過疎化バスターズ

山谷麻也

第1話 ビジター


 §1 昼飲み

「ジキータはんは、おいでかのう?」

 突然の来客だった。


 例によって、昼食の前に一杯やった。いい気分になっているところに、サルのモンキとイヌのドクが訪ねて来た。

 ジキータは昼間から飲酒、ということの後ろめたさもあって、二頭を家に上げた。共犯者にさせられたモンキ、ドクは用事も忘れて、杯を重ねるのだった。


 ドヤ街の、三密酒場での出会いの話になった。

 あのころは新型コロナがまだ猛威を振るっていた。加えて、連日の猛暑日、他方で記録的な豪雨に見舞われたところもあった。

 都会は、人間はもちろん動物が棲むところではなくなっていた。

「ええタイミングで出会うたもんやなあ。ジキータからこの土地の話、聞かへんかったら、とっくに都会で野垂れ死んでたで」

 と言って、ドクは笑った。


「だれか来てるんじゃない? さっきから玄関で声がしているよ」

 トイレに立ったついでに、モンキが外をうかがった。

 ヤギの爺さんだった。


「悪いですなあ。盛り上がっとるところを。ちょっと、ジキータはんらに頼みがあってのう」

 爺さんは祖谷野いやや川の上流、根来ねごろからさらに入った奥根来動物村に棲んでいるという。

「それは遠いところを。お疲れでしょう。まあ、一杯」

 ジキータは敬意を表して、酒を勧める。

「奥地では娯楽はないし、動物たちは酒を飲むか、博打ばくちを打つかしかない、ということですが。酒はいける口なんでしょう?」

 ジキータが聞いたところでは、博打で田畑を取られた動物も多いらしい。家族のあずかり知らぬところで、家や土地が他人のものになっていたのである。

「それは人間の話ですよ。動物はそれほどひどくない。まあ、飼い犬が博打に負けて家屋敷を取られ、主人に大目玉をくらったことはありますが」

 大らかな話である。


 §2 消滅を待つ村

「ほかでもないのですが、うちの村も過疎化が進んでおりまして、消滅するのは時間の問題なんです」

 シカ爺は本題に入った。周りに流されないあたり、ダテに年を取っていない。

「消滅するとしたら、まず根来の辺りからでしょうね。私は上空からしか見ていませんが、人が住んでいそうな家は二、三軒くらいでしたね」


 キジのジキータは先月遠出して、根来あたりまで羽を伸ばした時のことを思い出していた。

「なんだ! 人がいっぱい、いるじゃないか」

 と近づいて見ると、案山子かかしだった。案山子といえば、畑や田んぼでボーッと突っ立っているのが仕事。しかし、根来では、まるで生きた人間のようだった。ベンチに腰かけていたり、道を歩いている。リアリティが違うのである。

「案山子がいくら増えても、国勢調査では村の人口にカウントされないでしょうから、過疎化は止まらないでしょうね」

 人間の世界のことだから、モンキも無責任なことを言う。


「違うんですよ。最初に申しましたとおり、消滅しかけているのは、うちの動物村なんです」

 シカ爺の言葉に、ジキータ、モンキ、ドクは顔を見合わせた。


 §3 限界動物村

 根来のさらに奥の動物村といえば動物の楽園、ユートピアだ、とジキータは思っていた。

 あんな奥地に、足を踏み入れる人間はまずいない。木の実が豊かに実り、飢餓の心配は無用。自然災害はめったに起きないし、今のところ環境汚染の影響もあまり受けていない。

「動物村が消滅って、どういうことですか?」

 いっせいにシカ爺に視線が注がれた。


「こちらが祖谷野村の人口の推移です。こちらがうちの動物村の個体数の推移です」

 シカ爺はフリップを準備していた。

「村の人口は最も多い時は一万人を超えていました。一九五〇年代後半に九千人台になり、『大合併』(〇六年)の前年に二千人台を割り込みました。直近のデータでは一千人をわずかに上回っている程度です」

 ジキータたちは、すさまじい過疎化の現実を突きつけられた気がした。


 合併によって、行政組織は身軽になり、収支は少しは改善したかもしれない。引き換えに、村は超スリム化が進んだ。公務員を筆頭に転職、離村を迫られる者が急増したのである。

 日本中で同じことが起きていたのは、上空から見学していて分かっていた。


「動物につきましては、わが村のデータしかありませんが、このように最盛期には五千を超えていた総個体数が直近では一千、ほぼ祖谷野村の総人口と同じくらいに減っています。特に最近の減りようは激しく、もう限界動物村といってもいいくらいです」

 シカ爺の話では、「限界動物村」とは過疎化・高齢化により、共同生活を営むことが困難になっている村のことを指すらしい。由々しき事態である。


「なんで、そんなに急速に個体数が減っているのですか?」

 ジキータには理解できなかった。

「人間の減少が原因ですよ」

 シカ爺は説明した。

 これまで、根来村には人間があふれていた。人間はもともと陰険で、凶暴だった。イヌを飼っている家も多く、動物たちは村を遠巻きにみているしかなかった。

 しかし、近くの村々は過疎化が進み、空き家が激増した。頭数では完全に、動物が上回ってきた。それに、村に残っている人間は年老いて、往年の元気はない。もはや牙を抜かれたトラだった。明らかに力関係が逆転したのである。

「祖谷野村といっても、動物の若い衆からすれば、大都会ですよ。電気は点いている。テレビはある。コンビニっぽい店もある。郵便局もある。診療所だってある。まあ、都会に憧れるのは当然です。動物村からどんどん若者が流出していったのも無理はないです」


 §4 シカ爺の頼み

「気の毒やなあ」

 ドクがシカ爺をなぐさめる。ドクはかつて「不夜城」といわれる繁華街で幅を利かせていた。若気の至り、今では思い出すだけで恥ずかしい。

「しかし、今日は勉強になった。年を取ると、たまにこういう話を聞いて、社会勉強するのもいいですね」

 ジキータたちが再生した消滅集落はすっかり軌道に乗り、今では左うちわ。昼から飲んでいても「昔、苦労された方々だから」と大目に見てくれる。結構な身分なのである。


「いや、私は出前講義に来たのではないのです。あなた方、桃太郎伝説の三銃士に、もう一度、歴史の表舞台に立っていただきたい。消滅した集落の復活ではなく、今度は消滅しそうな動物村の再生をお願いしたいのですよ」

 シカ爺は土下座して、床に頭をつけた。

「事情はよくわかりました。しかし、我々はもう年です。とてもよその動物村のお役には、立てそうにありません。どうぞ、顔を上げてください」

 ジキータは潮時とばかりに、立ち上がった。

「お年って? 私から見れば末の弟みたいなもの。奥根来動物村では青年団ですよ。どうか重ねてお願い申し上げます」

 ジキータ、ドク、モンキは顔を見合わせた。

「一週間、考えさせてもらおうか」

 ドクとモンキがうなずいた。

「いやあ。ありがとうございます」

 シカ爺は意気揚々と引き上げて行った。

 姿が見えなくなるや、誰かと携帯で話している声が聞こえた。

「大丈夫ですよ。うまく行きそうですよ」



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