第4話 古強者初心者

 エバさんはスマホを覚えた。

 ……少しだけ。


『そうそう。それでコメントが読める』

『レ・ミリアのチャンネル登録者は多いから、そのままだと溢れてわけがわからなくなるよ』

『探索中はフィルターで “メンター” だけにした方がいい』


《メンターですか?》


『視聴者の中で信用できる人を “メンター” に指定するのよ。元探索者の人とかね。そういう人からアドヴァイスを受けながらダンジョン配信をするわけ』


《わたしはまだ皆さんのことをよく知らないので、レ・ミリアさんのメンターさんをそのまま表示させていただきます》


 チャリン♪ チャリン♪ と、『よくできました』のスパチャ。


『スパチャ入ってるけど、これエバさんの収入になるの?』


《いえ、これらの投げ銭?はすべてレ・ミリアさんたちの収入になります。わたしがいただくのは会社からのお給料だけです。そういう契約なのです。我が社はこれでも良心的な保険屋さんとして営業しているのです》


 えっへん! と誇らしげに胸を張るエバさん。


『その保険会社ってなに? 本当に存在してるわけ?』


《もちろんです。我が『灰の道迷宮保険』は探索者ギルド都の迷宮課から認可を受けた、正式な迷宮保険会社です》


『……灰の道迷宮保険』

『灰の道w』

『なにその、そこはかとなく不吉な社名……』

『迷宮で死んだ契約者を回収して生き返らせる保険……会社であってる?』


《はい。そのとおりです》


『待て待て待て! 生き返らせるって本当にできるのか!?』

『それだよそれ! レ・ミリアを本当に生き返らせるのかよ!?』


 またもや凄まじい勢いでコメントが流れる。


《蘇生は可能です。わたしはその加護を授かっています》


 一瞬後、


 チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪

 チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪

 チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪

 チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪

 チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪

 チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪

 チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪

 チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪

 チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪

 チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪

 チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪

 チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪


 これまでに見たこともない勢いで、世界中からスパチャが投げつけられた。


《ですが、それは迷宮の中に限っての話です。外に遺体を持ち出してしまうと蘇生は不可能になります。皆さんもご存じだとは思いますが、外の世界には “エーテル” が存在しませんから》


 エーテル……。

 それは迷宮だけに存在する魔法伝導物質。

 この物質がある場所でしか魔法――魔術師メイジ の呪文も聖職者クレリックの加護も使えない。

 そして『こちら側の人間』が迷宮探索者になれるかどうかを左右する、最も重要な要素。


『蘇生の加護って何レベルで覚えられるの?』

『エバさん、レベルいくつ?』

『ステータス見せて!』


《ス、ステータスですか? そ、それはもしかしたら体重やスリーサイズなども見えてしまうものなのでしょうか?》


『体重もスリーサイズも見えない。備考欄に自分で書くことは出来るけど』

ギルド役所で測定したステータスが登録されてるから、それを表示させるだけ』

『スマートウォッチにバイタルサイン(体温、呼吸、脈拍、血圧)を計測する機能が付いてるから紐付けすれば、生命力ヒットポイントに変換して表示してくれるよ』


 メンターが次々に配信初心者のエバさんを教育していく。

 ヒィヒィ悪戦苦闘しながらスマートウォッチを操作するエバさん。

 “野盗ブッシュワーカー” と戦っているときの方が、もうずっと冷静だ。

 僕はレ・ミリアがチャンネルを開設した当初からの古参視聴者で、光栄にも彼女にメンター登録をしてもらってる。

 だから僕もオタクのさがで、ここぞとばかりにウンチクを書き込んだ。


《こ、これでよいでしょうか? 見えましたか?》



名前 :エバ・ライスライト

職業 :僧侶プリーステス

レベル:13

生命力:103

筋力 :15

知力 :16 

信仰心:15+(種族上限)

耐久力:18 (種族上限)

敏捷性:16

運  :9


参考

名前 :レ・ミリア

職業 :戦士ファイター

レベル:8

生命力:52

筋力 :13

知力 :11 

信仰心:6

耐久力:12

敏捷性:15

運  :11



『レベル13!?』

『は!?』

『マジデ!?』

『ステータス高!』

『っていうか、HP100越えてるやん!』

『いや、盛ってるでしょ、絶対!』

『ギルド認定のステータスって細工できんの!?』

『そりゃ、やろうと思えばいくらでも』

『詐欺? 契約者を取るための?』

『おい、失礼なこというな!』


 画面に表示されたエバさんのステータスに、コメント欄が荒ぶる。

 東京のど真ん中にダンジョンが出現して一〇年。

 調査と法整備が成され、一般に開放されてから三年。

 これまで探索者ギルド役所の迷宮課に認定された、最もレベルの高い探索者がレベル8だった。

 いまだレベル9に認定された探索者はいない。

 だから僕たちダン配ファンはレベル8に認定された探索者を、名の通った古強者ネームドと呼んでいた。


 だけどその古強者も、全員が現役じゃない。

 限界を感じて引退したり、負傷してそれ以上探索を続けられなくなったり、そして迷宮から還らなかったり……。

 現在も迷宮に潜り続けている探索者は、一〇人にも満たなかった。

 その一〇人も満たない古強者のうちの六人が、レ・ミリアたちだった。

 現時点で彼女たちは、最高・最強・最精鋭のパーティだった。

 そんなレ・ミリアたちを5レベルも上回る女の子……。


『きょ、虚偽ではありません。わたしは正真正銘、混じりっけなしのレベル13、熟練者マスタークラスの迷宮探索者です』


 熟練者!

 エバさんの言葉に、僕は衝撃を受けた。

 それはまさしく古強者ヴェテランを越えた探索者の尊称だろう!


《レベル13になると魔術師と僧侶はそれぞれ、全ての呪文と加護を習得できます。最高位階の魔法を習得できることから熟練者と呼ばれているのです。蘇生の加護は、このレベルで授かることができます》


 呆気にとられてコメントもできない。

 いったいこの娘は、どこでこんな力を身につけたのだろう……。


《休憩が長くなってしまいましたね。地図を確認したら出発しましょう》


 唖然とする視聴者をよそにエバさんは、腰の雑嚢ポーチから色あせた厚紙?の束を取り出した。

 

 あれが地図……?

 っていうか、あれってもしかして羊皮紙!

 羊皮紙の地図!?


「――って待って待って、さっき地図アプリの使い方教えたでしょ!」


《わ、わたしはアナログ派なのです》


 エバさんはカメラに、クシャクシャッとした顔を向けた。

 EVASAN、誰も勝てないコノコには……。



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ご視聴、ありがとうございました

エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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