第8話 不吉を告げる者
《――た、助けて!!!!》
突然画面に、
呆気にとられた人、ビクッとした人、ギョッとした人。
世界中の
僕もビクッと椅子から腰を浮かし掛けて、机に激突。
危うくキーボードに冷めたコーヒーをぶちまけてしまいそうになった。
エバさんは……呆気にとられていた。
あんぐりと特大のおにぎりにかぶり付きそうになったまま、目だけが革鎧の女性に向けられている。
そして僕は視てしまった。
エバさんが手がほんの微かに動き、おにぎりを口に運ぼうとしているところを。
一口だけ食べてしまいましょうか。
でもここで食べたら、この女性から話を聞けなくなってしまいますし。
でも一口くらいなら、食べながらでも話は聞けますし。
でもおにぎりを食べながらでは、万が一の不測の事態に対応出来ませんし。
でも一口だけでも食べたい。
食べたい。
エバさんの中で凄まじい葛藤が戦われているのを、僕は視てしまった。
それでもエバさんは立派だった。
《落ち着いてください。ここは
穏やかで沈着な微笑を向けて、エバさんは訊ねた。
《し、死んじゃった……! みんな……みんな死んじゃった……!》
蒼ざめ、ガクガクと歯の根も合わない女性の顔を、カメラドローン4-Bが映す。
(死んだ? パーティが全滅したのか?)
『パーティ全滅?』
『どっかのDチューバーのパーティ?』
『見たことないな』
『
《まずはこのお水を飲んでください。そして深呼吸をしましょう。あなたは今とても恐れています。このままでは
エバさんは膝の上のクッキングホイルにおにぎりを置くと、
《『向こうの世界』の水牛の皮で作った水袋です。丈夫で柔らかいので戦闘や事故でこの上に倒れ込んでも痛くはありません。『こちら側の世界』の水筒はとても良い品ですが、上に倒れると痛いですから》
革鎧の女性はひったくるように水袋を受け取ると、栓を抜くのももどかしく、口の端から零しながらゴクゴクと飲んだ。
(ああ、そんなに飲んだエバさんの分がなくなっちゃう……)
『おい、飲み過ぎだ。エバさんの分がなくなるだろ』
『状況が見えてねーな』
『バカ女飲み過ぎ』
『読み上げ機能ONにしろよ。ドローンから教えてやる』
僕を含めて視聴者なんて勝手なもので、『推し』に不利益が出るならたとえ瀕死の遭難者の行いでも非難の目で見てしまう。
《はぁ、はぁ、はぁ――》
《次は深呼吸をしてください。心と身体をリラックスさせて、ゆっくりと深い呼吸をするのです。吸って――吐いて――吸って――》
まるで催眠術をかけるように女性に語りかけるエバさん。
女性も言われるがままに深呼吸を繰り返す。
《少しは落ち着きましたか?》
《う、うん……ありがとう》
《それではあなたの名前を教えてください。わたしはあなたを、なんとお呼びしたらよいのでしょう?》
《ケイコ……みんなはそう呼んでた》
《初めまして、ケイコさん。わたしはエバ・ライスライト。エバと呼んでください》
そこまでして、ようやくエバさんは訊ねた。
《ケイコさん、何があったのですか? 最初から順を追って話してください》
《あたしたち……あたしと、カズヤと、リョーくんと、味田さんは、あんたの配信を視て、あの魔物の素材を取りに行ったの》
『ハイエナかよ』
『ハイエナだな』
『ハイエナ確定』
『漁父の利』
『自分で倒せ、カス』
MOBを倒したものの、負傷者が出たなどの理由で持ち帰ることができなかった、財宝や素材。
そういった放置された戦利品を狙って迷宮に潜る探索者を、多くのダン配ファンは “ハイエナ” と呼んで軽蔑し、排撃していた。
《あたしたちはハイエナじゃない……今日はたまたま……》
『言い訳』
『言い訳みぐるしい』
『は? そんなの通じるかよ』
『おまえが代わりに放置決定』
『エバさん、放置でおk』
ハイエナの話題はいつも荒れる。
《あの魔牛はやむを得ない事情で放置したのではなく、わたしの意思で『いらない』から捨てていった物です。だからあなたが気を病む必要はありません》
荒れるコメント欄をたしなめるように、エバさんが女性に微笑む。
《ケイコさんたちは四人パーティなのですか?》
《その方が分け前が多くなるから……あたしら一階限定で稼ぐ
《続けてください》
《あんたがあの牛を倒した場所に行ったら、もう何もなかった。カズヤの話じゃ……カズヤは
《続けて》
《カズヤはブツブツ文句を言ってた……味田さんは……味田さんは
《他の場所に行こうとしたら……?》
《あいつが
《“
《違う! もっとずっと怖ろしい奴よ! あっというまに、カズヤも、味田さんも、リョーくんも、殺されちゃった!》
恐慌を来すケイコさん。
目を見開いて
《ケイコさん、キャンプの中は絶対に安全です。暗黒回廊から何が現れたのですか? 何があなたのパーティを襲ったのですか?》
《化け物よ! 大きな剣を持った、金色の化け物!》
(……大きな剣を持った、金色の化け物……そ、そんな魔物は聞いたことがないぞ)
僕は混乱……正直にいうと恐怖した。
《それは金色の鎧を着ていたということですか?》
《そうよ!》
《雄牛のような角のついた兜も金色で、大きな盾も持っていた》
《そうよ!』
《両目は爛々と血の色に輝き、声はまるで獣のよう》
《そうよ!!!!》
《それは確かに “緑皮魔牛” など比べものにならないほど、怖ろしい魔物です》
「エバさん、知ってるの!?」
《その魔物は “
……ガシャン……
その時カメラドローン4の集音マイクが、不吉で重々しい甲冑の音を拾った。
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ご視聴、ありがとうございました
エバさんが大活躍する本編はこちら
https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742
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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!
エバさんの生の声を聞いてみよう!
https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj
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