地下二階

第7話 追跡者★

「あ~、畜生! やっぱり漁られたあとだ!」


 リーダーの戦士ファイターが崩れた煉瓦レンガ造りの内壁を前に、激しく毒突いた。


「そんなぁ~、配信視てすぐきたのに」


 盗賊シーフ が、情けない声を上げる。

 二〇代前半の、ごく普通の顔立ちの女だ。


「こればっかりは運だからな。仕方ない」


 中年の僧侶プリーストが、自分を慰めるように言った。

 パーティで一番の年嵩としかさで、冷静な男だった。


「一攫千金の夢……短かったなぁ」


 最年少の魔術師メイジ の少年が、しょんぼりと肩を落とした。


 “緑皮魔牛ゴーゴン” の死体目当てに飛んできたものの……。

 砕けた強化煉瓦が盛大にいるだけで、目的の物は見当たらない。

 同じ思惑で駆けつけた他の探索者たちに、先を越されたのだ。

 迷宮特有の時空の歪みが、今回は彼らに味方しなかった。


「で、ど~すんのこれから?」


 盗賊の女が覇気の無い声でリーダーに訊ねた。

 戦士は未練たらしく、瓦礫の山を漁っている。


「くそ、欠片も残ってねえ! 全部持ってかれてる! 一パーティだけじゃねえぞ! もっと多い――なんだって?」


「だからこれからど~するのかって、聞いてるの」


「またそこらの玄室で “小鬼オーク” か “犬面の獣人コボルド” でも狩るしかねえだろう」


 ようやく諦めがついたのか、戦士が立ち上がる。

 それでも最後に勢いよく瓦礫のひとつを蹴飛ばした。


「結局、強襲&強奪ハクスラ かぁ」


 魔術師の少年がぼやく。

 こちらはまだ一攫千金の夢から覚め切れていない。


【レ・ミリアの迷宮攻略チャンネル】に現れた初見のMOB “緑皮魔牛” は配信者に倒されたが、死体は放置された。

 初見の、それも全身を金属質の外皮で覆った魔牛の死体は天文学的な価値がある。

『向こう側の生物』の研究はまだ初期も初期の段階であり、ギルドの買い取り価格は莫大なものになるはずだった。

 配信を視ていた探索者たちが一斉に群がったのは、当然の成り行きだった。


「気持ちを切り替えろ。それが俺たちの仕事だ」


 僧侶が年少者たちへの内心の苛立ちを隠してたしなめる。

 彼らは全員がレベル5。

『こっちの世界』では中堅といっていい探索者だ。

 迷宮の踏破は考えておらず、常に地下一階で魔物を狩ってその日の糧を得ていた。

 分け前が減るのでパーティは六人のフル編成ではなく、四人。

 

「ねえ、いっそわたしたちもDチューバーにならない? その方が絶対儲かるって」


「一階をハクスラするだけの配信なんて誰が視んだよ。やるだけ無駄無駄」


 盗賊に戦士が投げやりに答える。

 盗賊よりも知力IQがわずかに高いので、その分だけ現実が見えている。

 配信で儲けるためには、常にスリリングな探索を見せる必要がある。

 そのためには危険な下層に潜らなければならない。

 

 “犬面の獣人コボルド” の群れを狩れば、迷宮金貨五〇~一〇〇枚程度の稼ぎになる。

 四人で分けても一度の戦闘で、\12,500~\25,000の稼ぎだ。

 日当として考えれば、これは大きい。

 レベル5の彼らにとって一階の敵は、もはや恐れるほどではない。


「一階より下に潜るつもりはない」


「解ってるよ。あんたは別れた女房に子供の養育費を払わなきゃならないからな」


 戦士の言葉に嘲りの気配を感じ、僧侶が言い返し掛けたとき――。


 ……ガシャン……。


 漆黒の正方形――暗黒回廊ダークゾーンの奧から、低い金属音が響いた。

 硬直する四人。


 ……ガシャン……ガシャン……。


「ちょ、ちょっと嫌だ。なによ」


 盗賊の顔色が変わる。


「まさか二頭目か?」


 沈着な僧侶の顔にも緊張が漲った。


「に、逃げよう!」


「待てよ! ここで逃げたら後ろから竜息ブレスが来るぞ!」


 配信の内容を覚えている戦士が、暗黒回廊に背中を向けた魔術師を止める。


「逃げるなら『目潰し』をしてからだ」


 魔術師は “宵闇トワイライト” の呪文を習得している。

 感覚野を狂わせてしまえば竜息もかわしやすい。


「上手くすれば、俺たちも倒せるかもしれねえ」


 “緑皮魔牛” の攻略法は、配信で視ていた。


(あの娘と同じように出来れば……)


 他のメンバーは誰もが逃げ出したかったが、ここまで生き残ってきた探索者の経験として、逃走の失敗が大惨事を招くことは理解していた。

 だからリーダーの戦士の言葉に従った。

 戦士、盗賊、僧侶がそれぞれ獲物を構え、魔術師が呪文を口ずさむ。


 ……ガシャン……ガシャン……ガシャン……。


 足音が……金属を打ち合わせる音が近づいてくる。

 そして破滅が、闇から姿を現わした。


“……エバAndrina……どこだwhere are you……?”


◆◇◆


『グロ注意!』

『グロ警報!』

『グロ!』

『グロ来た!』

『グロ!』

『苦手な人は後ろ向いて!』


 コメント欄に溢れるグロ警報。

 僕もカップ麺を啜りながら、


(うへぇ――こんな時に!)


 こんな時に夜食を摂っていた自分を、遠くの棚に放り上げて思った。

 カメラドローン1-Aに映し出される、蠢く人影

 緩慢な動きが不気味さを増幅させるそれが、七体も近づいてくる。


《“腐乱死体ゾンビ” ですね》


 エバさんが冷静に伝えた。


《“エディ先生” を除けば、大概の探索者が最初に出会う不死属アンデッドでしょう。意外にもこの階層フロアにしか出現しない希少レアなモンスターです》


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330665580102963


 “エディ先生” とは一階のとある玄室に出現する、固定モンスターだ。

 攻撃力が低く動きが鈍い上に耐久力が高くてなかなか倒れないことから、探索者のスパーリングパートナーにされている。

 某有名黒人俳優にどことなく似ていることもあり、探索者やダン配の視聴者からは “エディ先生” と呼ばれ親しまれている。

 探索者は皆、先生に鍛えられて強くなるといっても過言ではない。


《大丈夫です。“腐乱死体” は


『得意宣言キタ━(・∀・)━!!!!』

『エバさん名言キタ━(・∀・)━!!!!』

『“腐乱死体” が得意w』

『“腐乱死体” が得意な女の子ってW』

『いやまぁ、高レベルの僧侶さまだから』


 エバさんはスゥ……と静かに息を吸い込むと目を閉じ、


《慈母なる “ニルダニス” よ。不浄な意思に縛り付けられし穢れなき魂を、どうか御胸にお抱きください――》


 加護魔法とはまた違う祝詞を唱えた。

 それはまさしく死者たちの安らぎを願う祈りだった。

 エバさんの身体から穏やかな風が湧き起こり、豊かな髪がふわりと揺れた。

 清浄な女神の息吹が、七体の憐れな死者たちを包み込む。

 “腐乱死体” たちの動きがピタリと止まり、直後にサラサラと崩れ始めた。


 解呪ディスペル

 聖職者だけが持つ不死属を退散ターン・アンデッドの権能。

 でも七体すべての魂を解放するなんて、こんな鮮やかな解呪は視たことない。


《灰は灰に……塵は塵に……どうか安らかにお眠りください》

 

 安らぎを得た死者たち向かって、エバさんが最後の祈りを捧げる。

 感嘆したのは僕だけじゃなかった。


『すげえ、全部退散させた』

『鮮やか』

『鳥肌三度め』

『七匹も出たら二~三匹は残るからな、たいがい』

『さすがレベル13。熟練者マスタークラスといったところか』

『いや、いいもの見せてもらったわ』

『Excellent!!! EVA!!!』

『khorosho!!!』


 グ~、キュルルルル~……。


 そんな賞賛のコメントを打ち消す、お腹の虫。

 僕のじゃない。

 僕は今カップ麺を食べてるから。


《あ、あはは……し、失礼しました》


『エバさんのお腹が鳴った!』

『お腹空いた?w』

『エバさんの腹の虫w』

『やべ、この落差! 腹痛え!』

『せ、生理現象だから。わらっちゃ悪い――っっっっっっっっっっw』


『笑っちゃ悪いよ。魔法とか解呪 はすごく体力を消耗するんだから』


 僕はコメントを書き込んだ。

 実際、魔法や加護、解呪 は物凄い集中力を必要とする。

 プロ棋士が一局対局するのと同じとさえ言われていて、低レベルの魔法使いスペルキャスターでは、ひとつふたつ魔法を使うだけで精神力が尽きてしまう。

 ましてエバさんは単独行ソロだ。

 ひとり重い装備を背負って、周囲を警戒しながらここまで進んできた。

 戦闘も今回をふくめて三回している。


《すみません。またまた休憩させていただきます》


 エバさんは決して無理はしない。

 画面に向かって謝ると、休息の支度を始める。

 祝福された聖水で魔除けの魔方陣を描き、その中で身体を休める。

 魔方陣は短時間しか効果がないけどその結界はとても強力で、魔王ですら足を踏み入れないらしい。

 それが “迷宮のことわり” なのだとか。


《少し早いですが、失礼をしてお弁当にしちゃいますね》


『うは、おk!』

『おk』

『お弁当OK!』

『ダンジョン飯おk!』

『“腐乱死体” いた部屋で飯食うなんて……なんたるアイアンストマック』

『今日のお弁当はなぁに?』


 エバさんが背嚢はいのうから取り出したのは……。


《今日のお弁当はおにぎりです。迷宮おにぎり、通称 “元気玉” です》


 三合の白米をひとつに握ったような、超巨大なおにぎりだった。


『元気玉キタ━(・∀・)━!!!!』

『元気玉!w』

『ドラゴンボール!キタ━(・∀・)━!!!!』

『孫悟空キタ━━━ヽ(∀゚ )人(゚∀゚)人( ゚∀)ノ━━━!!』

『元気玉と言うより、サッカーボール!』

『海苔でちょうどそんな風に見える!』


《これを食べればお腹の虫なんてHE・CHA・RAなのです。屁の屁の河童なのです》


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16818023212221634212


『中の人オヤジかよ!』

『影山アニキキタ━(・∀・)━!!!!』

『これが本当のZ世!』


 やんややんやのコメント欄。


(凄い……この娘、根っからの……天然の芸人だ)


《それでは失礼して――いただきます》


 エバさんが大きな口を開けて、あんぐりとおにぎりにかぶり付こうとした、まさにその瞬間。


《――た、助けて!!!!》


 突然画面に、革鎧レザーアーマーを着た女の人が飛び込んできた。



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ご視聴、ありがとうございました

エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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