庭園の静寂を破る者

 カタリナに焼肉を振る舞うミッションは成功に終わった。

 用意した牛もも肉をたくさん食べてもらうことができて、ネギとニンジンの焼き野菜も気に入ってもらえたようだった。


 食後のお茶を忘れていたことに冷や汗をかくところだったが、俺のうっかりをフォローするようにブルームがメイドを呼んでくれた。

 そのおかげで、俺とフランシスは片づけに集中することができた。

 

 残飯はほぼゼロだったが、野菜の切れ端などが出ていたので、用意してもらったカゴ上のゴミ箱にまとめておいた。

 それから、水場でひたすら洗い物を片づけた。


 今回、フランシスという強力な助手がいたことはありがたかった。

 これまでは一人で店を回すことを考えていたが、二人以上で行うことも選択肢に入るような出来事だった。


 すでにバラムにはジェイクがいるものの、彼は助手というよりも店主代行なので、一緒に組むことは考えていなかった。


 全工程が終了したところで、フランシスに握手を求めた。

 すると、フランシスは満面の笑みを浮かべて、こちらの手を握り返してくれた。


「ありがとうございました。すごく助かりました」


「とんでもないっす。めちゃくちゃ楽しかったです。新しい肉料理のアイデアが湧いてきました」


「それはよかったです。また、何かあれば一緒にやりましょう」


「はいっす! ありがとうございました!」


 フランシスは深々と頭を下げてから、外庭から立ち去った。

 意気揚々とした足取りだった。


「彼が役に立ったようでよかった」


「色々とお気遣いありがとうございました」


「ふっ、そんなに堅苦しくなくてもよい。とにかく、カタリナ様が満足されてよかった」


 ブルームは感慨深げに言った。

 元々はジェイクを探していたはずなのに、こうなったのも何かの縁だろう。


「お疲れ様でした」


「ああっ、いい仕事をしてくれた」


 ブルームの穏やかな笑顔を見て、ここまでやった甲斐があったと思えた。

 身体のどこかに満足感がこみ上げてくるのを感じた。


「作業に区切りがついたので、少し休ませてもらいますね」


「もちろんだ。しばらく、休んでくれ」


 俺が椅子に腰かけたところで、どこからか騒がしい気配がした。

 不穏な空気を感じて立ち上がると、遠くから一人の兵士が駆けてきた。


「ブルーム様、緊急事態です!」


「おおっ、何ごとか」


「不審な人物が城門で兵士に襲いかかり、近くにいたリリア殿が応戦。彼女から、ブルーム様に伝令を頼まれました!」


「なっ、何だと!?」


 和やかな空気が一変して、差し迫った状況になったことを感じた。  

 俺とブルームはカタリナに視線を向けていた。


「王族の方々をあぶり出すつもりか、あるいはカタリナ様が狙いか……」


「部外者が口を挟むことではないですが、城に入った方が安全ですか?」


「……いや、城門の戦闘が陽動であれば、城内に逃げるのは読まれている」


 城の通路は複雑だったが、追いこまれたら逃げ場がなくなってしまう。

 ここはブルームに判断を任せた方がいいだろう。


「まだ、ここにいる方がよさそうですね」


「うむ、そうだな」

  

「他の兵士の状況は?」


「少し前に王都で騒ぎがあり、その鎮圧に向かって手薄な状況です」

 

「……そうか」


 ブルームは口には出さないが、この状況が暗殺機構の手によるものだと判断していると思った。

 俺自身、不穏な空気に計略の気配を感じ取っている。


「あまりに戦力が不足している。この状況ではおぬしにも戦ってもらわねばならん」


 ブルームはこちらに向かって、申し訳なさそうに言った。

 

「この状況では仕方ありません。俺も戦います」


「そうか、すまぬ」


 ブルームは苦しげな表情を見せた後、伝令に来た兵士に急いで剣を取ってくるように伝えた。

 彼は疲れた様子を見せることなく、どこかへ駆けていった。


「わしの分とおぬしの分だ。どうにか切り抜けばならん」


「――余も戦える」


 俺とブルームが話していると、カタリナが近づいてきた。


「カタリナ様、無茶はお控えください」


「魔法が使えるのじゃ。足手まといにはなりたくない」


「ブルーム、今は一人でも戦力が必要です。もしもの時はお願いしましょう」


「うむ、そうだな。カタリナ様、命を大切にお願いします」


「……分かっておる」


 カタリナは兄を病気で亡くしているので、命の重みを理解しているはずだ。

 おそらく、無謀な行動に出ることはないと思う。 


「そこのメイドよ、危険がないように物陰に隠れておれ」


「お役に立てず、申し訳ございません」


「悪いのはそなたではない」


 カタリナは凛々しい様子でメイドに呼びかけた。


「――お待たせしました! 剣をお持ちしました」


 先ほどの兵士が二本の剣を抱えて駆けてきた。


 その様子を見ていると、兵士に何かが飛びかかろうとした。


「危ない!」


「――はっ!?」


 兵士はこちらの声に気づくと、見事な足さばきで回避した。

 そのまま駆ける足を緩めずに、こちらへ到着した。


「わ、私は何に襲われたのでしょう?」


「……いや、俺もよく見えませんでした」

   

 影の動きが速すぎて捉えられなかった。

 もう一度、同じ辺りを目視すると、顔を布で覆った人物が立っていた。


「あれは……」


 続く言葉が出てこなかったが、直感的に暗殺機構の手の者であると気づいた。


「どうぞ、剣をお使いください」


「あっ、はい」


 兵士に促されて、受け取った剣を鞘から引き抜いた。

 同じようにブルームも剣を持っていた。


「二人とも、カタリナ様をお守りするぞ」


「「はい!」」


 ここに来た賊は一人なのか。

 手練れに見える者に三人で勝てるのか。


 不安と緊張感、カタリナを守りたい気持ち。

 色んな感情が胸の中を交錯していた。

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