カタリナに焼肉を振る舞う

 しばらくするとカタリナの昼食の時間が近づいたとのことで、ブルームが彼女を呼びに向かった。

 準備は万端で自信もあったが、カタリナを待っていると緊張が高まるのを感じた。


 そのまま様子を窺っていると、カタリナがブルームに付き添われて現れた。

 彼女は初対面の時に身につけていたのと同じドレスを纏っていた。


「こちらの椅子にどうぞ」


「うむ」


 料理の用意をした席にカタリナを案内すると、彼女は椅子に腰を下ろした。


「マルク、それでは始めてもらってよいか」


「はい」


 引き締まった面持ちのブルームに声をかけられて、俺はトングを手にした。

 フォークと取り皿などはカタリナの近くに用意してある。 


「失礼します。焼肉は自分で焼いて食べる形式なので、大臣自ら焼いて頂いてもよろしいですか?」


「うむ、そういうことか」


 カタリナにトングを手渡すと、彼女は納得したように頷いた。


「こちらの肉を掴んで、鉄板の上に乗せてください」


「ほう、変わった調理法じゃな」


 カタリナは感心したように言った。


 彼女が肉を鉄板に乗せると、食欲をそそる香りと油脂の弾ける音がした。

 見た感じ火加減はちょうどいいようだ。


「まずは片面をじっくり焼いて、火が通ったらひっくり返してください」


「自分で肉を焼くというのは面白い。これはバラムの郷土料理なのか?」


「いえ、俺が発案した食べ方です」


 本当は地球発祥なのだが、それを話すとややこしいことになる。


 ほどなくして、まずは片面に火が通った。


「そろそろ、ひっくり返して頂いて大丈夫ですよ」


「うむ、分かった」


 カタリナはトングを手に取って、焼けた肉を掴んだ。

 慣れない動作でぎこちないように見えたが、無事に返すことができた。


「このまま少し待ってから、もう片面も焼けたら食べられます」


「のう、この肉はそのまま食べるのか?」


「肉に味つけがしていないので、塩かタレで召し上がってください」


 俺がそう説明すると、カタリナは用意してある小皿に気がついた。


「塩は塩だけつければよいのか」


「はい、そうです」


 カタリナはタレ以上に塩に興味を持ったようで、じっと塩の入った小皿を見つめた後、塩を指先で掴んで口に運んだ。


「……うむ、いい塩じゃ。これは市場で買ったのか?」  


「はい、そうです」


「塩の味など気にかけることはなかったが、料理というのは奥が深いのう」


 カタリナはしみじみと言った。

 十代半ばという年齢で塩の違いに意識が向くとは。

 未だに片鱗を見せていないが、彼女は食通なのかもしれない。  


「そろそろ、肉が焼けます。お好きな方でどうぞ」


「うむ」


「あと、焼きたては熱いので、気をつけてください」


 カタリナはトングで火の通った肉を塩の入った小皿に移した。

 それから、フォークで肉を刺して、少し冷ましてから口に運んだ。


「……鉄板で焼いただけで、これほどまでに美味くなるとはのう」


「ありがとうございます。いい肉が手に入ったおかげもあると思います」


「これは一枚だけでなく、何枚か同時に焼いてもよいのか?」


「もちろんです」


「やった、一枚では物足りないのじゃ」 


 カタリナは喜ぶ様子を見せた後、肉を三枚ほど鉄板に乗せていった。


「今回はちょうどいいものがこれだけだったのですが、同じ牛肉でも部位が違うと味も変わってきます」


「これだけでも十分な味なのに、他にもあるというのか。夢は膨らむのう」


 俺が説明すると、カタリナはうっとりするような表情になった。


「あと、そちらのタレですが、茶色の粉末が浮かぶのがシナモンで、黒い粒は黒コショウです。香りを味わうならシナモン、スパイスを利かせた味がお好みなら黒コショウでどうぞ」


「この黒っぽい液体は何が入っているのじゃ?」


「ベースは豆からできた調味料で、甘みを加えるために乾燥させたデーツを漬けました。焼いた肉の味を引き立たせる味わいです」


「ほう、豆から……。この調味料も市場に売っているのか?」


「はい、そうです」


「聞いたか、ブルーム。今度、市場巡りをしてみたいのう」 


 ブルームは会話に加わっていなかったので、慌てたように背筋を伸ばした。


「はっ、そうですな。ただ、もう少し情勢が落ちついてからの方が……」


「そのことか。煩わしいが、仕方がないのう」


 カタリナが初めて、複雑な表情を見せた。

 暗殺機構のことは暗い影を落としているように思われた。


 三人で話すうちに肉の火の通りが頃合いになった。

 カタリナに伝えようとしたが、彼女は自分で気づいてトングでひっくり返した。


「十分に火が通っていれば、しっかりめに焼いても少し軽めに焼いても、どちらでも食べられます」


「ふむ、焼き加減の調整もできるとは面白いのう」


「焼きすぎると肉が硬くなるので、火の通りが軽めで食べるのも美味しいですが、生焼けには気をつけた方がいいですね」


 俺の話を聞きながら、カタリナは真剣な顔つきで鉄板を見つめていた。

 肉を取るタイミングを見計らっているのだと思った。


「うん、そろそろじゃな。これで食べるとしよう」


 カタリナはほどよい焼け具合の肉を取って、黒コショウ入りのタレに乗せた。

 そして、肉をフォークに刺して、ゆっくりと口に運んだ。


「……肉の柔らかさが絶妙じゃ。タレの甘みとスパイスが嚙み合っておる」


 うんうんと頷き、カタリナは満足げな様子だった。


「気に入って頂けてよかったです」


「焼肉がこれほどまでに美味とは想像できなかった。おぬしはすごい調理法を考えたものだのう」


「恐れ入ります」


 本当は地球発祥であるため、オリジナルではない。

 その点は多少の後ろめたさがあるが、それよりも食べた人が「食べてよかった」と思えるような焼肉を出し続けることの方が重要だと思った。

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