第2話 再び表舞台に
§1 やはり仕掛け人が
「どないする? ジキータ」
ドクが訊いてきた。
「それにしても、なんでこんな話が。おかしいなあ。誰か筋書きを書いているものがいるのと違うかなあ」
モンキの感は鋭かった。後でわかったことだが、シカ爺が電話で話をしていた相手は、三足村動物病院の鍼灸師だった。鍼灸師に相談にでも行ったのだろう。
「ちょっと、ダラダラした生活に流れ過ぎていたかなあ。シカ爺みてると、ほっとけなくなったよ」
まんまと、鍼灸師の策にはまってしまった。
とりあえず、現地調査に出かけた。
ジキータたちの村、すなわち奥三足からは遠い。山を降りて、街道で路線バスに乗る。終点から、ひたすら歩いた。途中で、険しい獣道に入る。
ジキータは上空から道案内をするだけでよいが、モンキとドクにとっては、この行軍は苦行だった。体が鈍なまりきっていたのである。
動物村は廃屋が目についた。生活している形跡はあまりなかった。ほとんどが耕作放棄地だった。民家の庭先には、錆びた三輪車が転がっていた。
通りかかった老サルに訊いてみた。
「お婆さん。この村は静かだねえ。年寄りばっかりじゃない。若い衆はどこへ行ったの?」
「出稼ぎだよ。子供も連れて。昔は親に子供の面倒みてもろうとったけんど、今は連れて行く。まあ、子供の教育や就職のこと考えたら、都会がええのは決まっとる。それから、最近では近くの野山を縄張りにし、田畑を荒らすものも増えた。人間がせっせと育ててくれるから動物は苦労せんでも食べ物が手に入るらしい。けっこうな時代や」
老サルが笑った。歯が何本か抜けている。
「おまはんら、何しに来なすった?」
「限界動物村の現地調査を頼まれまして。我々、リサーチ会社の者です」
ジキータが出まかせを言う。
「いくら調査しても、もう遅いんと違うで。今まで何やっとったんや。何考えとるのやろ、行政は」
何頭かに訊いたが、同じような答えだった。最後に会ったハクビシンにシカ爺のことをそれとなく訊たずねてみた。
「あっ、村長のこと? ええ爺さんやで。村のこと一生懸命考えとる。けんど、議員連中は頑固で、話にならん。老害や、老害」
§2 乗りかかった舟だが
「どうする? ジキータ。お先真っ暗じゃない?」
「そうやで。シカ爺、孤立無縁やない。そんなとこに我々が入って行っても、苦労するだけやない」
モンキもドクも、あまり乗り気がしていない。
「断るのは簡単だよ。『意気地なし!』と鍼灸師が怒って、このシリーズ中止になるよ。それでもいいの?」
ジキータはプレッシャーをかけた。
変な連中が村に現れた、という話はすぐに広まった。
シカ爺はわが意を得たり、だった。
「ご連絡いただければ、お迎えにあがりましたのに。とりあえず、合同庁舎にご案内いたします」
深山幽谷、山水画の世界だった。三〇メートルはあろうかという巨岩がむき出しになっている。ここが合同庁舎のようだ。あちこちに低木が繁り、よく見ると、岩が摩耗している。通路になっているのだろう。少しでもスペースがあれば、事務机を置いている。定年間近の動物たちが働いていた。
「村長室といってもこんな狭さですからね。移転話はあるのですが、なかなか」
屋上の展望台に案内される。途中、ドクがなんども脚を滑らせそうになる。
「すばらしい眺めですね。やっぱり、農薬を使ったことのない畑は汚染されていない。畑の草の色からして違いますよね」
ジキータには一目瞭然だった。
「こんな土地を捨てなければならない動物の気持ちって、どんなんでしょうか。なんとか、昔の賑にぎわいを取り戻したいですね」
村長が握手を求めてきた。
「ありがとうございます。まあ、今日は村の衆にご紹介がてら、公民館でランチでも」
公民館とはいうものの、四本の大きな木立に、直射日光と雨露をしのぐための板を渡しただけのものだった。動物たちが集まってきた。多くは、ジキータたちと同年配かやや年上だった。
§3 長老健在なり
長老たちに引き合わされた。
イノ爺、サル婆、イヌ爺、キツネ爺、タヌキ婆らの冷たい視線があった。
「ふーん。消滅集落を再生したの。ここはそんなに甘うないで」
「リタイアして、昼間から酒くらっとるほうがよかったんじゃないの」
などと情け容赦ない言葉が浴びせられた。
ランチになった。やはり酒が出た。クルマの運転をすることがないので、安心しきって飲んでいる。
動物たちが酌をしにくる。
「よろしくお願いします。なんとか消滅だけは……」
話が核心に及び始めると、長老たちが咳払いする。座は当たりさわりのない趣味の話に傾いた。
「ご馳走になり、ありがとうございます。次回、プランを考えてまいります」
ジキータたちは長老たちにあいさつして回った。
「遠いので来るとき迷いましてね。どなたか若い方、送っていただけませんか」
宴席で目を付けていたイヌに、視線を送った。イヌは即座に反応した。
§4 過去が未来を引っ張る
イヌは道すがら、村の状況を話してくれた。シカ爺から聞いた内容とほとんど同じだった。
「これまでにも何度か改革の試みはあったのですよ。IT企業を誘致しようとか、観光でインバウンドを呼ぼうとか。そのたびに、イヌ爺につぶされました。若いころ、都会の学校で教えていたんです。村一番のインテリを自認しているのですよ。嫌な奴です」
プランの適否はともかく、若い人の話が聞けないインテリは有害でしかない。出る芽を摘んでしまう。
「タヌキ婆とキツネ爺の息子は出稼ぎに行ったきり、帰ってきません。嫁と折が合わなかったのですよ。サル婆とイノ爺の息子は、この村の若い衆を連れて近くの村を荒らしまわり、悪い噂が絶えません。まあ、この四頭はある意味、かわいそうな動物なんですよ」
「あなたは村の外に出たことは?」
ジキータが訊いた。
「生まれたのは都会です。祖父母がこの村にいたもんですから、一緒に暮らすようになりました。友達もできて楽しいですが、村に残ってるのはオスばっかり。ほとんどが独身ですよ。村の個体数が減るはずです。子供が生まれないんですから」
イヌは力なく笑った。
そう言えば、ジキータもモンキもドクも独身だった。今さら家庭を持ちたくはない。しかし、村に骨を埋めようという動物たちには、家庭を持つチャンスだけでも与えられれば、と思った。
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