魔道具の気配

 部屋の鍵を閉めた後、階段を素早く下りて家の敷地を出た。

 静まり返った通りを歩いて、自分の店へと引き返す。

 

 急ぎ足で移動するとすぐに到着した。

 店の周りは明かるいままで、屋外のテーブル席にアデルがいた。


「ちょっと困ったことがあって戻ってきました」


「あら、そう。何があったのかしら?」


「エスカの身につけていたネックレスが魔道具だったみたいです。俺が魔力を流したら宝石が割れて、彼女が寝こんでしまって……」


 アデルは椅子に腰かけたまま、俺の話を聞いていた。

 何かを思い返すような間があった後、彼女は口を開いた。


「あぁー、あのネックレスね。特に危険な魔力は感じなかったけれど」


「エスカに何かあるといけないので、来てもらってもいいですか?」

 

「いいわ。行きましょう」


 俺とアデルは厨房で作業中だったジェイクに声をかけてから、エスカの眠る我が家へと向かった。




 部屋に戻った時、エスカがいなくなっていないか気にかかったが、ソファーで寝息を立てていた。


「ひと目見た感じでは何もなさそうね」


 アデルは一応確かめてみるわと続けてエスカに近づいた。

 その場でしゃがんでエスカの様子をじっくりと観察している。


「……どうですか?」


「うーん、魔力の影響があるようには見えないわよ」


 アデルはそう言った後、よっと布団を動かした。

 その瞬間、まずいと思った。


「――あっ」


「……ええと、これはどういうことなのかしらね」


 アデルは怒りというよりも、困ったような反応だった。

 布団を動かしたことで、エスカの胸元とブラジャーが見えてしまった。

 

「おそらくそのネックレスの影響で……、彼女が自分から服を脱いだんです」


「それはそうよね。あなたがそういうことをするようにも見えないし、エスカが強引に迫るわけないもの」


 俺の説明を聞いて、アデルは納得したようだった。

 彼女は状況を探るようにネックレスに手を伸ばした。


「それって魔道具ですよね」


「ええ、そうみたい。あなたが魔力を流したことで機能しなくなったようね」


 アデルはネックレスを取り外し、じっくりと眺めている。

 魔法に精通していることもあり、興味が湧いたのだろうか。 

 目のやり場に困るので、布団を元の位置にさりげなく戻した。

 

 エスカの状態が気がかりだったものの、アデルの様子からして心配ないと思われる。

 俺自身の知識では魔道具の影響を判断できなかったので、アデルを呼んできて正解だったようだ。


「装着していると何らかの影響を受けることまでは分かるけれど、具体的にどうなるかまでは分からないわね」


「エスカはこんなものをどこで手に入れたんでしょう?」


「本人に聞いてみないことには分からないわ」


「それはそうですね」


 アデルは確認を終えたようにネックレスをテーブルに置いた。 

 ネックレスは紅色の宝石が目立つデザインで、魔力探知に長けていなければ、そこまで違和感を覚えないような普通の見た目だった。


 再びエスカに視線を向けると落ちついた様子で眠っていた。

 寝ているところを起こすのも気が引けるので、朝まで待った方がよいだろうか。


「とりあえず、異常なしということでよかったですかね」


「夜通し見守らなければいけないような状態ではないわ。このまま寝かせておくのが一番よ」


「分かりました。俺には判断がつかなかったので助かりました」


「それじゃあ、私は帰るわね。何か異常があれば教えてもらえるかしら」


「はい、そうします」


 アデルは部屋から立ち去っていった。

 彼女がいなかったら、不安なまま夜を明かすことになっていただろう。




 翌朝。目が覚めた時、自分の部屋に帰ってきたことをすぐに思い出せなかった。

 見慣れた内装と使い慣れたベッドの感触。

 昨日の夕方に王都からバラムへ帰ってきたのだ。


 俺はベッドから起き上がり、寝室から廊下を通ってキッチンへと足を運んだ。

 水差しからカップに水を入れて飲み干す。

 ふと、いつも使っているカップがないことを不思議に思った。


「……あれ、どこかに置いたままだったか」 

 

 そのうちに見つかるだろうと違和感を気に留めることなく、リビングへと移動した。

 ソファーに横たわる人影を目にした瞬間、昨夜の出来事を思い出した。


「あっ、そういえば」


 見当たらなかったカップはテーブルに置かれ、ソファーにはエスカが寝ている。

 彼女が下着姿のままなことに気づいて、アデルに服を着せてもらえばよかったと思った。

 寝たままの人間に服を着せられるかは分からないが。


「――う、うーん……」


 どうしたものかと決めあぐねていると、エスカが目を覚ましてしまった。

 

「……お、おはよう」


「ふわぁ……あれっ、マルクさん?」


 エスカは上半身を起こしてこちらを見ていた。

 そして、彼女は自分の状態を探るように手前に視線を向けた。


「……その、何というか」


「え、えっ、どういうことですか!?」


 エスカは混乱したように質問を投げてきた。

 筋道の通った答えを考えようとするのだが、起きたばかりの頭ではすぐに思いつかない。

 ひとまず、確認しておいた方がいいことをたずねることにした。


「昨日の記憶はどこまである?」


「ええと、みんなでワインを飲んでいたことは覚えてます」


 エスカは記憶が曖昧なようで思い出すのに時間が必要に見えた。

 俺は部屋の片隅に置かれた彼女の服を手に取り、恐る恐る手渡した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る