第9話 迷宮都市、新宿★
……ガシャン……ガシャン……
世界中の
一歩ごとに近づく重々しくも、禍々しい甲冑の音。
もう解っていた。
配信を視ている誰もが解っていた。
この音は不吉を呼ぶ音。死を運ぶ音だと。
そしてそいつが、回廊の先から現れた。
全身を
巨大な剣と盾を携え、血の色に燃える両目が次の生け贄を探し続ける殺戮の権化。
迷宮の闇に呑まれた…… “
https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330664674040684
「あ、ああ……」
僕は失語し、ガタガタと震えながら、直感した。
(死ぬ……死んじゃう……推しが……推しがまた死んじゃう)
◆◇◆
僕はレ・ミリアと会ったことがある。
二年ほど前のある日、僕は休日を利用して、新宿の “迷宮街” に出かけた。
迷宮街は一〇年前に都庁と入れ替わった、通称 “新宿ダンジョン” を取り囲む形で造られた新しい街だ。
三年前に迷宮が民間に開放されてからは、探索者の拠点としても機能している。
飲食店。
宿泊施設。
ショッピングモール。
病院。
訓練設備。
警備基地。
などが整備されて、探索者やダン配ファンの間で “探索者ギルド” と呼ばれている “都の迷宮課” の直営か、委託を受けた企業や団体が運営していた。
迷宮にはギルドが実施している能力測定と基礎訓練に合格した、いわゆる探索者しか潜ることができない。
だけど迷宮街は一般人にも開放されていて研究や警備をのぞく、ほとんどの施設を利用できた。
その日の僕は迷宮街に着くなり、ショッピングモールの “Dモール” に直行した。
ぶっちゃけ他の複合商業施設と大差ないテナントが入っているんだけど、その中で出色なのは、迷宮から持ち帰られた
それらは危険性のない物なら、(お金があれば)僕でも買うことができた。
残念だけど銃刀法や迷宮法の関係で、剣や短刀などは探索者しか買えない。
僕らが買えるのは、あくまで当たり障りのない物だけだ。
そして僕が真っ先に入ったのはギルド直営の、当たり障りのある品を取り扱ってるお店だ。
「うわ……っ!」
入店するなり、思わず零れる感嘆の声。
広い店内に所狭しと並べられている、剣、短刀、杖、盾、鎧、兜、籠手、その他の多種多様な
設備は現代的だけど品揃えはまるで、ファンタジーの世界の武器屋そのままだ。
ドキドキしながらさっそく、陳列されている武器や防具を見て回る。
戦士の標準装備の剣が25,000円かぁ。これぐらいなら僕でも買えるかな?
でも他に防具も買わないとならないし。
気分はすっかり駆け出しの探索者。
これぞ迷宮街ウィンドウショッピングの醍醐味だ。
ちなみに僕の予算は使わずに貯めてきたお年玉とバイト代を合わせて、ギリ30万とする。
(防具、防具と――)
「うわ、高いなぁ」
貼られている値札を見て、特に鎧の高さに仰天する。
クロースの法衣をのぞいて一番安い革鎧でも50,000円もする。
「そりゃ素材も沢山いるし、手間もかかるしなぁ」
でも『こっちの世界』では高級品の革製品が50,000円というのは安いのかな?
きっと『向こうの世界』では大量流通しているだろうから、この値段で抑えられているのかもしれない。
どちらにせよ迷宮で手に入る金貨の買い取りレートが一枚1,000円で固定だから、革鎧だと五〇枚稼がないと元が取れない。
「戦士になるなら、剣と盾は必須だよね。鎧と兜は……」
剣が25,000円。
盾が40,000円。
これですでに65,000円。
残り23万5,000円。
「奮発して胸当てを買うか、1ランク落として鎖帷子で我慢して、余ったお金で兜を買うか」
剣+盾+胸当て=26万5,000円。残金3万5,000円。
剣+盾+鎖帷子+兜=25万5,000円。残金4万5,000円。
「でも鎖帷子だとなんか怖いな……」
心臓とか一突きされたとき、貫通しちゃわない?
鉄板の胸当てならその辺り、安心感がある……。
「いやいや、ここは鎖帷子と兜の一択っしょ」
突然、後ろから声を掛けられた。
びっくりして振り返るとそこに、僕と同じくらいの年の女の子が立っていた。
明るい……というより、ニヤニヤといった方が適切な顔で、僕を見ている。
「一番重要な頭を守らないでどうする。ガツンと一発脳が揺らされたらそれで終わりだよ」
髪をバッサリとショートにした快活そうな女の子が、腰に手を当てた仁王立ちのポーズでバッサリと言った。
なんというか、見るからに
「で、でも敵は一番動きの少ない胴体を狙ってくるっていうし。西部劇のガンマンが狙うのも必ず胴だっていうし……」
ああ、これこそ、オタクの悲しい
自分の得意分野では論駁せずにはいられない。
初対面の女の子だろうとなんだろうと、知識には知識で返してしまう。
「迷宮にガンマンは出てこないわよ」
女の子から返される、ぐうの音もでない反論。
「それに地下一階に出てくる敵が持ってるのはせいぜいが短剣で、鎖帷子でも充分に防げるしね。さらに言えば胸当ては買い換えたら何も残らないけど、鎖帷子なら兜が残る。どっちが賢い選択かは一目瞭然でしょ」
ぐうの根もでない僕。
「……君って男の子を言い負かすのが好きな女の子?」
「男の子って、こういうのが好きなんでしょ?」
ニヤッと切り返す女の子。
「随分と詳しいみたいだけど、君は探索者なの?」
「イエ~ス。やっと基礎訓練を終えてレベル1の
「なんだ、まだ
「い、今はパーティを組む仲間を探しているところなの――あのね、迷宮で稼ぐには優秀なパーティメンが必要なことぐらい、このお店に来るぐらいなんだから知ってるでしょ?」
痛いところを衝かれたのか、女の子は顔を真っ赤にして睨んだ。
その表情に
「ごめん。たしかに君の言うことは全部正しいよ。僕が間違ってた」
「わ、わかればいいのよ」
急に僕が引き下がったので、女の子は逆に戸惑ったみたいだった。
だからなのか、取り繕うように僕に訊ねる。
「君は探索者じゃないのよね? 訓練場でみたことないし」
「うん、だたのマニア。迷宮オタク。まあ、いちおうエーテル耐性はあるみたいなんだけど、探索者になるつもりはないよ」
「なんで? 耐性があるのにもったいないじゃない」
「だって……怖いし」
確かに学校で受けた検査でエーテルに耐性があると判ったときは、探索者になろうと考えたこともあった。
でもそんな思いはすぐに掻き消えた。
迷宮がどんな場所かは、配信を視てるからよく知っている。
エーテル耐性は探索者を目指す者には、これがないと始まらない最重要の適正だ。
だけど、それがあるからといってなれるほど、探索者は甘くはない。
筋力や知力などが適正テストで必要値をクリアできなければ、戦士や
その能力が僕にはなかった。
体力も知力も平々凡々な高校生。
それが僕だ。
なにより自他共に認める意志薄弱な僕が、あんな過酷極まる場所で生き残れるわけがない。
「そっか……まあ、それが普通だよね」
なにやら女の子は僕への興味を失ったようだ。
もしかしたらパーティを組む相手として、僕を値踏みしていたのかも。
「君はどうして探索者になったの?」
悔しくなった僕は今にして思えば、かなり踏み込んだことを訊いてしまった。
「わたしはお金。お金が欲しかったから。親がふたりとも借金残して死んじゃって。保険金と家を売ったお金で返したら、あとは今年の学費も払えなくなっちゃってさ。それで思い切っちゃったってわけ――まあ、あんまり好きじゃなかったし、学校」
女の子はあっけらかんと、肩を竦めてみせた。
「だから探索者になって稼ぎまくるつもり! やっぱ世の中お金っしょ!」
ニカッと笑ったその女の子のダン配を見つけたのは、それからしばらくしてからだった。
Dチューバー、レ・ミリアを名乗ることになった彼女を、僕はずっと推してきた。
◆◇◆
カメラ4-Bに迫る “
(死ぬ……死んじゃう……推しが……推しがまた死んじゃう)
「――エバさん、逃げて!」
僕は恐怖に駆られて叫んだ。
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ご視聴、ありがとうございました
エバさんが大活躍する本編はこちら
https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742
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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!
エバさんの生の声を聞いてみよう!
https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj
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