第10話 ホワイトアウト

「――エバさん、逃げて!」


 “狂君主レイバーロード” を映す4-Bのカメラから、エバさんを映す他のカメラに視線を移し、 僕は叫んだ。

 視聴者リスナーの意識が “狂君主” に向いている間に、エバさんは荷物をまとめ武器と盾を持って立ち上がっていた。

 あの巨大なおにぎり “元気玉” すら、背負い袋にしまわれている。


(い、いつの間に!)


 戦いに強いだけじゃない。解呪ディスペルが上手いだけじゃない。

 こういう緊急事態のを含む迷宮での行動のすべてが、冷静で迅速。

 瞬時の判断と咄嗟の反応のすべてが、沈着で的確。

 違う。

 これまで配信で見てきたどんな探索者とも違う。


(これが熟練者マスタークラスの探索者!)


《これはなかなかに、なかなかな、なかなかの状況と言わざるを得ません》


『は?』

『なに?』

『なかなかに、なかなかな状況?』

『ひとつ足りない』

『いや、なかなかに、なかなかな、なかなかの状況』

『リンカーンみたい』

『なにその、エバさん構文』


 エバさんの魔法の言葉?が視聴者の硬直を解き、一斉にコメントが流れ始める。


《“狂君主” のモンスターレベルは15。熟練の探索者を上回ります。最大生命力ヒットポイントは150。最大与ダメージは72。そして何よりも怖ろしいのは――これです!》


 エバさんが叫んだ瞬間カメラドローン4の集音マイクが、呪文の詠唱を拾った。

 まるで獣の声帯で無理矢理人間の声を絞り出すような、おどろおどろしい詠唱。


《逃げます!》


《ひっ!?》


 エバさんがケイコさんの手を引っつかんで逃走RUNする。


君主ロードでありながら、魔術師メイジ の呪文を第五位界までの操る魔力! “氷嵐アイス・ストーム” が――来ます!》


 走りながらエバさんが実況したとき、すべてのカメラがした!


『な、なんだ!?』

『カメラ曇った!?』

『なにも見えん!』

『yah! white out!』

『blizzard!?』

『“凍波ブリザード” 使われた!?』

『“氷嵐” っていってたぞ!?』

『“凍破” の上位呪文!?』

『“凍波” は第四位階! 第五位階まで使ってくるっていってた!』

『マイクは生きてる!?』

『音も遠い!』

『つーか、カメラドローン追尾してるのかよ!?』


 パニックに陥るコメント欄!


『エバさん!? エバさん答えて!』


 無理とわかっていても、コメントを打ち込む!

 音声読み上げに切り替えていたかどうかもわからない!

 いやあのエバさんが、敵に追われているのにそんな馬鹿な真似をするはずがない!

 だとするならコメントはコメント欄を流れるだけで、彼女の目には留まらない!

 それでも――それでも僕は、打ち込まずにはいられなかった!


『駄目だ……カメラ凍った……霜降りた』


 誰かの呆然としたコメントが流れた。

 世界は……エバさんと断絶された。



 To be next episode!

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