第2話 線画迷宮

 ピッ、


《……》


 ピッ、

 ピッ、


《…………》


 ピッ、

 ピッ、

 ピッ、


《………………》


(な、何してるの?)


 迷宮保険員という怪しげな肩書きを名乗り、レ・ミリアたちの回収ミッションのLIVE配信を宣言したエバ……さんだったが、背負い袋から出した小型のドローンをいじってはしきりに首を傾げている。

 華奢きゃしゃな背中ににじむ、困惑の気配……。


『もしかして……カメラドローンの操作わかってない?』

『は? あんなのスイッチ入れるだけだろ』

『スマホが下手なタイプ?』

『パワースイッチ、長押し! 長押し!』

『電源! 長押し!』

『コメント確認して!』

『ドジっ子属性炸裂?』

『っていうか、ソロ配信なの、これ? 他にパーティメンいないの?』

『っていうか、ソロのダン配なんて聞いたことねえ。自殺行為だろ、これ』

『長押し! 長押し!』

『長押し! 長押し!』


《し、失礼しました。A-OKです。カメラドローンは全部で五台飛ばします。わたしのヘッドカメラと合わせれば、レ・ミリアさんの時と同じ六人パーティの視点で配信できると思います》


 なんとかドローンを起動させ、クシャクシャっとした表情を浮かべるエバさん。

 気恥ずかしくて、照れて、ホッとしている……。

 なんていうか……考えていることがまるわかりなだ……。


『宇宙飛行士かよ』

『A-OKはインフォーマルで、普通に使うぞ』

『なんか、すげー危なっかしい』

『大丈夫なんか?』

『それより蘇生って本当にできるのかよ!?』

『それだよ、それ!』

『質問に答えろよ、メスガキ!』


「そうだよ! 本当にレ・ミリアを生き返らせられるのかよ!?」


《時間がありません。準備を続けさせていただきます》


 視聴者リスナーの苛立ちをよそにエバさんは、加護を嘆願する祝詞しゅくしを唱え始めた。

 探索の期間中パーティの装甲値アーマークラスを2恒楯コンティニュアル・シールド” の加護だ。

 装甲値は低いほどよく、-10にもなればシャーマン戦車と同等の防御力になる。

 これで彼女の防御力は革鎧レザーアーマーを一着、余計に着込んだぐらい上昇したはず。


 魔術師系の魔法である『呪文』。

 聖職者系の魔法である『加護』。


 僧服を着ていることからもこの娘の職業クラス は、やっぱり僧侶プリーステスみたいだ。

 さらに認知力を上げて魔物の正体を瞬時に識別する “認知アイデンティファイ” も嘆願する。

 祝詞を唱え終えたエバさんは固定カメラを回収して、自身のヘッドカメラと五台のドローンに映像を切り替えた。

 メインの映像以外に、複数のサブ映像が画面の端に映る。

 好きなカメラをタップすれば、それがメインになる。

 僕は彼女の顔が一番鮮明に映っているドローン5-Aのカメラをメインにした。


《準備は整いました。それでは進発します》 


 背嚢はいのうを背負い直し、右手に戦棍メイス、左手に盾を携えると、エバさんはドローン1に宣言コールした。


『え? “永光コンティニュアル・ライト” は嘆願しないの?』

『エバさん、“永光” 忘れてる!』

『明かりなしじゃ危ないって!』

『何考えてんだ、コイツ』


「明かり点けろよ! 死にたいのか!」

 

 スマホに向かって怒鳴る。

 防御力を上げる “恒楯”

 認知力を上げる “認知”

 そして、探索のあいだ迷宮に明かりを灯す “永光”

 この三つの加護は『聖職者の三点セット』と呼ばれていて、迷宮に潜ったらすぐに嘆願するのがセオリー、迷宮探索の “いろはのい” とされていた。 

 エバさんはその最後の加護を嘆願する前に、スタスタと歩き出してしまった。


《フルパーティならいざ知らず、単独行ソロで明かりを灯すのは状況によりけりです》


 高感度のマイクが、エバさんの囁きを拾う。


《場合によっては魔物を呼び寄せてしまうことも考えられますから》


「……あ」


(そうか……そうだよな)


 迷宮で灯す明かりは、闇夜の提灯ちょうちん

 遠くからでも丸分かりだ。

 六人パーティなら同士討ちの危険もあるので明かりなしなんて考えられないけど、

ソロなら逆に……。


《心配はいりません。迷宮の闇には慣れていますから》


『いや、無茶でしょ!』

『メンタル鋼すぎるだろ!』

『明かり点けないで迷宮をソロ!? バカなの! 死ぬの!?』


《大丈夫です。明かりを点けなければ、迷宮は自らを示してくれます》


 荒れるコメント欄とは対照的に、エバさんは沈着だった。

 そして彼女の言葉が正しいことはすぐに証明された。

 カメラの中に薄ぼんやりとした白線が浮かび上がったのだ。

 迷宮の壁や床や天井のに群生する藻類……光蘚ヒカリゴケの発光。

 迷宮が……自らを示した。


 もちろんダン配のファンなら、光蘚の存在は知っている。

 でもそれは明かりの加護が尽きたり、加護を灯している聖職者とはぐれてしまったときなどの緊急事態で映ったからだ。

 混乱し、恐慌に陥ったカメラはブレブレで、とても視られたものじゃなかった。

 かといって明かりなしに潜る配信者なんていない。

 だからこんな風に冷静に、光蘚が浮かび上がらせた迷宮を視たことはない……。


ようこそ、線画迷宮へWelcome to dungeon of wireframe 》 


 その瞬間コメントの奔流ほんりゅうが、止んだ。

 闇に浮かび上がる線画の迷宮に立つ少女。

 白い僧服に身を包み、同色の僧帽から零れる髪が夜空のように輝いている。

 画面から溢れる清浄で静逸な気配に僕は……僕だけでなくきっと世界中の視聴者が時間を奪われた。

 

(……この娘、迷宮映えする……)


『なんか今、鳥肌立った!』

『ゾクッときた』

『誰この子!? 何者!?』

『決めた、俺この子推す』

『いいね、つけていいの?』

『レ・ミリアのチャンネルだからまずくね?』

『でも委任されてんでしょ?』

『つけちゃった』


《これが迷宮の素顔です。そして迷宮の真の闇がこんなものではないことは皆さんもご存じだと思います》


 視聴者の誰もがエバさんの言わんとすることを理解し、黙り込んだことだろう。


(……そうだ。迷宮の真の闇はこんなもんじゃない。迷宮の真の闇は……)


 突然だった。

 不意にエバさんの後方を映しているドローン4-Bのカメラに何かが映った。

 闇の奧から現れる、五人の “みすぼらしい男” たち。


「後ろ、後ろ!」


 ガタン! と椅子から立ち上がって叫ぶ。

 エバさんはまだ、魔物との遭遇エンカウントに気づいていない。



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ご視聴、ありがとうございました

エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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