お知らせとか、おまけとか

とある探索者たちの一日(前)

 ケイコは迷宮街外殻がいかくにある宿泊施設、通称 “冒険者の宿アドベンチャラーズ・イン” で暮らしている。

 優雅にホテル住まい……というわけではない。

 むしろ逆だ。


 都庁一帯と入れ替わる形で出現した “新宿ダンジョン” が仕事場な彼女である。

 一〇年前の『都庁消失』に伴う混乱で下がりに下がっていた公示地価・基準地価・路線価・実勢価格・その他諸々あれやこれや――がここ数年で持ち直してきたうえ、迷宮街という新たな需要の爆誕で、近隣の賃貸物件は以前にも増してバカ高い。

 これがホワイトカラーなら西武新宿線でも利用し、いっそのこと所沢辺りから……なんて選択肢もあるのだが、迷宮探索者はブルーカラーもブルーカラー。ガテン系もガテン系。身体が持たない。


 さらには血臭に、汗臭に、吐瀉ゲロ臭。

 自分の、仲間の、魔物の、ありとあらゆる悪臭がこびりついた身体。

 迷宮入口の警衛所で利用できるシャワーで少々洗い流したくらいではとれない。

 泥酔したサラリーマンの何倍もの香害だ。

 乗車拒否されても文句はいえない。

 迷宮内は時空が歪んでいるので、終電までに退できるとは限らないし、そもそも五体満足で出てこられるかさえ不確定だ。

 電車通勤など迷宮探索者には、ナンセンスだ。

 

 近場に部屋を借りるにしても、同様の問題がついて回った。

 徒歩で迷宮に通える距離に物件が見つからなければ、結局のところ公共交通機関を利用しなければならない。

 手を上げても探索者だとわかれば、タクシーは素通り。

 止まって後部座席のドアを開いたまではよかったが、次の瞬間には臭いが伝わり、すぐに閉められ走り去れることも多々あった。

 バスも利用客からの苦情で、迷宮帰りは乗車拒否が表明されている。

 魔物のを浴びてるかもしれない人間と、一緒になど乗れないというわけだ。

 

 ヘトヘト、ギシギシの身体で歩いて、または自転車で帰るのも辛い。

 たとえ数キロメートルでも辛い。

 どうせ寝に帰るだけの部屋だ。

 それならいっそ、迷宮のすぐ隣りのホテルに住んでしまった方がマシだ。

 多くの探索者が消去法で行き着き、諦観ていかんと共にチェックインしていた。

 

 ケイコが借りているのは、三階にあるシングルのエコノミー。

 八畳ほどの間取りに、セミダブルのベッド。テレビと電話器の置かれた横長のPCデスク。金庫、小さな冷蔵庫。ユニットバス。Wi-Fi完備。

 隣接する建物がないので窓からの展望はよく、副都心がよく見える。

 料金は一週間で五〇〇〇〇円。

 かつては新宿中央公園だった場所に建つホテルにしては、良心的な値段だろう。

 もっとも一ヶ月では二〇万を超える金額になるため、そこそこ稼げる階層フロアに潜れるようになるまでは、より安価な一週間一〇〇〇〇円の簡易寝台で他の探索者と寝起きを共にするしかない。

 その金すらないのであれば地下駐車場の冷たいコンクリートの上で、車と一緒に、彼らに轢かれないように注意して寝るしかなかった。

 だから探索者が武器と防具の次に買うべきは寝袋シュラフなのだ。

 

 稼ぎたい探索者の朝は早い。

 目覚ましアラームの電子音で六時に目覚めたケイコは、洗顔を終えて装備を身につけると、一階のレストランに向かった。 

 早い時間だが、ビュッフェ形式のレストランは開いている。

 五人の仲間パーティメンのうち四人は、すでにテーブルに着いていた。

 ケイコは、バタートーストと焼ソーセージとスクランブルエッグとエッグサラダを山てこに盛りつけた大皿とオレンジジュースを持って、仲間たちと合流した。

 挨拶もそこそこに食べ始めるケイコ。


 戦士(男)

 僧侶(男)

 魔術師(男)

 魔術師(女)

 

 も、朝からかなりの量を食べている。

 迷宮探索は、大学の名門山岳部出の探索者が音をあげるほどのハードワークだ。

 食べておかなければ動けなくなる。


 まだ起きてきていないのは、もうひとりの戦士(男)のようだ。

 先日全員がレベル7に認定された、古強者ネームド目前のパーティ。

 組んでそろそろ二ヶ月になるが、よいパーティだとケイコは思っている。

 生命を顧みない迷宮探索に手を染めているからには、それぞれにそれなりの理由があるはずだったが、適度な距離感を保持して誰もそこには触れない居心地の良さが、このパーティにはあった。


 毒液の買い取り額がまた値上がりしているようだと、女魔術師がいった。

 食事をしながらのスマホでの情報収集は、ビジネスマンも探索者も変わらない。

 生き残るには行儀作法マナーよりも、情報の鮮度と正確さだ。

 

 血清がまだまだ足りてないのだろうと、先に食べ終えた僧侶が、食後のコーヒーを啜りながらうなずく。

 迷宮には毒を持った魔物が多い。

 ジワジワと生命力ヒットポイントを奪う致死性の毒の他にも、指一本、瞬きひとつできなくなる麻痺性の毒もある。

 治療するには血清が必要だったが、それぞれの魔物にあった血清をその魔物自身の毒液から作らなければならなかった。

 繁殖力の強い “大鼠カピバラ” や “大蜘蛛ヒュージスパイダー” などが迷宮から抜け出した場合、公衆衛生の重大な脅威になる。

 その脅威は巨大な竜属ドラゴンが一頭抜け出るより大きいかもしれず、一〇〇〇万の都民を守るには血清も元になる毒液も、まるで足りていない。

 

 話の流れのままに今日の強襲&強奪ハック&スラッシュ は、三階で行なうことになった。

 三階には “大鼠” や “大蜘蛛” の他にも、“大蛙ジャイアントトード” や “羆男ワーベア” などが大量に生息、あるいは棲みついていて、毒持ち魔物の楽園パラダイスとなっている。 

 やっと起き出してきたもうひとりの戦士に握り飯をかっ込ませると、ケイコたちは足早に迷宮に向かった。

 良い獲物は早い者勝ちだ。

 迷宮内は時間と空間が歪んでいるとは言え、早く潜るに越したことはない。


 迷宮は “街外れEdge of Town” と呼ばれる内郭、迷宮街の中心にある。

 入口の監視する警衛所で登山届に似た手続きをすると、垂れ下がる縄梯子を伝って地下一階に下りる。


 縄梯子を下りきった迷宮の始点に、先客がいた。

 隻腕のみすぼらしい風体の男。

 魔物ではない。

 聖水を使って描いた魔方陣の中にいることからもそれが分かる。

 探索者たちが “鑑定屋” と呼んでいる、元古強者の司教ビショップ

 最初期の迷宮無頼漢だったがケイコが探索者になる一年以上前に、魔物との戦いに敗れて本人を除きパーティが全滅。

 自身も右腕を食い千切られ、幸運な逃走の成功と懸命な救命医療の末に生命だけは取り留めたものの、探索者は廃業せざるを得なくなった。

 以来司教だけが持つ、迷宮から持ち帰られた不確定品を “識別” する権能を使い、どうにか生計を立てている。

 ケイコは……ケイコだけでなく多くの探索者が、この男を見ると自分たちの未来を突き付けられるようで嫌だった。

 

 僧侶が “永光コンティニュアル・ライト” “恒楯コンティニュアル・シールド” “認知アイデンティファイ” の探索の加護の三点セットを嘆願すると、パーティは出発した。

 一列縦隊の先頭を切るのは斥候スカウト を務める、盗賊シーフ のケイコだ。

 命からがら突破したあの十字路の魔宮へ、再びケイコは向かう。



 To be continued



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https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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