第10話 チートの力




 猫耳メイドと金髪縦ロールお嬢様ことメリルが言い合っている中、俺達はひっそりと部屋に侵入しフォードの様子を診ることにした。


「お前は......今フォード様は重篤な状態です。面会は不可能だ」


相変わらず俺に殺気を送ってくる猫耳メイドだったが、その圧はどこか弱い。


「実は私、こう見えて錬金術が得意なんだよねぇ。もし良かったら回復ポーションあげようか?」


「......」


「ちょっと待ちなさい! 貴女、平民でしょ? 錬金術なんて高度な術が使えるわけないじゃないの!」


シルヴィがクロアからポーションを受け取り、二人の前に掲げた。


「いやだなぁ、私をそんじょそこらの平民と一緒にされちゃー困りますよぉ」


ようやく自分の活躍の場が来たことに興奮して、メリルの肩に手を置きそっと顔を近づける。その様子はどう見ても怪しい薬を勧める売人であった。


「私が錬成したポーションを飲めば、死にたてホヤホヤくらいならビンビンよ」


「死にたて、ヒッ、貴女......ネクロマンサー?」


「それはありえません。ネクロマンサーはどの国でも見つけ次第処刑されてますから。ポーションを見せてください」


「ほい」


怪しげなポーションを受け取った猫耳メイドが蓋を開け、匂いを嗅ぎ毒見する。


「......買い取ります。今は手持ちがありませんが、必ずお支払います」


「ソイツの名は回復薬グレート。初期体力なら全快するから安心しなさい」


それはゲームの話だ。

毒見を終えた猫耳メイドが慎重にフォードの口へと注ぎ込むが、上手くいかない。

察するに異世界あるあるの口移しシチュエーションの時間が来てしまったようだ。


「じれったいですね。早くしてください」


だが、男のロマンはイライラしたクロアによって潰されてしまった。

魔法で回復薬グレートの液体が独りでにフォードの口の中へ注がれていく。


「ガハッ、ゴホゴホッ、ううっ」


「なっ、フォード様は怪我人なのですよ!?」


「チ、チ、チ。心配無用です。もし何処か傷付いてもグレートな効果ですぐに治りますから」


「あ、ありえない! 貴女達は常識ってものがないんですか!」


叱りモードに入った猫耳メイドがビーンと尻尾を膨らませてクロアとシルヴィに噛みつくが。


「フォード様? ラ、ラーニャ、フォード様が!」


「メ、リル? ラーニャもいるのか」


それもフォードが目を覚ましたことですぐに終了した。


「フォード様! フォード様っ!」


涙を流しフォードに抱きつく二人。そんな三人を俺達はニマニマしながら眺めていた。

異世界物で百回は見たシーンだ。まさか生で見れるとはな。


「ごほん、お取り込み中申し訳ないですが、色々と問題が山積みなのでは? 可能な範囲でなら私達も手伝いますよ」


「問題? まさか......ラーニャ、状況を説明してくれ」


「はい。フォード様は戦場で――」


あの街を復興するのに一体何日かかるんだ? 車だけ先に作ってもらえないかな。

なんて説明を受けるフォードを見ながら考えていたら、俺の足をちょこんとクロアが踏んづけた。



 その後、領主邸の前にあった瓦礫が騎士の手によって撤去、代わりに簡単なステージが用意され、領主フォードよりラベルドに住む住民への説明が行われることになった。


シェルターから出てきた住民達は大半の人がまだ理解できないといった様子で焼けてしまった家を見ていた。

騎士によって誘導された住民がステージ前に集められていく。流石はロイス村の二十倍の人口、整備されたスペースでは足らず焼け落ちた家屋の隣にも人がびっしりと詰められていく。


そんな住民達に紛れて俺達はフォードの演説を待っていた。もちろん、彼の領主っぷりを観察するためだ。

具体的に昨夜何があったのか、それは既に猫耳メイドの口から聞いていた。


「......」


正装に着替えたフォードがステージに上がる。無言で住民達を見渡し、一つ小さく深呼吸をした。


「まず、皆に伝えたい。我らがラベルド軍は、ジェフェス帝国、その将軍率いる本隊との戦争に、勝利した!!」


フォードの言葉に反応するものはいない。無理もない。戦争に勝っても自分達の生活する場が消えていては意味がないのだ。


「だが、失ってしまったものを考えると、勝利という言葉は相応しくないだろう。引き分けてしまったのは、全ては私の慢心であり、私の落ち度である。今、もはやラベルドに街はない。資源もなく、多くの騎士や冒険者を失ってしまった」


周囲の住民を見渡してみると、不思議と怒りや焦りを感じている者はいなかった。皆一心にフォードを見ている。


「しかし、私は諦めてはいない。失った命を取り戻すことはできないが、彼らが命をかけて守ろうとしてくれたこのラベルドを、私は、もう一度、取り戻したい! 私と、このラベルドに住む全ての民と一緒に」


その言葉に、人混みの中からポツポツと声があがり、次第に大きな歓声が沸く。


「やってやろうぜっフォード様」


「フォード様がいりゃなんとかなる!」


「フォード様の頼み事じゃ仕方ねぇなぁ」


なんだこれは。宗教か何かのマインドコントロールか!?


「お兄ちゃん。みんなフォードを慕っているだけです」


フォードが一礼してステージから降りていく。主人公ってやっぱスゲェんだなぁと俺は漠然と感動したのだった。


 フォードが住民にした要求は三つ。

一つ、余剰魔力の提供。生活する上で使わない魔力を特殊な装置で備蓄するらしい。フォードのチートによって生み出された機械の動力源になるのだとか。

二つ、資源の回収。これは街中でまだ使えそうな石などの資源をフォードのチートで再利用するのだとか。フォードのチートでは無から有を生み出すことはできない。

三つ、食料の確保。これが一番の問題でこのままでは一日一食の配給ペースでも五日後には空っぽになるとか。


これから過酷な生活が待っているというのに住民達は皆一様に明るかった。

不思議に思い近くにいたおばちゃんからフォードについての話を聞いてみると。


「え? フォード様を責めないのかって? 馬鹿だねアンタら。フォード様を責めたって時間が遡るわけじゃないんだからしょうがないでしょ? それに、私達はフォード様がこーんなに小さな時から知ってるんだ。努力家で真面目で一生懸命だって知ってんのさ」


どうやらフォードはおばちゃんも落としていたらしい。


「フォード様を? 責めるわけねぇなぁ。フォード様がいなきゃ今頃俺達はジェフェス帝国の奴隷さ」


事の発端がそのフォード様だと知らないおじさんが笑顔で答えてくれた。


「フォード様は俺が育てたと言っても過言じゃねぇ!」


歯抜けのおじいちゃんが声を張る。

どうやらこの街はフォード教の聖地のようだ。


「馬鹿なこと言ってないで早く行きますよ。ほらシルヴィさんとオービスが見えなくなります」


クロアに腕を引かれて街の外を目指す。フォードは俺達にも頼み事をしていた。

食料の確保だ。とりあえずできるだけ非常食を崩したくないらしい。

住民達が立ち寄れない森の奥地まで行って来いと無茶を言ってきたのだ。


だが、報酬に街の復興が終わり次第、車を一台くれるらしいので喜んで手伝うことにした。


「食料って要するに肉のことだよな。魔物とかって食えるのかな?」


「食べれるよ。村にいた時偶に食べてたから大丈夫」


「マジか、そういえばシルヴィの実家って猟師だったよな。フォードのやつも無茶言うなぁって思ったけどなんとかなるか」


安堵しているとこ申し訳ないが、まったく何とかならないのが現実である。


「オービス、実はシルヴィは一度も狩りに同行したことがない。それどころか、罠を設置したことも狩りの話を聞いたこともないぞ」


シルヴィの父親は娘に狩りなんて危険なことをさせるほどスパルタではなかった。

代わりに俺が跡継ぎとして育てられそうになって逃げだしたのは良い思い出である。


「ソ、ソンナコトナイヨ。私に任せて!」


「おい、無理はするなよ。別に使えない奴だなとか思ってないから!」


早足で歩きだした二人を追ってどんどん街から離れていく。ちらほら見えていた住民の姿もなくなり、辺り一帯を草木が生い茂る森の中へと入っていった。



「まず、野生の動物は音に敏感です。聞き慣れない音が聞こえると逃げます」


森を進むこと数分、唐突にシルヴィの猟師講座が始まった。


「次に、動物はニオイに敏感です。嗅ぎ慣れていない匂いがすると警戒します」


それくらい誰でも予想できる。もっと専門的な知識をお願いしたい。


「最後に、動物の子供を狙うのはやめましょう。子育て中の親は危険です」


「あの、シルヴィ? それくらいなら分かるっていうか、どうやったら音やニオイを消せるのかとか、最後のやつの見分け方とか、そういう詳しい内容が聞きたいんだが」


オービスが恐る恐るシルヴィに尋ねる。だが、前を進むシルヴィから答えが返ってくることはなかった。


 若干気まずい空気の中、当てずっぽうに進む俺達に幸運が訪れた。鹿だ。角が剣のような形してるけどたぶん鹿だ。


「シー! みんなしゃがんで!」


シルヴィの指示に従い茂みに身を隠す。既に向こうにはガッツリバレてるっぽいが意味あるのだろうか。


「えと、次はクロアちゃんが魔法で焼いて!」


「えええ!? い、嫌ですよ。私蚊も殺したことないんです!」


それは嘘だ。昔、畑の害虫を魔法で焼き殺した前科がある。だが俺は黙っておくことにした。


「な、ならクロウ! 首折って!」


「そんな残酷なことできるわけないだろ! 俺だって蚊も殺したことないんだぞ!」


「あー、もう! 使えない兄妹ね! いいわ、なら私がやる!」


足元の枯れ木に手を当て錬金術を発動する。小さな光が収まった後、そこには簡素な弓矢があった。

震える手で鹿に矢を向け弓を引く。四人全員がその様子を緊張して見守り、ゴクリと唾を呑み込んだ。


ブンと小さな音が鳴る。

放たれた矢は運よく鹿の頭部へと飛来し、次の瞬間には細切れになってしまった。


「え? いま、え?」


――pyaaaaaaa


「あ、これ鹿じゃない魔物だ」


オービスが一瞬の判断で俺の後ろに身を隠す。

だが、魔物が襲い掛かってくることはなかった。俺とクロアを交互に見ながら、ゆっくりと後退していく。


「怯えてるんだ。クロウとクロアちゃんの実力を感じ取ったのね。中身はまったく使えない兄妹なのに」


「使えないのはシルヴィさんもでしょ?」


俺とクロアは一緒になってシルヴィをジト目で睨む。魔物と動物の区別もつかないなんて見損なったぞ!


「ぐぬぬ、今のは違うから。動物っぽい魔物もいるから気を付けましょうって教えてあげようと思っただけだから」


「なぁ、大人しく果実とか探そうぜ。山菜とかさ」


オービスは早々に肉を諦めたようだ。たしかに未経験四人で肉は早すぎた。


「待って、もう一回、ラストチャンス! このまま帰ったらフォードに笑われるじゃん! あのキメ顔で、なんだ、ウサギの一匹も捕まえられないのか? キリってさ!」


無駄にクオリティの高いモノマネに免じて、ラストチャンスが与えられることになった。



 クロアの魔法で最寄りの川辺に転移して狩りを続行する。狙うは水を飲みにきた小動物だ。


「いいねぇ。いい感じの川だよ」


シルヴィが川の水で顔を洗う。それに俺達も続いたが、近づくにつれてなんか変なニオイがしていた。


「なぁ、なんか蝿が多くないか? 後臭い」


「んー、もしかしたら動物の死体とかが近くにあるのかもね」


なんでもないように言うが、異世界ではよくあることだった。ロイス村の周辺で何度か経験したことがある。

よく異世界物で真っ裸で森に放り出されるシーンがあるが、あれって虫対策どうしてるんだろう。


「上流で死体が引っかかっているかもしれませんね。まだ水は使わないほうがいいですよ」


「えぇ! もう顔にバシャってしちゃったよ! どうしよ!?」


「知りません。それより死体を探しましょう。もしかしたらそれを食べに来てる動物がいるかもしれません」


「それもそうだな。探知系の魔法を作るわ」


クロアの察知魔法はどちらかというと受動的な魔法で、探索に使うのは難しいらしい。


 俺は魔法の完成まで適当に捜索を始める。経験上、動物が死ぬときは木影か岩陰に隠れて死んでいることが多い。犯人がそこに隠している場合もあれば、最後の力で隠れて死んでいくのだ。

だが、川辺というだけあって大きな石がゴロゴロと転がっており、隠れたい放題なため経験は生かせそうになかった。


「よし、できた。その名も――」


「名前とかデメリットとかどうでもいいので見せてください」


クロアが魔法大全を奪い取り、すぐに魔法を発動する。


「ありました。かなり近いですね。でもこれッ」


クロアが急に走り出す。足場の悪い岩場に足を取られながらも、クロアはドデカい岩の後ろに回り込む。


「お兄ちゃん! こっちです! 人です!」


岩場の後ろにいたのは人、というか獣人だった。褐色の肌に丸い耳と短い尻尾、微かに上下している胸元には三日月のような痣があり、顔の造形もまた綺麗だった。

だが、彼女はその全てが台無しになるほどに弱り果てている。

壊死した左手が右の倍くらい膨らんでおり、そこから酷い異臭が漂っている。消えかけた命の灯に誘われたのか、蝿が身体中に引っ付いていた。

左手だけじゃない、よく見れば身体の隅々にできた裂傷が膿んで何かが蠢いている。


一目で分かる。この獣人はもうダメだ。何があったのかは知らないが、助からないだろう。俺達が見つけていなければ。


「シルヴィ、いける?」


「言ったでしょ、私の回復薬グレートなら死にたてホヤホヤくらいならビンビンになるって」


生き返るかどうかは分からないがやってみるだけの価値はある。

魔法により獣人の身体全体を回復薬が包み込む。だが、フォードの時と違い明らかに効果が薄かった。


「嘘つき」


「うっ、たしかに死人には効果ないかもだけど、まだ生きてるなら絶対治せるから! それにまだストックは一杯あったはず! クロウ、化膿止めとか作るから素材集め手伝って!」


そうして、俺達の救急救命が始まった。



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