店の様子とアデルの来店
俺とジェイクの二人で準備を終えた後、しばらくして店の開店時間になった。
以前からの常連客だけでなく、ジェイクの味を求める客層も増えたこともあってか、開店直後からお客が来るような状況だった。
そこまで混雑しているわけではないので、ひとまず補助的な役割を担うことにした。
ジェイクからアドバイスを頼まれているため、自分が中心的に動いてしまっては状況を確かめることができないという理由もあった。
今はテーブル席から少し離れたところで、ジェイクとお客の様子を見守っている。
以前は不慣れに見えたジェイクの接客だったが、今日は無難にこなせているようだ。
「とりあえず、特に問題はなさそうだな」
遠目に見ている感じでは全体的に大丈夫だった。
客足は日によって増減するものだが、今日は比較的少ない日だと思われた。
俺が一人で切り盛りしていた時と大きな差は見られない。
配膳や片づけの時に力を貸しつつ、店の様子の観察を続けた。
自分が不在の間に大きく変わった点はないように見受けられ、ジェイクが教えをできる限り忠実に守っていることが分かった。
営業時間が終盤に差しかかった頃、アデルがふらりとやってきた。
彼女は空いた席に座って、ジェイクに何かを注文した。
敷地の片隅に立っていた俺はアデルの元へ歩み寄った。
肝心のエスカは帰宅すると言って、この場には不在だった。
「昨日は助かりました」
「あら、今日は店にいるのね。あれから、彼女は大丈夫だった?」
「目覚めてから何ごともなかったです」
「ふーん、そうなの」
二人で話しているとジェイクが飲みものを持ってきた。
アデルは肉を注文しなかったようだ。
この店はカフェ営業はしていないのだが、これまでに多大なる投資をこの店にしてくれているので、特別待遇になったとしても何の問題もない。
「ギルドで魔法を学んだ身なので魔道具の存在は知っていたものの、実物を見たのは初めてでした。書物でどんなものかは見たことあるんですけど」
「この町には魔道具を作るような魔法使いはいないものね。そういえば、エスカはどこで手に入れたのかしら?」
「市場の露店みたいです」
アデルはこちらの答えを聞いて、何かを考えるように静かになった。
彼女の言葉を待っていると、迷いの色が見える表情で口を開いた。
「あれを作った本人は何がしたかったのか読めないわね」
「ちなみに魔道具はどれぐらいするものですか?」
「物によりけりじゃないかしら。それでも、市場の露店で売るような値段よりも高値ということが一般的よね」
二人で話していても謎が深まるばかりだった。
エスカがネックレスを買ったのは少し前らしいので、今でも露店が営業している可能性は高くない。
「こういう時はギルドに行けば、不審者の情報や何らかの事件について情報が集まります。バラムは辺境ということもあって、怪しいことがあれば目立つんですよ」
「そこまで害はなさそうだけれど、魔道具を扱うような輩にはちょっと興味があるのよね。私はギルドに顔が利かないから、マルクに任せてもいいかしら?」
「しばらくギルドに顔を出せてないので、あいさつがてら寄ってみます」
時間的に客足が落ちついており、ジェイクが近くを歩いていた。
俺とアデルの会話に加わるように話しかけてきた。
「今日の仕事ぶりはどうだろうか? 問題なくやれているか教えてほしい」
ジェイクは今日の様子を知りたかったようだ。
いつも自信があるように見えるので、少し心配そうにたずねてきたことが新鮮に感じた。
「何も問題ないです。細かい部分を見た方がいいなら、何日か見た方がいいと思います」
「そうか、それもそうだな。オレは急いでいないから、時間をかけて確認してくれ」
「分かりました。引き続きお願いしますね」
「ああっ、もちろんだ。こちらこそ頼む」
表情の変化が大きくはないものの、ジェイクはホッとしたように穏やかな顔になった。
彼に王都に店を出す件の打診をしたこともあり、本人なりにプレッシャーを感じていたのだと思った。
ジェイクは俺の答えに満足したようで店の中へ戻っていった。
「あなたが留守にしてから焼肉を食べに来たけれど、彼が料理を出すようになっても変わらない美味しさなのよ。オリジナルの味から外れすぎないように工夫しているのでしょうね」
「ジェイクが味にこだわりだしたら、強いライバルになりますよね。店を出すにしても王都になるみたいなので、競合しなくてよかったです」
アデルと話していると食事中だったお客が席を立ち、テーブルの上を片づけられそうだと気づいた。
「ああっ、私のことは気にしなくていいわよ。適当にくつろいだら帰るから」
俺の注意が会話から逸れたことに目を留めて、気を遣うようにアデルが言った。
「ありがとうございます。今日は店を閉めてからギルドに行くつもりなので、明日の同じ時間帯に来てもらってもいいですか? 何か分かったことがあれば伝えます」
「ええ、構わないわよ」
「それじゃあ、失礼して」
俺は席を立って、お客の去ったテーブルに向かった。
思わず席を片づけたくなるのは職業病のようなものだと痛感した。
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