第13話 五人の厄介者




 ガーネット・タング・ラベルドは、引きこもり系TS転生者である。

根っからのインドア派で転生して以来、裕福な家庭に甘え引きこもっていた。

前世で培った電気屋としての知識を生かし内政チートでも、と考えたが授かったはずのチートが全く使えないためすぐに諦めたそうだ。


「な、なるほど。調教と出ました。おそらくテイマー関連のチートでしょう」


ガーネットには悪いが、たしかにほどんど役に立たないゴミチートだった。なぜなら、この世界には魔物がほとんどいないのだ。

弱いゴブリン等の小さな魔物はまだ絶滅していないが、大型の魔物となると辺鄙な村周辺でも見なかったのだ、もう絶滅したに違いない。


「調教かぁ、私動物苦手なんだよねー、へへへへ汚いじゃん?」


お前が言うな。俺達の心がまた一つになった瞬間だった。


「戦えない、魔法もそんなに使えない、美貌はあるけど男に言い寄られてもあんまり嬉しくない。そんな憐れな私に追い打ちをかけたのが、愚弟よ。精錬チート、鉄やら石やらを好きなように加工できるチートは、両親のお眼鏡にかなったし街の住民の生活を向上させて信用も得た。いよいよ私の立ち場がなくなって、ヤケになってここに引きこもったってわけよ、へへへ」


今まで二人の両親を見かけたことがない。きっともう亡くなってしまったのだろう。


「でもさ。ここの馬とか伝書鳩とか需要はあるんじゃないの?」


「そういうのはラーニャがやってるから。ほら猫耳の」


「あー」


獣人故に親和性が強いのだろうか。そうなるとガーネットは完全なる穀潰しというわけだ。


「私は愚弟やラーニャ達に、へへ、厄介者って呼ばれてるの。でも、ここに籠ってれば何も聞こえないから平気」


虚ろな目で魔法を唱えると、複雑な魔法陣が壁に刻まれる。


「これは、音を遮断しているのか。でも、こんな何もない部屋にいて頭がおかしくならないのか?」


心なしかガーネットと距離が近くなったオービスが心配する。しかし、その目は完全に胸を見ていた。オービスよ、ソイツの中身は男だぞ。いやでも現世では身体は女だしアリなのか?


「へへへっへへ。実はね。ここに......」


泣きわめいてなんとかクロアから死守したゴミ棚から一台の端末を取り出す。液晶モニターにも見えるそれは、前世のタブレットに酷似していた。


「これ、魔力を通すと起動するんだけど、ほら、分かる?」


「これは、お? おお?? おおおお!!」


ガーネットとオービスがタブレットを見て盛り上がる。何が映っているのか見ようと近づこうとしたら、クロアに肩を抑えられて止められた。


「不潔ですね。まぁ、私には関係ないのでいいですけど」


「ハッ! ち、違うんだクロア。これはその、男として、な?」


チッ、と小さくしたクロアが顔を逸らした。脈ありどころか完全に拒絶されてる顔逸らしである。


「元は電気屋で働いてたって言ったじゃん? へへこういうの得意でこっちで色々試行錯誤して完成させたんだよ。この魔力を動力とする機械技術を開発しなかったら、今頃本当に愚弟に追い出されてたよへへへへ」


「どれどれ? うわっ、これここのお風呂場? 元は男だけど、今は女なんだよね? これで興奮するの?」


タブレットを覗いたシルヴィのおかげでモヤモヤが解消した。さすがはシルヴィだ。


「する。今は男でも女でも身体は反応します! へへっ」


「はぁ、その話はもういいです。部屋も綺麗になったので本題に入りましょう。私達は貴女を働かせるようにフォードに言われています」


「げぇ!?」


「ですが、貴女のチートでは難しいでしょう。そこで」


クロアおばあちゃんが、初めてガーネットに笑顔を向ける。


「私達で一つ、街の復興に欠かせない大きなものを作るのはどうでしょう? どうやらフォードは私達を厄介セットとして邪魔者扱いしているようですが、やればできるというところを見せてやりませんか!」


「復興に欠かせないものって?」


「それはもちろん。生活の基盤、水道ですよ。近くの川から水を引いて街の近くに畑を作りましょう。あっ、温泉を作るというのはどうです? 源泉がなくても魔力で熱を起こしてお湯にするんです。魔力の少ない住民の皆さんも利用できるように、小さな魔力でも起動するようにして――」


アイデアの溢れ出るクロアと対照的に、かなりの重労働を予感する俺達の気分は下がっていった。


「温泉! さいっこうのアイデア!」


訂正、ガーネットだけは賛成のようだ。まぁ女湯に合法的に入れるからな。

こうして、ラベルドの復興が完了するまでの間、邪魔者達の一大プロジェクトが始動したのだった。




 出口がないので窓から外に出ると、スープのいい香りが漂ってくる。門付近に設置されたテントにさっきの大鍋が五つも並んでいた。


「おー、配給! 貰っていこうよ!」


「ちょまって、まだ外界に馴染めてなくて苦しい......」


苦しむガーネットに心配する振りをした狼が寄り添う。


「大丈夫か? ほら肩かしてやるよ」


まぁ、中身が男同士でも愛さえあればいいのさ。

テントには案の定長蛇の列ができており、とてもじゃないが貰えそうになかった。


「炊き出しは諦めよう。最悪シルヴィの栄養ゼリーがあるだろ?」


「えー、あれ不味いじゃん」


「分かってるなら改良してください」


 ぶつくさ文句を言うシルヴィを引っ張り、屋敷の中に戻る。目的は温泉の許可だ。真面目な前世を送ってきたので地主に無断で温泉を作ったりはしない。

フォードの屋敷に侵入するのも慣れたもので、給仕の人も俺達を見て驚くことはなくくなった。


貴族の屋敷にしては質素な廊下を我が物顔で進む。こういう大きな屋敷の中を進んでいるとよく貴族になった気分だなんだと言うが、正直ホテルに泊まりに来た観光客みたいな気分にしかならなかった。


 目的の気配まで一直線に進んでいると、近くの部屋から記憶にある気配を感じる。できれば会いたくないその気配は、ちょうど通りかかる寸前に扉から出てきた。いつかの薙刀少女だ。


「やぁ、また会ったね」


髪を束ねエプロンを身にまとう姿がなんとも様になっている。だが、それを素直に褒めるには気配が鋭すぎた。


「穏やかじゃないな。もう少し力を抜いたほうがいい」


「兄さんに文句でも言いに来たんですか?」


「違う違う。私はそんな野蛮な人間じゃないよ。ただ怪しい集団が通りかかったから屋敷の使用人バイトとして確認しておこうと思っただけ」


薙刀も持っていないようだし、その言葉が全部嘘というわけではないのだろう。


「君達のことはフォードから聞いてるよ。全員転生者なんだってね。ん? ガーネット! ヒキニートが部屋から出てるなんてどうしたのさ!」


「へへへ、私もそろそろ働こうと思ってね」


ガーネットの事も知ってるということはこの街に長いこと滞在していたことになる。彼女はきっと、あの晩俺達が何もしなかったことを怒っているはずだ。申し訳ないとは思うが、ここは早めに退散しよう。


「あー、俺達フォードに用事があるからもういかないとー」


俺の名演技を彼女がノーリアクションのままジッと見つめてくる。まるで心を読まれているようだったが、クロアにいつも読まれているので大して違和感はなかった。


「クロウ、君の名前は覚えたよ」


彼女の小さな声が俺の耳に届く。サスペンスホラーにならないことを祈るばかりである。



 フォードの部屋をノーノックで開け放った俺達は開口一番に要望を口にした。

メリルとアリスを両脇に侍らせ、両手に花状態のフォードは忙しそうに精錬を発動していた。


「街の横に温泉作ってもいいか?」


「は? 温泉? ガーネットをひっぱり出したのには感心するが、いきなりだな」


「フォード様、手元に集中してください」


精錬途中だった鉄っぽいのがグニャっと曲がる。


「アリス、一旦休憩しよう。今はこの厄介セットの相手に集中したい」


「わかりました」


随分な言われようである。だが、厄介セットたる俺達は全く気にならなかった。

それより、アリスと呼んだ少女のほうに興味がある。浮気ですか?

いや、反対側にメリルもいるし一夫多妻?


「どうやら私達は復興の邪魔らしいのですが、それでも何か力になりたいと思い街の隣に水を引き、温泉を作ってみんなの疲れを取りたいと考えてます」


クロアの力説にフォードは眉を顰める。


「怪しいな。何を企んでる?」


「愚弟! 温泉は私が管理するから! だからいいだろっ!」


身内には強きなガーネットが胸を揺らしながら訴える。そのお色気攻撃はフォードにも効果抜群であった。さすがは元男。男の弱点をよく知っている。フォードの視線が胸に集中し、やがて溜息と同時に許可を出した。


「......まぁ、迷惑かけないならいいが、こっちは街のことで忙しい。手は貸せないぞ」


「へへ、やった、温泉!」


将来フォードはハニートラップに注意したほうがいいな。後で猫耳メイドに教えといてやるか。




 フォード曰く、北のヨドンナ高原は立ち入り禁止らしい。ジェフェス帝国への挑発になりかねないとかで施設を作るのは禁止だとなのか。

そこで俺達が目をつけたのは、ベロニアを見つけた川のある森だ。

別に温泉を掘り当てるわけじゃないので場所に拘りはないが、水源は近ければ近いほど労力が少なくて済む。


森に入って早々、若干息を切らしながらガーネットがあることを思い出した。


「そういえば! この森は曰く付きだって昔お袋に聞いたことがある。なんでも凶悪な魔物が住み着いているとか。絶対に近寄っちゃダメってよく釘を刺されたなぁ」


「魔物ですか。鹿っぽいのなら見ましたよ」


「鹿? あぁ、へへ、あれは魔物じゃないって。ただの鹿だよ」


「......」


どうやら俺達はただの動物に敗北したらしい。


「昔ラベルドの西側にはもう一個小さな街があったんだ。とっくの昔に滅んだんだけどね。へへへ」


滅んだとはなかなか物騒な言葉だった。


「その理由はわかってるんですか?」


「お袋が言うには宗教戦争らしいよ。ヨドンナ高原って今でこそ山と原っぱだけど、そこにジェフェス帝国の領地があったんだ。そこでウチの国と帝国がぶつかって、ラベルドで隠れキリシタンみたいな連中が街を占拠してるって密告があってーへへへ、滅んだらしい」


どんな世界でも似たような歴史があるということか。


 鬱蒼と生い茂る木々を避け、川を目指す。

転移しないのは街からのアクセスを確認するためだ。この様子だと道の整備なども必要になるだろうな。


「水の音です。もうすぐつきますよ」


「......」


クロアの言葉に誰も返事を返さない。シルヴィもオービスもガーネットも、運動不足で疲れていたのだ。


 水の音が一層と激しくなり、葉っぱをかき分けると川が視界に入る。重症のベロニアを救った時と似た景色が広がっていた。


「この川の水を使いましょう。あっ、でも川の先に街や村があったら大変ですね。オービス、遠くを見れる魔法を作ってください」


「えぇ、ちょっと休憩させてくれよ」


「はぁぁ、仕方ないですね。五分だけですよ」


岩に引っかかった細い流木を拾う。それだけで木はチートにより立派な凶器として生まれ変わる。

凶悪な魔物が現れたら追い払うためだ。念には念をである。


「綺麗な水だなぁ。あの山から流れてるのかな。錬成に十分使えそう。クロウ、ちょっと散歩しにいこうよ! 果実とかあったらジュース作ってあげる」


「お、いいな」


「ズルっ。俺の分も作ってくれよ!」


魔法大全を開きながらオービスも話に入ってくるが、側にいたクロアの威圧にすぐに作業に戻った。


「兄さん。あまり離れないでくださいね。何かあったらすぐに呼びます」


「うん。頼むよ」


少し不貞腐れたクロアに笑いかけ、シルヴィと森の中を進んだ。




 果実を探そうと森を進んでいるのはいいが、俺もシルヴィも自然豊かなロイス村出身のくせに、そういう知識は皆無であった。どういった所に果実が実り、それは食べれるのかどうかの見分けがつかない。


つまり、俺達はただ森を歩いているだけという状況に陥っていた。

それもまた平和で悪くないと思っていると、シルヴィがポツポツと話始める。


「クロウって結構妹想いだよねー。村ではいっつも私の家に来てたのに、なんかクロウの違う一面を発見した気がする。でもさ」


前を行くシルヴィが振り返り、遠慮がちに口を開く。


「前世の記憶もあるし、こっちでも十年以上経つわけじゃん。えぇと何が言いたいかっていうとさ。ちょっとベタベタしすぎなんじゃないかなぁーって」


珍しく見せた暗い顔。シルヴィからしたらそう感じるのかもしれないが、俺からしたらクロアと一緒にいる時間のほうが長いのでそんな気はしなかった。


「そうかなぁ」


「そうだよ!」


シルヴィがそう言うならそうなんだろう。気を付けよ。


「あ。いま思考放棄したでしょ。クロウってすぐ顔に出るからなぁ。駄目だよちゃんと考えないと。ふふ」


そう言いながら枝を押しのけてグイグイと先を進んでいく。俺としては顔に出にくいタイプだと思っていたのだが、十五年という年月には敵わないようだ。


「ねぇねぇクロウ見て、あれブドウっぽくない?」


木にぶら下がった緑の房。どうみてもシャインマスカットだ。


「取ってみるか」


棒を届く範囲の房に近づけた瞬間、棒の尖端が見えない何かに掴まれる。


「ん? なんか引っ掛かった」


動かなくなった棒をチートの力で強引に引き剥がす。枝が棒に引っ張られるように揺れ、木全体が軋んだ。

剥がした棒の先にはネバネバの糸が絡まっている。


「く、クロウ、あれ」


生い茂る葉っぱの間から、ゆっくりと八つの目のが現れる。すぐ近くにいる俺達が見えていないのか、木の上をゆっくりと歩き回り始めた。


「私蜘蛛駄目なんだけど、もしかしてあのブドウって卵なんじゃ......」


「俺も蜘蛛は苦手だな。襲われる前に離れよう」


背中についた大きな顔の模様が俺達を見ているようで居心地が悪い。

こんなデカい蜘蛛今まで見たことなかった。もしかしたらガーネットの言っていた凶悪な魔物かもしれない。


「そだねー。ん? あそこになんかある。ほら石造りの」


戻ろうとした俺の服を掴んで、シルヴィが蜘蛛の向こうを指す。

そこにはたしかに石造りの柱が見えた。

ただ、ほとんどが木に隠れていて確認しようにも巣の修正に忙しい蜘蛛が邪魔だった。


「ホントだ。クロアに頼んで直接転移しよう」


「あ、賛成ー。いくら蜘蛛が嫌いでも巣を壊したら可哀想だもんね」


せっかくチートがあるのだから選択肢は無限大である。暴力反対!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る