第13話 数の暴力★

《さ、三毛別さんけべつひぐまよりも大きい》


 北海道生まれのケイコさんが、恐れおののく!

 三毛別の羆とは、大正時代の北海道で起こった、日本史上最悪の熊害ゆうがいだ!

 山間部の集落が巨大な羆に襲われて、七人もの犠牲者を出した!

 特筆すべきは羆の大きさで、ドキュメンタリー番組や再現模型で見たかぎりでは、立ち上がった姿はバスケットゴール高さほどもあった!

 そんな凶悪な羆よりもさらに巨大なが、八頭も現れた!

 さらに――!


《まさか、あのも!?》


 ケイコさんの怯える瞳が、“羆男ワーベア” の群れの足下で跳ね回っているそれにようやく気づいた!

 一見すると、長い耳を持つ草食のあの小動物!


《もちろんです。迷宮でが生き延びられるはずがありません。あなたも迷宮で糧を得ている探索者なら話に聞いたことがあるでしょう。あれこそ悪名高き迷宮のマスコット、“首狩り兎ボーパル・ラビット” です》


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330664871647578


 “首狩り兎ボーパル・ラビット” !


 迷宮の暗がりからヒョッコリと現れ、その一見すると愛らしい姿に油断した探索者の喉首を鋭利な牙で切り裂く、凶悪で悪辣な

 視界を白い影が走ったときには頸動脈を断たれて、即死!

 まともに戦っても、動きが素早く、身体は小さく、攻撃が当たりづらい難敵!

 

《い、いったい何匹いるの》


 ピョンピョンと跳び回っている無数の白影に、ケイコさんが幻惑される!


『5、6……駄目だ、わかんね!』

『誰か数えて!』

『6匹? 多分!』

『いや、もっと多いでしょ!』

『少ないよ、動き回ってるから多く見えるだけ!』

『どっちにしても致命の一撃クリティカル 持ちだ! 運が悪ければ、エバさんだって死ぬ!』

『それを言えば “羆男” だって麻痺パラライズ持ちだぞ!』

『これ絶対戦ったらヤバいMOBだ!』


 そ、そうだ!

 危険なのは “首狩り兎” だけじゃない!

 “羆男” の爪や牙には傷つけた相手を麻痺させる、神経毒があるんだ!

 麻痺させられた探索者は指一本どころか瞬きひとつできず、意識を保ったまま餌にされてしまう!

 高レベルの僧侶プリーステスであるエバさんなら簡単に治せる状態ステータス異常だけど、当の本人が麻痺してしまってはどうにもならない!

 単独行ソロや少人数パーティでは、麻痺は致命の一撃と同じ意味を持つ!

 どんなにエバさんの生命力ヒットポイントが高くても、無意味なんだ!


「エバさん、逃げて! 戦っちゃだめだ!」


 コメントするのも忘れて、画面に向かって叫ぶ!


《無理、絶対無理!》

《逃げて、エバさん!》

《逃げろ!》

《RUN EVA!!!》

《ちょ! 熊と兎集まってきてる!》

《はぁ!? なんだよ、それ!?》


 誰かの言ったとおりだった!

 獲物の臭いを嗅ぎつけたのか “羆男” と “首狩り兎” の他にも、“大鼠カピバラ” や “草原狼コヨーテ” なんかも集まってきてる!


「なんで共食いしないんだよ!」


《兎は八匹ですね。鼠は九匹、狼が八匹で間違いありません。合わせて三三》


 暗闇の中、正確に魔物の数を数えるエバさん! 

 ほんと、このの頭はどうなってるの!?


『余裕ぶっこいてる場合かよ!』

『数なんて数えてないで逃げろ!』

『自信ありすぎ!』

『自分に酔ってる!?』

『自信じゃなくて過信!』

『いいから逃げろ、鈍感女!』


「違う! 彼女は過信なんてしてないし鈍感でもない! 考えなしに落ち着いてる人じゃない!」


 僕はコメント欄に向かって怒鳴った!

 そうだ、エバさんは常に生き残るために考えてる!

 ピンチを切り抜ける方法を悪巧みしている!

 でもいったいどうやって、この “数の暴力” から!?


 焦燥と混乱に怒号する視聴者リスナーをよそに、エバさんが魔群に向けて左手をかざした。


《プーさんも、ミッフィーも、ガンバも、雨と雪も大好きですが――今はお呼びじゃないです》


 その直後、獰猛どうもうに唸り、目まぐるしく跳ね回り、あるいはうろうろと距離を取って威嚇していた魔獣たちの動きが、ピタリと止まった。

 一拍置いて、サラサラと崩れ去る三三匹の魔物の群れ。

 羆も、兎も、鼠も、狼も、ただの一匹も残らず消えてしまった。

 画面の中に静寂が戻る。


「……え?」


(な、何が起こったの……?)


『……なに?』

『……何が起きた?』

『……MOBが消えた?』

『……MOB消失』

『……MOB逃げた?』

『……一瞬で?』

『……スタープラチナ・ザ・ワールド?』


《魔法の指輪で消し去りました。この “滅消の指輪” には魔術師系第五位階の呪文、 “滅消ディストラクション” が封じられています。この呪文は不死属アンデッドを除いたネームドレベル8未満の魔物を塵にする有毒物質を広範囲に発生させます。耐呪レジストもできません。生命力の低い生物を軒並み死滅させる、大規模集団 “原子分解魔法ディスインテグレート” です》


 驚きではなく恐怖……いや畏怖で、コメントが止まった。

 そして視聴者の誰もが思った。


『迷宮の外で魔法が使えなくてよかった』


 ――と。


《地下四階まででしたら、この指輪でほぼすべての魔物を消し去ることができます。永久品ではないので五パーセントほどの確率で壊れてしまいますが、低い確率なので使い勝手のよい魔道具マジックアイテムと言えるでしょう。不死属は効果がありませんが、そちらは解呪ディスペルで対応できますから》


『つまり……エバさんには数の暴力は通用しない?』


 僕はどうにかコメントを打ち込んだ。

 このとき僕は、どうやら世界で一番早く我に返ったらしい。


《さすがに深層の魔物には効果が薄くなりますが、今回のミッションに限って言えば問題はないでしょう――なので、モータル生者でもインモータル不死者でも、まるっとまとめてドーントコイ (`・ω・´)ノ なのです》


『どんとこいキタ━(・∀・)━!!!!』

『TRICKキタ━(・∀・)━!!!!』

『山田キタ━ヽ(ヽ(゚ヽ(゚∀ヽ(゚∀゚ヽ(゚∀゚)ノ゚∀゚)ノ∀゚)ノ゚)ノ)ノ━!!!!!!!!』

『やまーだ!』

『いや、上田だろうw』

『混じってるw』

『だから中身オヤジかよ!w』

『You are Godchild!!!』

『迷宮保険員エバの、どんとこい迷宮探索! 絶賛発売中!』

『いや、キタ━(・∀・)━!!!! ……も相当古いぞ』


 画面に向かって拳を突き出すエバさんに畏怖の呪縛が解けて、コメント欄が一気に流れる。


《……モンスター配備アロケーションセンターへの挑戦はパーティのレベルが9になって、魔術師メイジがこの呪文を覚えるまで待つべきでした。そうすれば勝ち残れる確率はまるで違ったでしょう》


 胸に痛みを覚えるように呟くエバさんに、再び静かになるコメ覧。

 配信者も、視聴者も……僕たちは迷宮探索について何も知らなすぎる。


《とにかく先を急ぎましょう。あの追跡者に指輪は効きません。今は可能な限り引き離さないと》


 ケイコさんをうながして、休む間もなくエバさんは歩き出した。



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ご視聴ありがとうございました

エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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