第25話 激情の聖女

《殺してやる……殺してやる! 殺してやる!! ――死ねぇぇぇ!!!》


 エバさんを羽交締めし、その首に魔剣を当てるレ・ミリア!

 世界中の視聴者リスナーを魅了してきた愛らしい顔が、悪鬼の如き凶相に歪んでいる!

 すべての虚飾を剥ぎ取られ、世界に向かって本性を晒された絶望が、レ・ミリアに最後の一線を越えさせる!


「やめろぉおおおおおっっっっ!!!」


 僕がモニターの中のレ・ミリアに叫んだ瞬間、紫の閃光が画面に迸った!


 バチィッッッ!


《ぎゃっ!!!》


 電撃に打たれたように弾き飛ばされ、玄室の床を転がるレ・ミリア!


《ぐうううっっっっっ!!!》


《無駄です。わたしには首狩りクリティカルヒット 効きません》


 振り返ったエバさんが苦悶の表情で床に這いつくばるレ・ミリアを見つめる。

 僧衣の下の胸元がぼんやりと紫色に光っている。


《あ……んた………………何……者?》


《わたしはエバ・ライスライト。あなたと契約を結んだ迷宮保険員です。さあ一緒に帰りましょう》


 エバさんが手を差し出す。


(……レ・ミリア……お願い……その手を取って、エバさんと一緒に帰ってきて……これ以上、自分を傷つけないで……)


またやり直せるクマ。エバがなぜこんな真似をしたかよくよく考えてみるクマ》


 スピーカーから、カメラを向ける ”熊の置物” の声が響く。

 これまでのあおるような口調とは違う、真摯な声。


(そうだ、やり直せる! やり直せるに決まってる!)


「レ・ミリア、君はやり直せる! 絶対に、絶対にやり直せる!」


 僕は涙で歪むモニターに叫んだ。

 画面越しのレ・ミリアは混乱し、途方に暮れ、今にも泣き出しそうだった。

 まるで迷子の幼児のような顔だった。

 そこには、ついさっきまでの狂気はなかった。

 紫の閃光に打たれたからか、それとも人が妄執もうしゅうから解き放たれるには、すべてを失った絶望が必要だったのか。

 憑き物が……落ちていた。


《……わたしは……――グハッッッッ!!?》


 レ・ミリアの胸に


「レ・ミリア!!?」


《レ・ミリアさん!!?》


《ク、クマー!!?》


“……見つけたぞ、エバAndrina……”


我が主君マイ・ロード……トレバーン!》


 一切の予兆なく闇から湧き出て、背後からレ・ミリアを刺し貫いた“闇王ダークロード” に、エバさんが絶句する!


《……ゴフッ……払っ……てよ……保険……金……ちゃん……全部……父さんと……母……の……保険……金……》


 大剣が一振りにされ、串刺しになっていたレ・ミリアが壁に叩きつけられる!


《トレバァァアアアアァァァァアアアアアアアアアアアアァァァァアアンン!!!》


 突然の惨劇に固まった僕の鼓膜を、エバさんの絶叫が叩く!

 稲妻の速さと軌道で床に落ちていた戦棍メイスと盾を拾い上げると、“闇王” に向かって突き進む!

 それはエバさんが初めて見せた、怒りの衝動!

 瞬息で “闇王” の懐まで間合いを詰めると、戦棍メイスの連撃が叩き込まれる!


 ギャンッ! ギャンッ! ギャンッ! ギャンッ! ギャンッ!


 連続する耳障りな金属音!

 分厚い装甲を重い柄頭つかがしらが叩き、暗闇を火花が照らす!

 遠く離れているのに鼻の奥がきな臭くなるような、激烈な攻撃!


《五連撃! 武器と合わせて、今のエバの最大攻撃回数クマ!》


 それなのに――!


 “闇王” はまったく微動だにしない!

 盾受けどころか仁王立ちのまま平然と、+5相当の戦棍の連撃に耐えてみせた!

 いや耐えたというよりも、蚊に刺されたほどの痛痒も感じてないようだ!


「化け物めっ!」


《エバは強いクマ。並の魔物じゃかすりもしないほど強いクマ。でもあの “闇王” はアカシニア最大最強最凶の武人、狂王 “アカシニアス・トレバーン” がで闇堕ちした正真正銘の闇の王クマ……相手が悪すぎるクマ》


《……なぜここにいるのです? 彼女が去った今、ここにはもうあなたが望むもの、あなたを満足させるものはないはず》


 跳び退って間合いを取ったエバさんが、押し殺した声で訊ねた!

 答える代わりに、“闇王” が逆襲に転じる!


護り御壁よマツ!》


 魔法の戦棍を振るって、封じられた魔力を解放するエバさん!

 だが “闇王” の暗黒の大剣は一振りで、聖職者系最大の防御障壁を粉々に粉砕!

 受け止めた盾ごとエバさんを吹き飛ばし、レ・ミリア同様迷宮の壁に激突させた!

 強化煉瓦レンガの内壁が崩壊して、濛々もうもうとした土埃が噴き上がる!


「エバさんっ!!!」


《大丈夫……です》


 エバさんは生きていた!

 でもヨロヨロと立ち上がった彼女の左腕が、だらりと垂れ下がっている!

 苦痛に歪む、表情!


「ぶらぶらしてる! 左腕がぶらぶらしてる!」


《折られたクマ! “護るものシールド+3” でなければ、盾ごと真っ二つにされてたクマ!》


「どうにかならないの!!?」


 マイク機能はOFFになってるし、キーボードでコメもしてない!

 それでも実況する熊さんに怒鳴らずにはいられなかった!


《肉弾戦じゃ勝ち目はないクマ! 加護を嘆願できればもしかしたら光明があるかもしれないクマ! でも――その隙がないクマ!》


 熊さんもコメント欄など読んでる暇はなく、読み上げ機能も実況の邪魔になるので使えない!

 ただ視聴者僕たちの気持ちを想像して話すしかなかった!


義姉あねの助けでなんとか持ちこたえてるが、それも時間の問題クマ。なんとか加護を嘆願する時間を稼がないと……THE ENDクマ》


 半透明の紫色の球体に包まれるエバさんをカメラで映しながら、熊さんが苦しげに伝える!


(時間を稼ぐと言ったって、何ができるっていうんだ!)


 前衛職と後衛職が一対一で戦えば前衛職が有利なのは、ダン配ファンの常識だ!

 強力な魔法は詠唱に時間と集中力が必要で、呪文や祝詞しゅくしを唱えている間は後衛職は無防備なってしまう!

 その隙を衝かれれば、魔法使いスペルキャスターはひとたまりもない!

 “闇王” が突進する!


護り御壁よマツ!》

護り御壁よマツ!》

護り御壁よマツ!》

護り御壁よマツ!》

護り御壁よマツ!》

護り御壁よマツ!》


 エバさんが無事な右腕で戦棍を振りまくる!

 何重にも“神璧グレイト・ウォール” を張って、詠唱の時間を稼ぐ気だ!

 しかし “闇王” は止まらない!

 障壁が張られる度に一振りで破砕し、一足たりとも速度を緩めず、獲物に向かって突き進む!

 圧倒的な武威! 圧倒的な暴力! 圧倒的な戦いと――エバさんへの渇望!

 障壁を張り続けたことで、エバさんの回避が遅れた!

 “闇王” の大剣が振り上げられる!


エバァァァAndrinaッッッッ!!!”


《万事休すクマァ!!!》


 そして時間が……止まった。

 切っ先を天に向けたまま、“闇王” が固まった。


《よ、よくぞ!》


 熊さんがクマ語を忘れるほどに驚嘆する。


戒めの……棘よニフォ


 “闇王” に絡みつき明滅する、半透明の無数のいばら

 血まみれの顔を上げたレ・ミリアが凄惨に笑い、再びガクッと頭を垂れた。


 よくぞ……あの傷で。

 よくぞ……あの効果の薄い指輪で。

 よくぞ……よくぞ……。


 レ・ミリアが最後の力を振り絞って稼いだ時間!

 最後のチャンス!

 エバさんが逆転の加護を嘆願する!


《女神 “ニルダニス” の聖女たるエバ・ライスライトの名において招聘サモンす! 来たれ我が運命の騎士よモルディ!》


 聖銀に輝く騎士が現れ、エバさんを護って “闇王” を吹き飛ばした。



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ご視聴、ありがとうございました

エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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