第3話 アニマル・ファーム
§1 目線
ジキータは考え込んでいた。昼酒をする気にはならなかった。
案の定、ドクとモンキがやって来た。
「どうや? ええアイデヤ浮かんだ?」
「しかし、頑固そうな年寄り議員だったなあ。ドクが吠えないか心配したよ」
ジキータの集中力が途切れた。仕方なく、酒を取り出す。
「要は、村を出て行った動物をどれだけUターンさせるかだね。移住してもらうという手もあるが、いくつかの対策の一つでしかない。IT企業の誘致も効果は限定的だ。まあ、電気が引けていない村に、IT企業は来てくれないだろうけど」
「ジキータの言うとおりだな。それに、コンサル(タント)が考え付きそうなのは、どこにでも当てはまるが、大部分はどこも失敗する。上から目線なのかな」
モンキもよく分析している。サル真似に見えるのだろう。
「そやけど、あの野菜おいしかったなあ」
ドクが涎を垂らしそうだった。
「うん⁉」
ジキータとモンキが顔を見合わせた。
「ドクもそう思うたか!」
野菜に関しては、ジキータたちの村で獲れるものは絶品だった。「獣道(みち)の駅」の目玉商品に数えられていた。
ところが、シカ爺の村でご馳走になった野菜には、また別のうまさがあった。「獣道の駅」の店長に提案すれば、間違いなく飛びついてくるだろう。
§2 プレゼン
ジキータたちは再びシカ爺の村、奥根来動物村にでかけた。
合同庁舎の会議室で、長老議員と若手の代表を相手に、プレゼンテーションすることになった。
「あまりたくさんのことを提案しても、時間とアニマル・パワーに限りがあります。とりあえず、Uターンを促進するため、職場を確保したい。休耕地に再び鍬を入れ、農産物を作ってはいかがでしょうか」
ジキータの提案に若いイヌが顔をあげた。すかさず嘲笑が起きた。
「今さら野菜などつくってどうするんですか。私などもう飽き飽きですよ」
イヌ爺だった。
「あなたにもっと野菜を食べてください、と言っているわけではありません。販売するのですよ。成功例があります。人間に売れば、現金収入になります。これからは村にお金が必要な時代になりますよ」
「へっ。虫は食うとるし、見栄えは悪いし。村の野菜なんか売ったらバチが当たるで」
とタヌキ婆。村から出たことのないタヌキ婆は、よその野菜を食べたことがない。
「くわばら、くわばら」と、頭の上で両手を合わせた。
「無農薬栽培でも虫がつかない農法があるようですよ。ボクが都会にいる時、いちばん懐かしかったのは、この村の野菜でした」
イヌ青年だった。イヌ爺が睨みつけている。
「長い間、休耕畑だったところを耕すのは大変です。そこは青年団の出番です。問題は、畑仕事の経験がほとんどないので、今のようなおいしい野菜がたくさん作られるか大いに疑問です。
そこで、長老たちにぜひ伝統農法を、伝授していただきたい。どうか厳しく指導してやってください」
どよめきが起きた。
§3 スパルタ教育
長老たちが作付計画を立て、指導要領を作った。青年たちは休校畑に鍬を入れた。畑に動物たちの姿が目立つようになった。
「だいぶん人流ならぬ動物流が盛んになってきたな」
ジキータは野良の動物たちをみながら言った。
「後は村の外との交流だな」
モンキが何かを思いついたようだった。
「ジキータ。いまタヌキ婆たちが教えている農法、うちの村でも取り入れてみませんか。何頭か、若手を研修させればいいじゃないですか」
グッド・アイディアだった。
ジキータたちの農法は、三足動物村のイノ村長の直伝である。イノさんは専業でないだけに、オールラウンドではない。ジキータたちの畑の可能性が、もっと広がること請け合いだった。
ジキータたちの村から、研修生が派遣されてきた。
若者から中年まで、オスもいればメスもいた。中年といっても、元はサラリーマンやOLたち。農作業の経験は浅い。いわば初心者に対して、爺婆たちの厳しい指導が続いた。
ジキータたちがバスを降り、街道を歩き始めると、見知らぬ二匹のネコから声をかけられた。山奥ではみかけない、おしゃれをしたメスネコだった。
「百姓塾はどこですか?」
「なんや、それ?」
ドクが首を傾げている。
「奥地で農業を教えている塾があるって、ネットで知ったのですが」
二度あることは三度ある。例の鍼灸師の仕業だ。ウェブ小説か何かに書いたのだろう。
「ネットで読んだ」
という来訪者が増えてきた。
「都会の連中なんかに続くはずがないわ。そのうち、音を上げて逃げ帰るやろ」
などと爺婆たちは冷ややかだった。
例のネコたちなどは、「リボンが汚れるから」と実習を嫌がっていた。それが、今では首のリボンを鉢巻きに替えて、真っ先に畑に出ている。
§4 芽生え
日曜日。手持無沙汰だった。
村の上空を五、六回、旋回してみたが、いつもの平和な村だった。ジキータも飛行に関しては、幼いころフライング・スクールで厳しく指導された。あれがなかったら、少しの飛行で息切れがするようになっていただろう。
帰ってゴロゴロしていると
「ジキータさん。これ、村で獲れたものです」
シカ爺の村の青年だった。青年といっても、実年齢では中年の域だ。
「ありがとう。上がって行きな。どうだい、一杯?」
親切な勧めを断って、青年は足早に姿を消した。
ドクがブツブツいいながらやってきた。
「あの野郎。どこかで会うたような」
「タヌキのことかい? あれはシカ爺の村の若い衆だよ」
ジキータはドクに酒を注いだ。
「それが、うちの村の若いメスタヌキと一緒に、歩いとったんや」
ジキータは酒にむせた。
同じ類の話がモンキからも聞かれた。
モンキが村に帰っていると、若いメスキツネがシカ爺の村のオスキツネを送って行ってた、というのだった。
ジキータが密かに目論んでいたことが、起きようとしていた。
ジキータ、ドク、モンキには色の道は明るくない。何の力になってやることもできないが、シカ爺たちに若夫婦用の住宅の整備なども提案しなければならないだろう。
鉢巻きをしたネコが昼休み中だった。
「慣れましたか?」
「ええ。もう大丈夫です」
「二匹はどこに寝泊まりしているの?」
「この子はバスの終点近くの民宿。私は街道の途中にある古い民宿。庭に五右衛門風呂があるの。今朝も入って来たの」
なかなか快適そうな田舎暮らしである。
「でも、近々、この村で棲むの。カレができちゃって」
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