第5話 四階への道★

《わ、わたしはアナログ派なのです》


 エバさんはカメラに、クシャクシャッとした顔を向けた。

 スマートウォッチに表示できるアプリなら、いちいち雑嚢ざつのうから出し入れする必要はないし、自分の位置は確認できるし、なによりオートマッピングだ。

 単独行ソロのエバさんなら、絶対にこっちの方が良いに決まってる。


『いや、めんどいからそれ』

『レコードじゃないんだから』

『会社の老害上司思い出した』

『昭和生まれでつか?』

『身体は若者、中身は老人! その名は迷宮保険員エバ!』


 コメントでも散々な言われようだ。


《で、でも羊皮紙の地図にもよいところはあるのですよ》


『例えば?』

『たとえば?』

『タトエバ?』

『TATOEBA?』


《落としても壊れません!》


 装着したスマートウォッチを落とすなんてことは滅多にないし、落としたとしても今のスマホの衝撃耐性は半端じゃない。

 水、高温や低圧、湿気にも強くて、羊皮紙なんかよりもずっとなんだけど……なんかこれ以上言うのは、可哀想になってきた。

 エバさんの表情が鋭くなった。

 無駄話はここまでのようだ。


《レ・ミリアさんたちが消息を絶ったのは、四階の “19、5” の座標で間違いはないでしょうか?》


『間違いない』

『合ってる』

『OK』

『そこです』

『無問題』


 レ・ミリアのマップアプリを確認していた人や、自分で地図を描くことが好きなマッピングマニアのメンターが即答する。


昇降機エレベーター は使わずに、縄梯子で下りたのですね》


 四階へ下りる経路はふたつある。

 ひとつは一階の中央に設置されている昇降機を使って、一気に下りる経路。

 もうひとつは各階に縄梯子で、二階、三階、四階と下りていく経路。

 そして四階は二重構造になっていて、どちらの経路で下りたにしても、双方向での行き来ができない。

 前回レ・ミリアたちは階段で下りる区域エリアの探索中に、悲劇に見舞われた。

 だから……。


(……手っ取り早く昇降機で助けに行くことはできない)


 どんなに面倒でも、一階層フロアずつ下りていくしかない。


『エバさん、早く行こう』


 僕はコメントを打ち込んだ。

 そうだ、ぐずぐずなんてしてられない。

 一秒だって無駄にはできない。

 ここは凶悪な魔物の徘徊する地下迷宮。

 レ・ミリアたちの死体がであるとは限らないんだ。

 エバさんは正面を見据えたまま、動かない。


「エバさん……?」


『どした?』

『なんで動かないの?』

『フリーズした?』

『フリーズ』

『What happen EVA?』


《わたし自身はその場にいませんでしたが、これとよく似た状況を聞いています》


「え?」


『なに? なにを言ってんの?』

『イミフ』

『エバさん、説明して』

『状況を報告せよ!』


 コメントが溢れても、エバさんは答えない。動かない。

 まっすぐに前を――迷宮の闇に浮かび上がる、さらに濃密な影を見つめている。

 フラッシュライトやカンテラどころか、魔法の明かり、いやくだん光蘚ヒカリゴケの発光すら封じ込める、迷宮の真の闇。

 探索者やダン配ファンが “漆黒の正方形” と呼ぶ “暗黒回廊ダークゾーン” の入口を、エバさんは凝視していた。

 そして僕たちリスナーはようやく気づいた。

 

 ガシャン……ガシャン……。


 その漆黒の正方形の奧から響いてくる、重々しい金属音に。

 まるで板金鎧プレートメイルを着込んだ戦士が歩いてくるような、金属の擦れ軋む耳障りな音。

 ドローンのマイクが拾うそんな乱雑な不協和音が徐々に大きく、近づいてくる。

 ヒリつくような緊張に、コメントが止まる。

 喉が……カラカラだった。

 なぜなら……一階に板金鎧を着た敵は出現しないから。

 次の瞬間、


《回避!》


 エバさんが鋭く叫び、横飛びに飛んだ!


 シュゴウッッッ!!!!!


 直後、暗黒回廊から火炎放射器ような炎の噴流ふんりゅうが伸び、たった今エバさんがいた空間を貫通した!

 さらに猛炎は舌がなめ回すような執拗さで、回避したエバさんを追う!

 横飛びし、転がり、跳び退り、また転がって、炎の舌フレイム・タンの追尾をかわすエバさん!


「な、なに!?」


『なんだ!?』

『敵!? MOB!?』

『What happen!?』

『ファイアーブレス!?』


 混乱に――恐慌に陥るコメント欄。

 唐突に火炎噴流が止み、真っ赤に染まっていた画面が再び闇に包まれる。

 炎をかわし切ったエバさんはしゃなりと立ち上がり、暗黒回廊を見据えた。


《この音、この炎――間違いありません》


 ガシャンッ!


 それが漆黒の正方形から、ヌッと姿を現わした。

 全身を光沢ある緑色の外皮で覆った……


《“緑皮魔牛ゴーゴン” です》


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330664423858716


『なに、こいつ!?』

『一階にこんなMOB湧いた!?』

『こんな奴見たことねーぞ!』

『初見!? 初見の魔物!?』

『1st contact !!!?』


 狂乱するコメント欄。

 初見の魔物とはこのチャンネルだけでなく、世界で配信されているダンジョン配信で初めて確認された魔物を言う。

 初見の魔物との遭遇はダン配ファンにとって望外の幸運であり、夢だった。


《“緑皮魔牛” は幻獣系に属するモンスターです。

 メタリカルな光沢の外皮はもちろんのこと、筋肉から内臓・骨格に到るまですべて重合金で形成されていて、その重量たるや、なまなかな巨人に匹敵します。

 モンスターレベルは8――そうです。皆さんの言うところのネームドレベル8以上の魔物です。

 通常なら地下六階以降に出現する魔物ですが……》


 エバさんが戦棍メイスを持ち上げ、盾を引き付ける。


《どうやら迷宮に異変が起こっているようです》


 熟練者マスタークラスのエバさんと、本来なら地下一階には出現しないはずの魔獣 “緑皮魔牛”

 古強者同士の戦いの火蓋が切って落とされた。



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ご視聴、ありがとうございました

エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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