最終話 リスタート・アン・アドヴェンチャラー

 一〇年前に東京都庁と入れ替わる形で出現した、通称『新宿ダンジョン』。

 その『新宿ダンジョン』を取り囲む形で発展したのが『迷宮街』である。

 外郭と内郭。

 城壁を思わせる堅牢な壁が二重に築かれ、壁のを守っている。

 外郭の内側には、

 

 飲食店。

 宿泊施設。

 ショッピングモール。

 病院。


 ――などが整備され一部は、一般にも開放されている。

 そして内郭の内にあるのが地下迷宮ダンジョンである。 

 迷宮都市新宿では街の中心区域エリアこそが “街外れEdge of Town” なのだ。


 巨大なショッピングモールには正式な名称があるのだが、誰も使わず、利用者は皆 “Dモール” と呼び親しんでいる。

 DはもちろんDungeonのDだ。

 一階には迷宮から持ち帰られた品々を売る、探索者ギルド都の迷宮課直営のショップがあり、危険性のない品に限り一般人も購入できた。

 他にも迷宮探索に適した丈夫な衣料品や、ロープや照明などの探索道具を扱うショップが数多く出店していて、迷宮が商売になるといち早く目を付けたガテン系の大手衣料品チェーンや、老舗の登山用品メーカーなどがテナントに入っている。


 最人気は最上階にある、広大なフロアをまるまる使った迷宮体験アトラクション “Dungeon of Death NEO”

 浦安のテーマパークにあるアトラクションの強化版だ。

 迷宮の構造、出現する魔物がすべて現実に即していて、エーテル耐性のない者でも命の心配なく探索者のスリルを味わえるので、大人気だった。

 最新のVR技術を使った迷宮の再現度・臨場感は高く、訓練場を出たての駆け出し探索者が最後の心構えに利用したり、反対にここで自信をつけたエーテル耐性持ちが訓練場におもむき、探索者としての適正試験を受けたりしていた。


 彼女のお気に入りはそれらのどれでもなく、最上階の一階下にある見晴らしのよいカフェだった。

 女性客を意識したおしゃれな店で値段は少々高めに設定されていたが、その分だけ提供されるメニューは味にうるさい彼女たちの舌を満足させていた。

 地下一階にあるコスプレ可能な『冒険者の酒場』風のレストランが大人気なため、適度に空いていて、落ち着いた雰囲気で料理や会話を楽しめる穴場的店だった。

 その落ち着いた雰囲気の店が、彼女が来たときだけ少しだけ騒がしくなる。 


「あ、エバさんだ!」

「え!? 今日エバさん来てるの!? 超らっきー!」

「エバさ~ん!」

「はい、どうも~」

「エバさん、一緒にチェキいい?」

「いいですよ~ テヘペロ (・ω<)」

「きゃー、本物だ! 可愛い! 細い! 顔小さい! 目が大きい!」

「エバさん、旦那さん元気?」

「は、はい、おかげさまで(グニャグニャッ)」

「エ、エバさん、俺ともチェキいいですか?」

「お、俺とも」

「俺ともお願いします!」

「野郎はダメ。既婚者相手になにいってんの」

「げっ、ケイコもいた!」

「ゲロ吐きケイコだ!」

「ゲロ竜息ブレスが来るぞ!」

「なんだとコラ、バクスタ喰らわすぞ!」

「うわ、逃げろ!」



「――ったく、これだからD.I.W.は! 場所と空気読めっての!」


「? D.I.W.ってなんですか?」


「ダンジョン・アイドル・ヲタクの略よ。あんたって本当に世事に疎いわね」


「あ~、なるほど。でもわたしはダンジョンアイドルではないですよ? まったく、全然、これっぱかしも、歌って踊れません」


(……このの天然は、女神でも治せんわ)


「うんうん、美味しい美味しい。やっぱりこのお店のスィートロールは絶品です♡」


「はぁ~、せめてここに来るときは普段着できなよ。一着ぐらい持ってるんでしょ? それともあんたの旦那って、嫁に服の一着も買ってやらないほどケチなわけ?」


「いえいえ、わたしの旦那さんは腹筋は見事に割れてますが、とても太っ腹ですよ。見てください、この燦然と輝く左手の指輪の数々を。旦那さんはわたしに、こんなに高価な指輪を四つも五つもプレゼントしてくれたのです(グニャグニャッ)」


「~確かにどれも目玉が飛び出る値段だけどさ( つーか “パワーナックル” かよ……いざというとき最後の武器になるわ)」


「それにこの僧衣は聖職者であるわたしの普段着でもあり、また迷宮保険員としての制服です。いついかなる時も、一朝事あれば直ちに迷宮に潜る気概と緊張感を忘れてはいけません――うんうん、美味しい美味しい♡」


「~あんたのなにより凄いところって、その緩急の切り替えよね」


「ところで新しいパーティにはもう慣れましたか? 見たところ、レベルも上がったようですが?」


「そうそう、そうなんだ。ん~、やっぱりわかっちゃう?」


「わかりますとも。敏捷性と耐久力、それに筋力も上がってますね」


「そうなんだ~。やっとレベル6になったんだ~。パーティの居心地もいいし、もう1レベルあがって僧侶が “解毒キュア・ポイズン” を覚えたら、二階に挑戦してみる予定なんだ」


「それがよいでしょう。地下二階からは麻痺パラライズポイズン持ちの魔物が現れますから」


「“解毒の水薬ポーション” 高すぎるのよ。一瓶三〇万ってなによ、ふざけてるわけ?」


「……」


「? どうかした?」


「いえ、まろやかな顔だと思って。引きずってないようなので安心しました」


「あんたのお陰だよ。迷宮で命を、外に出てからは心を救ってくれた……こうやって何度も誘ってくれてね」


「迷宮保険員は契約者の死体を回収して、生き返らせるだけが仕事ではありません。それだけではただの回収屋でしかありません。大切なのは心の、魂の蘇生なのです。グリーフケアができてこそ、迷宮保険員――迷宮保険屋を名乗れるのです。わたしが今こうしてケイコさんとお話できているのも、彼がわたしの心を救ってくれたから。わたしはその時に感じた想いをつないでいるに過ぎません」


「グリーフ……心のケアか。今ならなんであんたが、あの娘の狂気を世界に晒したかわかるよ。あの娘には身体から……心からまとわりついて離れない怨念を吹き飛ばす強い風が、台風が必要だったんだ」


「……」


「――でも、やっぱりあんたって超天然のお人好しちゃんだよね!」


「へ???」


「だってあたし、あんたの顧客じゃないし! あんたがあたしのケアする必要なんて全然ないし!(爆)」


「あら、これは立派な迷宮保険員の業務ですよ。ケイコさんはあれからちゃんと我が社と契約してくれたではありませんか。営業に、渉外に、経理に、備品管理。掃除に洗濯、お茶汲みに食事の支度。もちろん迷宮での業務もです。社長業以外のすべてがわたしの業務ですから。なのであれは立派な営業だったのです」


「~灰の道迷宮保険は灰色グレーじゃなくて、完全なブラック企業ってわけね」


「あはは……あ~、このスィートロールはやっぱり絶品ですね。うんうん、美味しい美味しい♡」


◆◇◆


 都の迷宮課探索者ギルド直営のショップは今日も、探索者、一般客を問わず賑わっていた。

 パーティの仲間や、職場や学校の友人。あるいはネット等で知り合った同好の士、さらには単独行ソロが気にならない迷宮マニア――。

 客層は様々だが誰もが陽性の表情で、店内の空気を満喫していた。

 だから、その探索者少女は異質だった。


 肩まであったセミロングはバッサリと切られ、少年のように刈り上げられていた。

 胸当ても盾も傷だらけで、腰に帯びた魔剣が殺気じみた気配を放っていて、きつく結んだ口元と合わせて少女を悽愴な空気で包んでいた。

 まるで地上に出たあとも、彼女だけが今も地下にいるようだ。

 他の客は気味悪がり、少女が何者で過去に何をしでかしたのか思い出したあとは、誰も近寄ろうとしなかった。

 だから彼女の周りだけがポッカリと空いていた。

 少女はまるで周囲の視線に耐えるように、陳列されている剣を見つめている。


「銘 “噛みつくものBitng” 。+1相当の魔法の短剣ショートソード 。その腰の “切り裂くものSlicing” と対をなす魔剣――予備の武器サイドアームとして欲しいよね」


「……」


「あ~、でも一五〇〇万円もするんだよね。威力的には普通のロングソードと同じだから、ちょっとどころか激しくコスパが悪いよな。携帯の不便を我慢できるなら、もう一本剣を買った方が断然お得だ。こっちはたったの二五〇〇〇円だしね」


「……気安く話しかけないでくれる」


「そんな冷たいこと言わないでよ。やっと基礎訓練を終えて正式な探索者になれた、

ハレの日なんだから」


「探索者? あんたが?」


「そう、これでもバリバリのレベル1僧侶プリースト。授かれた加護は “小癒ライト・キュア” と “短明ライト”。今日は初めての装備を買いにきたんだ」


「そう、よかったわね。せいぜい死なないように気をつけて」


「まってよ。一緒に装備を選んでくれない? 古強者ネームドの目利きなら確かだろうしね」


「はぁ? あんたなにいってるの? わたしが誰か――」


「もちろん知ってるよ。ずっと君のファンだったからね。配信も欠かさずに視てた。だから君のことはよく知っている」


「だったらもう話しかけないで」


「それがそうもいかないんだよね。高校を中退して、親と喧嘩して、家を飛び出してきちゃったんだから。もう探索者として生きていくしかないんだ」


「――はぁ!? あんた馬っ鹿じゃないの! なんで自分から学校辞めるわけ!? 親と喧嘩した!? 親のありがたさがわかってないの!? 人生舐めてんのっ!? 迷宮舐めてんのっ!? 迷宮の怖さ、全然わかってないでしょ!」


「配信は全部視てきたっていっただろ。だから君ほどじゃないけど、迷宮の怖さは知ってる」


「配信で知った迷宮がなんだっていうのよ。所詮画面越しの映像じゃない。あんなのただの趣味の悪い娯楽だわ」 


「そのとおりだよ。ダン配は人の生死を安全な場所から視る悪趣味な娯楽だ。だから僕は探索者になった。もうディスプレイ越しに迷宮を楽しむのをやめてね。だから、僕とパーティを組んでくれないか?」


「あんた頭のおかしいの!? なんでそうなるのよ!」


「いたって冷静だよ。僕はまだ駆け出しも駆け出しだけど、君の怪我を治すぐらいはできる。簡易寝台で寝ている時間が必要なくなる分、単独行ソロより稼げると思うんだ。君にとっても悪い話じゃないと思うけど」


「ダン配ファンが聞いて呆れるわね。わたしが潜れるのは独りだからよ。ネームドレベル8以上のわたしだから一階までならどうにか潜れるの。それがあんたみたいな駆け出しとじゃ逆に危ない。あんたを守って自由に動けなくなる――馬鹿馬鹿しい話にならない」


「確かにその危険はある。でも事前の準備で危険は減らせる。ゼロにはできないけど減らすことはできるはず。人数が少ない分、危険を潜り抜けたときの経験値は多い。レベルアップも早い。要は僕が強くなるまでの我慢と賭けだ」


「自分の命を賭けるっていうの?」


「迷宮に潜るって大なり小なり、そういうことじゃないの?」


「……あんたやっぱり、全然わかってないよ。回復役ヒーラーはどこでも引く手数多なのよ。わたしなんかと組まなくても、いくらでもパーティは見つかる」


「迷宮に潜る理由は人それぞれだよ。君には君の、僕には僕の理由がある。僕は他の誰とでもなく君とパーティが組みたい。それが僕が迷宮に潜る理由。探索者になった理由だ。そのために親と喧嘩して、高校を辞めて、子供の頃から溜めてた貯金だけを頼りに家を出た」


「きしょい……あんたあたしのストーカー?」


「ははは、だって女の子ってこういうの好きでしょ」


「……え? ………………今……なんて……」


「迷宮はひとりで潜り続けるには冷たすぎる場所だよ。独りから始めたリスタート、そろそろふたりに増えてもいいんじゃないかな……レ・ミリア」


「……」


「どう……かな?」


「……前」


「え?」


「……名前も知らない相手を信用できると思ってるの?」


「ああ、そうか。そうだよね。確かに名無しの探索者とはパーティは組めないよね。僕の名前は――」



           -完-



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最後までご視聴、ありがとうございました

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エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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おまけのエピソードもありますよ!

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