ぎこちない二人
エスカが着替えを済ませた後、二人で俺の店に向かうことにした。
時間が合えばジェイクの手伝いをするつもりで、あとはアデルが店に来るのなら話をしようと考えていた。
二人で家を出て通りを歩き始めた頃、エスカとの雰囲気が普段と違うような気がした。
昨晩、俺は意識がはっきりしていたものの、エスカは十分に覚えていないだろうから、もう少し説明をした方がいいだろう。
「昨日の夜のことだけど、魔道具の影響があったみたいだし……。時にはああいうこともあるって」
「……はい」
「そういえば、このネックレスはどこで買ったんだ?」
あのネックレスを部屋に置いたままにするのは不安でポケットに入れてある。
「市場に見かけたことのない露店が出ていて、何だかきれいで買っちゃいました」
「アデルの話では危険はないみたいだから返しておく」
エスカは頼りない手つきでネックレスを受け取った。
下着姿で目覚めたのはインパクトが大きすぎたようで、エスカはいつもより口数が少なかった。
――とはいえ、こんな状況でもお腹は空く。
俺たちは通り道のパン屋で朝食を調達して、食べながら店へと向かった。
店の近くに着いたところで、すでにジェイクがいることが分かった。
来たことの目印のように、敷地の前が掃除を終えた状態になっている。
エスカと二人で店内に向かい、厨房へと足を運んだ。
「――おはようございます」
「おはよう。先に店に入らせてもらった」
ジェイクは厨房のまな板で肉を切り分けているところだった。
「セバスの配達が済んでるってことは、もう少し早く来た方がよかったですね」
「いや、それは構わない。一人でも問題ないからな」
「やっぱりすごいな。手際がいい」
ジェイクはそこまで言うだけあって、塊の状態の肉に手早く包丁を入れていく。
前から優れた技術を持っていたが、さらに磨きがかかっているようだ。
「今日はセバスおすすめのハラミ肉だ。脂の入り方からして味がいいことは間違いないが、生で食べるわけにもいかないのがもどかしいな」
この世界では肉はもちろんのこと、魚を生で食べる文化も滅多にない。
ジェイクなりのユーモアのようにも聞こえた。
「仕込みの邪魔をするのも悪いので、席のチェックをしておきます」
「ところで、エスカの調子は大丈夫なのか?」
ジェイクの質問に対して、物陰に隠れるようなエスカが反応した。
「……はい、大丈夫ですよ」
「あっ、いたのか。静かだったから気づかなかった」
「あははっ、そうですか」
エスカが店を手伝ったこともあるそうなので、ジェイクとは打ち解けている雰囲気だった。
ジェイクも普段と様子が違うことが気になるようだが、そこまで深堀りせずに作業に戻った。
俺は店の中にあるテーブル拭きを手に取り、外のテーブル席に向かった。
所在なさげだったエスカはこちらについてきた。
「エスカは店の手伝いをしてくれたんだって」
「はい、ジェイクさんが忙しそうな時にお手伝いしました」
「お礼を言いそびれていたけど、ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
エスカは少し照れたような反応だった。
会話を続けるうちに普段の彼女に戻ってきたような気がする。
俺はテーブルを拭いたり、焼き台の確認を始めながらエスカと話していた。
「気にしてなかったけど、今日はギルドの依頼はなかったか?」
「特に予定を入れていないので、大丈夫です」
「そのうちに開店すると思うけど、適当に空いた席でくつろいでもらっていいから」
「はい、ありがとうございます」
エスカとの会話に区切りがついたところで、焼き台の確認をしっかりと行った。
ジェイクは魔法が使えないため、誰かにサスペンド・フレイムをお願いして対応していたのだと気づいた。
彼に店を任せる時にそのことに気が回らず、申し訳ない気持ちになった。
俺は店の中に戻って、ジェイクに声をかけた。
「焼き台の火のこと、気づかなくてすいません。仕組みの説明だけじゃなくて、代わりに魔法が使える人を探しておくべきでした」
「いや、それ自体は問題ない」
ジェイクは作業の手を止めて、こちらに顔を向けた。
「ただ、人が変わると火加減にバラつきが出てしまうようだ」
「やっぱり、そうですか。焼き台の焼き目がいつもと違う気がしたんですよね」
「オレが自分で魔法を使えたらいいのだが」
ジェイクは彼にしては珍しく悔しそうな表情になった。
「生まれ持った魔力に左右されることですし、サスペンド・フレイムと言えど教わらないと使えないので、しょうがないと思いますよ」
「むっ、そうか。それならば仕方がないか」
俺の説明を聞いて、ジェイクは納得するように頷いた。
「火の加減は今後の課題ですね。それじゃあ、鉄板をセットしてきます」
「ああっ、頼む」
俺は厨房に置かれた鉄板を手に取り、店の外に向かった。
焼き台の上に順番に鉄板を乗せていく。
ジェイクは丁寧に磨いているようで光沢のある状態だった。
「仕事が丁寧だなぁ。一人で切り盛りするのは楽じゃないのに」
俺はそんな独り言をこぼしながら作業を続けた。
途中で庭木を眺めていたエスカが手伝いましょうかという目線を送ってきたが、手の合図で大丈夫だと返した。
仕込み全般をジェイクに任せてしまうかたちになってしまったが、徐々に店の開店時間が近づいていた。
店に立つのが久しぶりなこともあり、自分の店というよりもジェイクの店に手伝いに来ているような錯覚を覚えた。
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