最強すぎる兄妹

第12話 TS転生者






「お前達には街の整備を担当してもらう」


翌日、完全に信用を無くした俺達は街の瓦礫撤去をさせられていた。狩猟班は見事に首となったわけだ。


容赦なく照り付ける日差しに汗を流しながら、お目付け役の騎士と一緒に大きなブロックを台車に載せる。


「ふぅ、屋敷まで持って行きますので、すこし休んでいてください」


ここの騎士は日本人も真っ青になるくらい働き者だ。

相対的に不真面目となってしまった俺は、適当に腰を下ろし晴れた空をボーっと眺める。

異世界に来てまで労働しないといけないなんて、やはり生きるとは働くということで間違いないようだ。全国のニートには厳しい現実かもしれないな。


「兄さんが真面目に働いているなんて珍しいですね」


クロアが太陽を遮るように顔を覗いてくる。彼女はベロニアにからかわれて以来、俺のことを兄さんと呼ぶようになってしまった。お兄ちゃんよりは大人っぽくなったかもしれないが、少し寂しい気もする。


「まぁ、なんとなくね」


今頃、シルヴィとオービスも街のどこかで働かされているはずだ。

ラベルドの復興は、前世では考えられない程ハイペースで進められていた。

領主邸に運ばれた黒焦げの瓦礫が数分後には新品の石材になって街ヘと戻っていく。


「クロアはサボり?」


「まさか。もう二軒建て終えたのでノルマ達成です」


重い瓦礫も魔法で楽々だなんてチートだ。


「チートですよ?」


合流したのはいいが特に話題もなく二人で平和な時間を過ごす。兄妹なんてそんなもんだろう。

気分は家族で行ったキャンプだ。最初はいいがすぐに話すことなんてなくなる。

でも、こういう異世界生活がずっと続けばいいなと俺はギラつく太陽にお願いした。


「兄さんそれフラグです......ほら、さっそく厄介事がやってきましたよ」


慌てた様子のお目付騎士さんが走ってくる。


「大変です! あの錬金術師の人が、大変なんです!」


心配しなくて大丈夫だ。クロアが慌ててないってことは、大して大変ではないということだからな。


「ほら兄さん。早く立ってください。いきますよ」



 現場は散々なことになっていた。慌てなくていいと言ったが、慌てたほうがよかったかもしれない。腕を組んだフォードが、散乱する瓦礫の中心で座りこむオービスとシルヴィを見下していた。


「もういっぺん言ってみなさいっ、アンタの顔面ドロドロに溶かしてやるからねッ」


「そうだそうだ! もっと言ってやれ!」


「役に立たない奴らを使えないと言って何が悪い? 何度でも言ってやるよ。お前らは転生者のくせに子供にも劣るクズだ。台車もまともに運べない、狩りもできない。これ以上簡単な仕事は無いぞ?」


フォードとシルヴィ達が喧嘩していた。異世界では珍しい口喧嘩だ。平和で何よりである。

こっちに気づいたシルヴィが瓦礫を飛び越えて背中に隠れた。


「クロウ! 私錬金術師なのに奴隷みたいに重労働させられてる! 悪の貴族をやっつけてよっ」


盾となった以上役目を果たさなくてはならない。


「やいやい。うちのシルヴィをイジメてどういうつもりだあ?」


気分はボコられたチンピラを助けに来る兄貴分だ。ポケットに手を入れようとしたが、村人の服にポケットが付いてなかったので空振りした。


「こっちは車を報酬に用意してるんだ。ちゃんと働いてもらわないと困る」


「正論ですね。ですが、人にはそれぞれ得意分野があると思います。今回は偶々、瓦礫の運搬という分野で子供にも劣っただけのこと」


「そうだそうだ!」


「得意分野が錬金術だと言うなら俺一人で十分足りてる。でもまぁ、このままでは役に立たないのも確かか。はぁぁ。まぁいいだろう、ついてこい」


ふん、と鼻を鳴らして歩きだしたフォードの背に俺達は続く。するとフォードの側で控えていた猫耳メイドが振り返り顔を顰めた。


「.......ついてくるのはシルヴィさんだけで大丈夫です。他の方は持ち場に戻ってください」


シルヴィが一人で屋敷の中に?

心配だ。屋敷が爆発してもおかしくないぞ。


俺達はそのままフォードの背中を追うことにした。


「あの」


「ラーニャ、構うだけ無駄だ。その四人は厄介セットだと考えればいい」


「厄介......わかりました」


厄介セットか。悪くない。俺達は四人揃って始めて一人前って感じだからな。


「なんですかそれ。シルヴィさんはともかく、オービスはあまり役に立ってないんじゃ......」


クロアよ。そういう人も集団には必要なんだよ。たぶんな。



 屋敷の中は領主邸というだけあって部屋の数は多い。その中でも特に大きな部屋が一階奥の工房だった。フォードに連れられて中に入ると、職人が鉄を打つ音がダイレクトに鼓膜を揺らす。

庭にはみ出た巨大な煙突を外から見たことがあるが、中に入るのは初めてだった。作っているのは剣ではなさそうだ。


「ここでは主に住民のリクエストに応じた金属製品を加工している。俺のチートで作り出すのは簡単だが、それだと俺がいなくなった後この街の住民が困るからな」


さすがは領主、色々と考えているようだ。嫌な予感を感じシルヴィがげんなりしたような声を漏らした。


「安心しろ、お前達にしてもらいたいのは別件だ。いいか? いまから会う奴はかなりの変人だと心に刻んでおけ」


そう言ってフォードは鉄の塊を手に持ち、精錬と呟いた。硬い鉄が梯子状に伸び、やがて天井に当たる。


「ガーネット! 起きてるんだろ! ガーネット!」


ドン、ドンドンと穴が開かないか心配になるほどの床ドン、ならぬ天ドン。


「うっさいわねっ。こっちは忙しいのよ!」


返ってきたのは怒声だったが、職人の鉄打ちに掻き消されてほとんど聞こえない。


「ガーネットが喜びそうな客人が来てるぞ!」


「............」


ドタバタと天井に足音から響く。そして、フォードが梯子で突いていた部分に魔法陣が浮かび上がり綺麗な穴が開いた。


「チラ」


おでこと目が天井から生え、続けて長い髪の毛が重力に従い垂れ下がる。若干充血した目が来客を探して動き回っているのがホラーでしかない。


「紹介しよう。俺の現世での姉であり転生者でもあるガーネットだ」


「こ、こんにちは。ガーネット・タング・ラベルドです」


フォードの姉、ガーネットは引きこもり系転生者であった。



 姉であるガーネットを部屋から引き摺り出すか仕事させろ。それが厄介セットとなった俺達への表向きの要求だった。だが、梯子を登ってすぐ、俺はフォードが全く期待していないことに気が付く。魔法の明かりが灯す部屋の中は、窓もなく出入口すらない完全な空洞だった。


「うっ、なんですかこれ。ゴミ屋敷? なんか変な臭いがしてますよ」


「へへ、へへへっへへ。す、好きなとこに座って?」


テレビでゴミ屋敷の映像を見たことがあるが、それと全く同じで足の踏み場もない。

何時の物か分からないゴミが散乱している。さらに質が悪いことに、異世界には便利なビニール袋なんてないので剥き出しで捨ててあるのだ。最悪である。


「うっぷっ。か、かちょう.......」


オービスのトラウマがまた発動した。てかここでも発動するとか課長のキャラが濃すぎてヤバイな。


「これなに? このティッシュ? 濡れてるんだけど」


「あっ、それはたぶん触らないほうがいいかも、へへっへへへ」


シルヴィが顔を引きつらせてゴミ山にティッシュを捨てる。ベチャと嫌な音がなった。

ガーネットがゴミ山に手を突っ込み中から銀のコップを引っ張り出すと魔法を唱える。


「『水よ、我が手に』」


「オリジナル!?」


短い詠唱。その技術にオービスが食いつく。が、握りしめた拳から滲むように出てきた水を差しだされ、引っ込んでいく。


「ど、どうぞ。あっ、銀イオンで抗菌できてるから、そのままいけますよ?」


受け取ったコップの中を覗くと、案の定何かが浮いていた。


「こんな汚い物、口にできませんよ。この部屋最後に換気したのはいつですか? 窓が見当たらないんですが?」


クロアがゴミ山を手で崩すと見慣れた機械が顔を出した。

パソコンだ。ドデカいブラウン管のモニターとパソコン本体。


「へへ、それは力作でね。ちゃんと起動もするんだけど、ネットが無くて使い道ないって一人で爆笑したやつ、へ、へ、へ」


ガーネットは独特な笑い声を出しながら、さっきまで自分がいたであろう布団の上に移動した。片付ける気は一ミリもないようなので、俺達も仕方なく床に座る。


「これゴミの上に座ったほうがいいよ。床めちゃくちゃ汚い」


「ねぇねぇ、あの愚弟が寄こしたってことは、転生者なんだよね。チート能力教えて!」


ガーネットはキラキラとした瞳と同じくらい顔が脂ぎっていた。きっと何日も風呂に入っていないのだろう。


「その前にすこし掃除しませんか? それか場所を変えたいです。ここにいたら不健康になってもおかしくないですから」


「ダイジョブだって、ヒールすれば治るから。『神よ、我を癒せ』ってね」


ガーネットの身体が淡く光る。自身の生命力を強化する治癒魔法を健康のために使う人は初めて見た。万能な魔法ではないのだが、それでもこの部屋からでないガーネットには十分なのだろう。


「はぁ、では貴方の質問に答えます。私は無限の魔力があり、そこのオービスは自由に魔法を創造できます。そして、オービスの作った魔法で貴方の思考は筒抜けの状態です。ですので! 頭の中で変な妄想をするのはやめてください!」


若干顔を赤らめたクロアが吼える。なかなかにレアな光景だった。


「ま、まじ? え、じゃあ今考えてることもバレてるってこと?」


「ッ! 私はそんな軽い女じゃありません!!」


クロアがゴミに拳を振り下ろし、ゴミが埃と舞う。


「だいたい! 貴女は常識がないんですよ! ゴミの中で生きて、弟さんにご飯を持ってこさせて、それだけじゃないです! 貴女はどうして、さっきからいかがわしいことばかり想像してるんですか!?」


「ど、どうして、って言われても......どうしても? 習慣?」


ほう、ガーネットはヘンタイ系転生者だったか。


「兄さん、感心してる場合じゃないですよ! 貴女前世では何歳で亡くなりましたか? こっちにきて何年経ちましたか?」


「えと、たしか日本では高卒から電気屋で働いて、死んだのは三十後半だったかなぁ。こっちでは二十一年。へへへ、男三十年、女二十一年ってヤバくね? へへ、人生満喫しすぎかよへへへへ」


前世は男!? そういうパターンもあるのか。

なんかそう聞くと、結構綺麗な人だと思ってたが、ないな。


「つまり、五十代ということですね。では、私の方が年上なので遠慮なく言わせてもらいます! 片付けなさい!!」


クロアのその言葉に、俺達の心は一つになった。


(クロア、おばあちゃん?)


 そこからのクロアは、上京したての一人息子の部屋を片付けにくるお母さん状態であった。

ガーネットが何を言っても、力づくで抵抗しようとしても、無限の魔力により無双状態となったクロアの前では無力に等しい。


ゴミと同じく魔力で浮かされた俺達は、壁にぶち開けられた穴を通って外へ移動させらていた。臭い部屋から焦げた臭いが漂う空へと移り、自然豊かな故郷を懐かしむ。あの村の空気は美味かったなぁ。


「あぁ、まって! それは駄目、力作、力作だから!」


「使い道ないって言ってましたよね? なら不用品です。古臭いので捨てますね」


「あああああああ、私の力作が謎の時空間に吸い込まれたあああ」


一体何が起こっているのか分からないが、きっとクロアが正しいはずだ。

俺達はただ、この澄み切った青空を眺めていればいいのだ。



 なんということでしょう。絨毯のように敷かれていたゴミの山が綺麗さっぱりと灰になり、部屋のスペースを縮めていたブラウン管パソコンが消え、さらに変な臭いを放っていた敷布団もまた灰になってしまいました。

部屋に残された申し訳程度の小さな机と壁に空いたドデカい穴に匠のこだわりを感じますね。


「なんてことしてくれちゃってんのよお! 私の部屋がオープンになっちゃった、って、街なくなってるしいい」


壁の大穴からガーネットが顔を覗かせて大声を上げた。引きこもり過ぎて戦争があったことを知らないらしい。


「まだ終わってません。これから窓を作ります。シルヴィさん、錬成でこの木材を加工できますか?」


「え、あ、うん」


錬成によって手際よく窓のフレームが完成した。それを確認してクロアおばあちゃんは一回頷く。今日のクロアは一味違うぜ。


「ここに填め込んで壁の修復をお願いします。窓のガラスはこの素材で作れますか?」


ぶち壊された壁が綺麗に修復され、インベントリから出した素材のカスでガラスが錬成されていく。その様子はまさにチートであった。


「シルヴィ、お前の錬金術ってすごいな。なんでもありって感じで」


「え? そ、そうかな? まぁ、私だしね? 当然って感じかな?」


「兄さんシルヴィさん、まだですよ。開閉可能にしたいので扉についてるあの銀色のやつお願いします」


蝶番のことだろうか。意図を察したシルヴィがちゃちゃっと錬成する。


「そうです! これこれ、ほら、開きましたよ。でも、滑りが悪いですね。ココとココ、綺麗に研いでくれますか?」


クロアのこだわりによってガーネットの部屋は勝手にリフォームされていく。

その様子をガーネットはただ唖然と綺麗になった床に座って見ていた。


「すごい、愚弟と違って何でも加工できるのか。これは、アイツも可哀想や奴だなぁ」


初めて姉らしい表情をしたガーネットの横に座り、俺も兄らしい表情をする。

前世と現世を合わせたら妹のほうが年上だった場合、兄としてどんな顔をすればいいのだろうか。


楽しそうにシルヴィと窓をDIYするクロアを、俺達男三人、三者三様の顔で見ていた。



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