仕込みの最終段階 その2

 周囲には小さなテーブルがいくつかあるものの、調理の際に使ったものが一番大きい。

 カタリナに肉を焼いてもらうことを考えたら、同じテーブルが適しているだろう。 


 フランシスが戻るまでに時間がかかりそうなので、カタリナが来た時に備えてテーブルの上を整理することにした。


 まずは使い終わった調理器具や皿などを別のテーブルに移動する。

 これで最初のテーブルは必要な食材と食器、焼き台のみが置かれた状態になり、カタリナを迎えられるようになった。


「あとはタレが完成すれば、間に合いそうだな」


 テーブルの上を整頓できたところで、フランシスが小走りで戻ってきた。

 彼は何かの入った紙袋を抱えている。


「お待たせしました。いいのもらってきましたよ」


「お疲れ様です。調理場の人たちは協力的なんですね」


「みんな、焼肉がどんな料理か興味ありまくりですよ。マルクさんの邪魔になるといけないから、ここに来れないだけで」


「へえ、そんなことになってたのか」


 俺の知らないところで、情報が出回っているようだ。

 もしかしたら、ブルームが助手を探す時に料理人たちに説明したのかもしれない。


「それで、持ってきたスパイスはシナモンの粉末、刻んだホースラディッシュ、黒コショウの三つです」


「これはありがたい。三種類もありがとうございます」


「自分の感覚で合いそうなものを選んじゃったので、どれもいまいちだったら言ってください。時間ぎりぎりまで間に合わせます」


 たとえ若手でも料理人の勘というものだろう。

 初対面にもかかわらず尽力してくれる彼を信じたい。


「むしろ、三つに絞ってもらって助かりましたよ。すぐに試してみましょう」


「はいっす」


 味見用の小皿は移動済みなので、別のテーブルで再開した。

 まずはタレにシナモンを振りかけて、肉の切れ端を口に運ぶ。


「これはいいですね。甘めのタレとマッチする」


「自分も同意見です。十分、合格じゃないっすか」


 続けて、ホースラディッシュをタレに混ぜて、同じように肉の切れ端に漬ける。

 口に運んだ瞬間、さわやかな辛味と清涼感のある香りが広がった。


「ああっ、これはもったいない。タレが甘くなければ、これ一択でしたね」


「そうっすね。甘くないのは用意できないんです?」


「市場まで買いに行けば……。時間が読めないので、これはパスにしましょう」


 ホースラディッシュはやめておくことにした。

 十分な時間があれば、もう少し試してみたい味だった。


 最後に挽いてある黒コショウをタレに振りかけた。

 こちらに来る前に挽いたばかりのようで、新鮮な香りが鼻に届いた。


 俺とフランシスは味を確かめてから、それぞれの感想を口にした。

 

「うん、これはありか」  

 

「シナモンと甲乙つけがたいっすね」


「そうなんですよ。強いて言えば、これだと少し刺激が強い」


「二つ用意するのはどうっすか? それかカタリナ様に選んでもらうか」


「あっ、それがあったか。それにしましょう」


「マジっすか。採用ですか」


「いいアイデアだと思いますよ」


 フランシスは驚いているが、食べる時にカタリナの好みで選んでもらうとしよう。

 塩、タレとシナモン、タレと黒コショウがあると考えれば、三種類の食べ方が用意できたことになる。


「よしっ、これで準備は完了だ」


「あのー、このまま見てたいんですけど、大丈夫っすかね……」


 フランシスは遠慮がちに言った。

 これに関してはブルームに確認した方がいいだろう。


「ブルームに確認してくるので、片づけをして待ってください」


「うっす」


 外庭で休憩中のお年寄りみたいなブルームに声をかける。

 椅子でくつろいでいるようで、普段よりも穏やかな表情だった。


「フランシスが大臣に焼肉を出すところを見たいみたいですけど」


「そうか。一人ぐらいなら問題ない。彼なら礼儀を弁(わきま)えているだろう」


「ありがとうございます」


 俺はブルームのところを離れて、フランシスのところに戻った。


「よかったですね。いいみたいですよ」


「やった! ありがとうございまっす」

 

「それじゃあ、片づけを終わらせて、あとは大臣を待つとしますか」    


 ブルームの雰囲気からして、すぐにカタリナが来るわけではなさそうなので、使い終わった皿などを片づけておくことにした。


「ふぅ、二人で片づけると早いですね」


「マルクさんの役に立ててうれしいっす」


「こちらこそ、助かりました」


 外庭は開けた場所なので、食事をする場所と洗い場を区切る壁はない。

 使い終えた食器などを見える場所に置きたくなかったので、早めに片づけを済ませておいた。


「あとは皿の位置や盛りつけの最終確認をしましょうか。俺よりもフランシスの方が得意だと思うので、引き続き力を貸してください」


「パッと見た感じ、盛りつけは問題ないっす。カタリナ様が食べやすいように、皿の並びを調整してもいいですか?」


「お願いします」


 フランシスは素早い動きでナイフとフォークの位置を直したり、皿の並ぶ順番をずらしたりしていった。

 何か作法があるのかもしれないが、門外漢の自分には分からなかった。


 彼の手が入った後は、洗練されたような配置に変わっていた。

 謙遜して「調整」と言っていたが、見事な技術だと思った。


「これなら、大臣が来ても安心です」


「光栄っす」


 カタリナに食べてもらうのはこれからだが、作業に区切りがついたことで達成感があった。

 ブルームにカタリナを呼んでもいいと伝えておこう。

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