現れたスライムやゴブリン、コボルト、リザードマンを気絶させてどんどん先へと進んでいく。どうやら魔物を倒してレベルを上げないといけないらしいが、俺のステータスとチートの前では全てチョップで片付くので問題なかった。
悪質なトラップは魔力に敏感なクロアが事前に解除し、特になんの冒険要素もなく入り組んだダンジョンを進んでいく。
帰ったらどういう温泉を作ろうかと談笑する余裕すらあるとても順調な攻略だったが、やはり世の中そう上手くはいかないらしい。
それはミノタウロス的な魔物をチョップで気絶させた時に起こった。
『ちょっとまったあああ。さっきから見てたけどアンタら何してんの!? 魔物は一体も倒さないし宝箱には触れないし、ていうかレベルアップもしてないくせになんでそんなに強いわけ!?』
最初に見たテロップである。
「チートのおかげかな?」
『ちーと? まさか、ご主人様と同じ......え? どうするの? 倒せる? そんな途中で放り出す機能なんてないわよ!! はい!? ムリムリ! 私はアシスト枠だから!』
「誰かと話してるっぽいね」
このテロップ、どうやら話声をそのまま文字に起こしているようだ。
内容からしてダンジョンの主は転生者ということだろう。
だったら話は早い。ボス部屋まで直行して外に出してくれるように頼み込むのだ。
しかし、テロップが消えてからというもの、トラップや魔物の数が尋常ではなかった。他にも、慣れない洞窟の地面にシルヴィとオービスが頻繁に躓くので、今では洞窟の中だと言われなければ気づかないレベルで明るい。
せっかくクロアが空気を読んで控えめな光源で抑えていたのだが、これで増々探検要素はなくなった。
「歩くの疲れたー! クロアちゃん、ガーネットの部屋掃除した時みたいに浮かして運んでよー」
「それ私も体験したいかも。へへ、空飛ぶ魔法ってあるにはあるけど魔力エグいほど消費するんだよね」
「嫌です。私だけしんどいじゃないですか」
プイっと頬を膨らましたクロアがにじり寄ったガーネットから逃げるように向かってくる。
その様子を見ていたシルヴィに閃きが舞い降りた。
「あっ、すっごい良い事思いついた。私天才かも」
その良い事とは、まず俺がクロアをおんぶし、クロアが他の三人を魔法で浮かす。
そして俺がダッシュで魔物を蹴散らしながらダンジョンを攻略するというものだった。
「嫌だよ。それ俺がしんどいじゃん」
「かーー。兄妹揃って似たような反応しちゃってさ。最終攻略フォームは最速でここを抜ける妙案なのになぁー」
「そうだぞ、クロウ。お前の犠牲で俺達全員が楽できる。主人公っぽいだろ」
俺は別に主人公になりたいわけでも、偽善に燃えてるわけでもないから無理だな。
「そういうならオービスだってこの状況を一発で解決できる魔法は作れないのか?」
「それは、その......はぁ、できそうにない。チートに干渉できる魔法はない。新しい魔法でチートを作れないか検証した時に分かったんだ。チートでチートは生み出せないし、チートに対抗するにはチートが必要だ」
「ということは、転生者がもし襲い掛かってきたら、オービスの魔法生成も、私の無限の魔力も効果ないということですか?」
「効果ないわけじゃない。相性もあるけど、基本的にこの世界にある既存の力はチートに絶対的に劣るってことだ。でも無限の魔力って要するに無限のエネルギーってことだから最強っぽいけどな」
もしも戦いになったら俺は強制的に参加決定ということだった。最悪である。
「うーん。意味わかんない。クロウのチートはセーフなの?」
「おそらく杖術はクロウ自身をチートで強化する。だからクロウそのものがチートになるんだ。でも、クロアのチートは無限の魔力。そのチートによって強化されてるのはあくまでクロアの魔力量であって魔法じゃない」
まあクロウ達はチートだけじゃないっぽいけど、と小声で付け加えたオービスがステータス画面を出す。そこにはやはり、なんの変哲もない平凡なステータスが表示されていた。
その後も歩くこと数十分。数多の雑魚魔物を気絶させてきた俺達はついにノーキルで次のエリアへと続く階段を発見した。
その前を陣取っているのはボスの風格を宿した大きな鶏だ。
「兄さん。あれって」
周囲に置かれた雑魚魔物の石造が、あからさまに石化攻撃をしてくることを説明していた。
――コーカッ、カッ。コーカカッ。
鳴く度に柔らかそうなトサカがサイドに揺れる。嘴から溢れた涎が首に滴り落ちて石化し、弱点だったはずの細い首は文字通り岩盤に守られていた。
「これがダンジョンのボスか」
ゴクリとオービスが固唾を呑む。
「階段を守ってますし、中ボスでは?」
「風格だけならラスボスだな」
弱点の無さそうな鶏だが、気絶させるだけなので別に急所は必要ない。
クロアから相棒を受け取り、転移でトサカの横に運んでもらいチョップをかます。
このコンボから逃れた魔物は今のところいない。ちなみに仕組みは分からないがちゃんと痛みが残らないよう優しく気絶させてるので安心してほしい。
――ホゲッー
鶏らしくない声を上げながら、涎を撒き散らして気絶した。
「うわっ、えっ、はっ!? ヤバイ! やばいばい!」
何やら騒ぎ出したオービスの元に戻ると、右腕が石化したオービスがいた。
「あちゃー、右腕だけでよかったね。バトル中に石化したら死亡扱いだったよ」
「よくねぇよ!!」
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