久しぶりのギルド
食器を下げに行くと肉を乗せた皿は空になっており、タレの入っていた器も空になっていた。
俺もジェイクもタレを出す時は不足しないように多めに入れておくのだが、この席のお客は飲み干したようだ。
「たしかに美味いんだよな。そうなる気持ちも分からなくはないけど」
今日のタレは俺がやり方を教えて、ジェイクが作ったものだった。
相変わらずしょうゆ系の調味料は手に入らないので、他の調味料や野菜や果物、スパイスなどを組み合わせている。
「この時間にお客が来ることは少ないので、今のお客で店じまいにしますかね」
「分かった。そうしよう」
ジェイクはこちらの提案に頷いた。
片づけのために席の方に戻ると、俺に続いて彼も出てきた。
順番にテーブルの手入れや確認を進めていると、最後にアデルのいる席が残った。
当店の上客を急がせるわけにはいかないので、先に他の作業を行うことにした。
厨房とテーブル席の間を出入りしていると、アデルはそれじゃあまた明日と声をかけて帰っていった。
その後も片づけを続けたわけだが、手際のいいジェイクと一緒だと短い時間で済んでしまった。
二人とも昼食がまだだったので、ジェイクの手料理でお腹を満たした。
「前に話した給料の件ですけど、店の食材を自由に使えるだけでいいんですか?」
食後にテーブル席の椅子に腰かけて、彼と二人で話していた。
転生前のカフェならいざ知らず、この世界で人を雇ったことがないので、人件費をどのように設定すればいいのか迷っている。
「ああっ、それで問題ない。城の料理人だった時の蓄えがあるからな。それに宿屋の主人に料理を食べさせたら、宿代がタダ同然になってしまった。生活するのにほとんど金がかからないんだ」
「お節介だと思いますけど、店を出す時の資金はどうやって調達するんですか?」
王都の方が土地代も高いだろうし、以前から気にかかっていたことだった。
「それなら、いくつか当てがある。それにバラムの方が王都よりも物の値段が安いから、蓄えはほとんど残ったままだ」
「そうでしたか。心配無用でしたね」
「いや、気にかけてもらって助かる」
それから俺たちは自分たちが使った食器を片づけた。
普段ならこれで帰る時間なのだが、ジェイクは店に残るようだった。
「ギルドに用事があるので帰りますね」
「了解した。明日も頼む」
「はい、また明日」
俺は店を後にして、町中にあるギルドへと向かった。
店のある辺りは町の中心を外れた閑静なところなのだが、ギルドの位置はマーガレット通りの市場からわりと近くにあった。
エスカを一緒につれてくることも考えたが、自宅で休んでいるかもしれなくて声をかけには行かなかった。
ギルドの近くまで来ると、久しぶりの来訪に緊張を覚えた。
辺境のギルドとはいえ冒険者が集まる場所なので、ふらりと散歩ついでに立ち寄るようなところではない。
二階建ての一階部分に入り口があり、重厚な扉を引いて中に入った。
冒険者は朝に依頼を受けて、夕方に報告に来ることが多い。
そのため、昼下がりをすぎた今の時間はロビーが閑散としていた。
立ち話をしている冒険者がわずかにいるだけで、そこまで人の気配はない。
ロビーを通りすぎてギルド長の部屋に向かう。
受付に声をかけておこうと思ったが、この時間は不在のようだ。
同じ階の突き当りの部屋の扉をノックする。
部屋の中から入りたまえという耳になじみのある声が届き、扉を手前に引いて中に入った。
「――おやっ、珍しい顔だ。シルバーゴブリンの件で顔を合わせて以来か」
「どうも、ご無沙汰しています」
ギルド長ビクトルは柔らかな表情で出迎えてくれた。
銀色の短髪と服を着ていても分かるようながっしりした身体つきは、記憶の中の彼の姿と一致している。
「以前、冒険者仲間に話していた通り、自分の店を開いたようだな」
「はい、おかげさまで軌道に乗り始めたところです」
「そうかそうか、それはよかった……して、何か用件があるのだろう?」
ビクトルは威厳の窺える表情で視線を向けた。
俺は緊張を覚えながら本題を切り出すことにした。
「露店で魔道具を見かけたと人づてに聞きまして」
「ほう、魔道具とな」
エスカは現役の冒険者なので、彼女の名前は控えておいた。
いずれ明らかになるかもしれないので、必要があれば話すつもりだった。
「魔道具を売っていること自体が滅多にあることではないので、ギルドに何かしら情報がないかと伺った次第です」
「なるほどな、そういうことだったのか」
ビクトルは机に平積みされた資料をいくつか手に取って眺めた。
経験上、最近の報告が書かれた紙であることは分かる。
「露店で大っぴらにやれば目につく。おそらく、短期間か小さい規模で開いていた――というようなことは起こりうるだろう」
彼は話を続けながら、資料に目を通していた。
「関連があるとすれば……これはそうかもしれん。アスタール山への不法な侵入と占拠。通りがかった地元の人間が注意に行ったら追い払われたらしい」
「この辺りにしては珍しい。そんなことがあったんですね」
「状況から見てよそ者だろう。備考欄に『テントのようなものを設置している』とあるから、工房を設置している可能性もあるだろうな」
ビクトルは何度か同じ資料に目を通した後、元の位置に戻した。
そして、腰かけていた椅子から立ち上がり、こちらに近づいてきた。
「袖先から覗く腕が少し細い。身体は鍛えているのか?」
「仕事で重いものを運ぶこともありますし、勘が鈍らないように多少は剣を握ることもありますよ」
「熱心な冒険者だった君には愚問だったか」
ビクトルは照れくさそうに頭をかいた。
「……ちなみにアスタール山への入山の許可をもらえませんか?」
「それは問題ないが、何か気になることでもあるのかね」
ビクトルは不思議そうに首を傾げた。
急にこんな話をすれば当然の反応だと思った。
「魔道具の実物を見たことがないので、この目で見てみたいと思いまして」
「そんな理由か。あの山に賊が居座ったところで困ることはないから、無理に追い払う必要はないぞ」
「もちろんです。危険があればギルドへ報告に赴き、現役の冒険者に協力を頼みます」
「よろしい。それと暇な時はいつでも顔を出しにきたまえ。冒険者を引退した者のその後というのは気になるものだ」
「はい。それでは失礼します」
俺はビクトルに頭を下げた後、部屋を出た。
まずは話題に上がったアスタール山を調べてみよう。
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